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ナーシェルと不思議な仲間たち

  • 2019年9月26日
  • 2020年2月24日
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其の三 シドじいの話

 北の天文台はそこからすぐ近くのところにあった。
 空にむかって、バカデカイ望遠鏡がつきでている。まるでおわんをひっくりかえしたような形だと、ナーシェルは口のなかでつぶやいた。
 とびらからは明かりがもれていて、トンテンカンと音がする。シドじいがガス塔を作っているのだろう。
「シドじいー」
 男──シッカが、天文台の扉をどんどん叩いた。
「鍵ならあいとるわい。勝手にはいれっ」
 扉ごしに、しわがれた不機嫌そうな声がかえってきた。
 ナーシェルは扉を開くと、おそるおそる中にはいった。天文台はしっちゃかめっちゃかに散らかっていて、ガス塔らしきものが幾本もころがっている。しかし、シドじいのすがたが見えない。
 ナーシェルたちがキョロキョロしていると、さきほどの声がまたひびいてきた。
「ここじゃ、ここじゃ」
 声のするほうを目で追うと、そこにはナーシェルのひとさし指ほどの背丈しかない小人がいた。
 左手に、体にあわせたちいさなトンカチをもっている。丸眼鏡をかけた気むずかしそうな顔は学者にふさわしいが、なんともちいさな体である。ネズミのシングルハットがおおきく見える。
「この人が?」
 ナーシェルがたずねると、シッカはこくりとうなずいた。
「おい、シッカ。この三本を東の方にたててきてくれ」
 とシドじいができあがりを指さしていった。
「シドじい。今日はガス塔のことできたんじゃないんだ」
「あん?」シドは丸眼鏡の隙間からシッカ、それからナーシェルたちをのぞきみた。「そっちは?」
「木の葉の国から来た人たちだよ。シドじいの知恵を借りたいんだ」
 シッカはナーシェルから聞いた話を、かなりはしょって話してきかせた。
「ほほう。わしのところにくるとは、それだけでも目がいいわい」
 シドじいはニヤッと笑って手をさしだした。
「おじいさんはずいぶんちいさいですねぇ」
 ネッチがシドのちいさな手とあくしゅした。
「子供のころはもっとちいさかったさ」
 シドはしわくちゃな顔を、もっとしわくちゃにして笑った。
「シドじい、このひとたちが太陽と月の王さまたちに会いたがってるんだ」
「なるほどのぉー」
 とシドじいはいって、うすくなった頭のかわりに、胸元までのびたヒゲをなでつけた。
 テーブルのはじに尻をおろし、じっくりと腰をおちつけてから話をはじめた。
「そもそもなぜ太陽と月の王がいっしょにいるかというと、この二人は極端と極端にいるようでいて、じつはすごく近くにいるんじゃな。関係が複雑にからみあっておるんじゃよー。どちらが欠けてもいけない。昼と夜をもとにもどしたかったら、ふたりの王を同時に太陽と月の城にいれなければならんのじゃよ。昼のうらには夜がある。夜のうらには昼がある。このルールをやぶると、世界はむちゃくちゃにこわれてしまうんじゃ」
「はぁ……」
 なんだかよくわからない話だ。
「それで、なんで太陽と月の王さまたちはケンカをしてしまったんです」
 とネッチがいった。
「わしが知るわけがないじゃろう」
 いまいましそうにシドはこたえた。
「なんでまた太陽や月をかくしたりするんです」
「うむ、それはな……」
 シドはながぁいため息をついた。それから、これもながい話を淡々としゃべりはじめた。
「太陽の王は星の夜空がみたくておかくれになる。月の王は太陽にてらされた地上の景色がみたくて、朝になるとおかくれになる。ふたりは相手を尊敬し、とても仲がよかった。しかし、ふたりはケンカをしてしまったから、太陽は地上をてらさなくなり、月は太陽のすきな星をかくしてしまった。つまり、互いが互いにたいする、こどもじみたいやがらせなのじゃよ。だれがあんな奴に地上をみせてやるか、星の夜空をみせてやるか。とまぁ、こういうわけじゃな」
「めいわくな話だね」
 ナーシェルが正直に感想をのべた。
「まったく、いやはやもって、こんなことは今までなかったことじゃよ。おかげで好きな学問もできんっ」
 シドはおこって鼻から息をふいた。
「シドじいはこの国一番の天文学者なんだよ」
 シッカがじまんそうにいうと、シドも胸をはって、
「いかにも……と言いたいところじゃがな、星も出てこんのでは天文学者の仕事なんて上がったりじゃ。ふたりの王のために、雲もなく、この国はつねに明るさがたもたれておった。なのに、いまでは国中にくばるガス塔をつくらねばならん。わしははっきりいって、怒っておーる!」
 と叫んだ。
「わかる、わかるぞ、シドじい」
 と、なぜかミッチが同調している。
「そうかぁ。だからいちばん近かった雨水国が、まっさきに影響をうけたんだ」
「そういうことじゃよ」
 なにやら感心しているネッチに、シドはおうようにうなずいた。
「雨水の王さまは、太陽と月の王がケンカをしたのは、ブリキの王のせいだって言ってたんだけど……」
「さぁのぉ、本当のところは、わしにもわからん」
 シドじいのこたえに、ナーシェルはがっかりした。
「太陽の王と月の王は、いったいどこへ行ったんです」
 ふうせん男爵がきくと、シドはヒゲをなでつけこたえた。
「うむ、月の王は月にかえってしまったから、会うのがむずかしい。まずは太陽の王に会うのがいいじゃろう」
「どこにいるか、知っていますか?」
「とうぜんじゃ。太陽の王は、天の岩戸、そこにおる」
「天の岩戸?」
「ここから東に行ったところにある。大きな大きな岩の洞窟のことじゃ。もっとも、入り口は岩でふさがれておるがの」
「月の王さまは?」
「月に行くのはとてもむずかしいから、もし天の岩戸でいろよい返事をもらえなくとも、まずはここへもどってこい」
「はいっ」
 とナーシェルが元気よくうなずいた。
「天の岩戸に案内しよう」
 シッカがさきに立って歩きだす。
 一同が出ていった後、ひとりその場にのこされた小人のシドじいは、
「わしらの王のしでかしたことで、事態がそこまでややこしくなっておるとはのぉ」
 と、やや感慨ぶかげにため息をついた。それから、天の岩戸に出かけたナーシェルたちのことを考え、つぶやいた。
「やっぱりダメかもな」

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