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ナーシェルと不思議な仲間たち

  • 2019年9月26日
  • 2020年2月24日
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其の二  生きている木、パンプットのなやみ

 ドードー鳥はじつに足のはやい生き物だった。まわりの景色がざーざー後ろにながれていく。色と色がまざりあって、パレットの絵の具をあらいながしているようだった。
 虹の冒険号よりはやそうだとミッチは思った。風のない森で、ドードー鳥は風になった。
ネッチは自満の帽子をとばされまいと、懸命になっている。
 しばらく進むうち、ナーシェルは道をふさぐ大木に目をとめた。まわりの木とはまるでちがって、背もひくいし色もちがう。ただ、胴まわりだけはたっぷりあった。
 たづなを引いて、ドードー鳥を急停止させる。
「どうしたんだい?」
 ナーシェルの背中に鼻をぶつけたネッチが、なにごとかと顔をしかめて問いたずねた。
 ドードー鳥はゆっくりと大木に近づいていく。
 後ろのふたりも、道をふさぐ巨木に気がついたようだ。
 枝振りはみごとだったが、ずいぶん葉が散っている。
 ネッチたちが鞍から下りると、地面がガサリと音を立てた。落葉だった。この木だけが、枯れてしまっているのだ。
 ナーシェルは、ふと老人の姿を連想してしまった。朽ちていく木というのは、年老いた人間に似ている。
「ジャマだなぁ」
 ミッチが本当にジャマそうにいった。
「どかすのは無理だね。迂回しよう」
 ネッチがその木をみあげながら付け足した。
 道のまわりはデコボコで、起伏がはげしいが、歩いてならさけて通れないほどではない。
 ナーシェルがうなずこうとした時だった。
「きみたち」
 突然、それまでだまっていた木が口をきいたので、(本当はずっと黙っているものなのだけれど)ネッチたちはひっくりかえるほど仰天した。
 樹皮の模様だとおもっていた部分がじょじょに開き、ふたつの眼とひとつの口になった。まんなかには、鼻のかわりか、枝が一本生えている。
 そいつは、二三度まばたきすると、口をひらいて問いかけてきた。
「私の名はパンプット。きみたちは木の葉の城に行くのかね?」
「そうだけど」
 ただ一人、おどろきもあわてもしないナーシェルが、パンプットの質問にこたえた。
「おい、この木はなんでしゃべるんだっ」
 いちはやくショックから立ちなおったシングルハットが、ポケットから身をのりだしてわめいた。
「生きている草木はしゃべるよ」
 ナーシェルは不思議そうな顔をして、シングルハットをみおろした。
 ここでは、ただの樹木がしゃべっても不思議でもなんでもなく、あたり前の出来事なのである。そんなことを聞くシングルハットの方がまちがっていた。
「きみは本当にお城に行くのかい?」
 パンプットは念をおすような口調できいた。
「これから女王さまに会いに行くんだ」
「そうか、きみがナーシェルかっ」
 ナーシェルの返事にパンプットは快哉を上げた。あまりの声のおおきさに、答えたナーシェルの方がびっくりしてしまった。
「どうして、ぼくを知ってるの?」
 ナーシェルが目をしばたかせると、
「きみは女王さまに呼ばれたんだろう?」
 パンプットは返事のかわりにべつのことを聞いた。
「うん」ナーシェルはちいさくうなずいてから首をかしげた。「へんだなぁ。生きている草木は、もっと南にいるはずなのに……」
 すると、パンプットはよく聞いてくれたと言いたげに、枝を揺らし、わずかにのこった葉をならした。
「そうなんだ、南ではたいへんなことが起こっているんだっ」
「大変なこと?」
 ナーシェルたちは顔をみあわせた。
 パンプットは大きくうなずきながら、目をみひらき、必死のうったえをはじめた。
「わたしの友だちや、森のみんなが枯れはじめたんだ。木も草も花もっ。見てくれ、このわたしの体を」
 と、ふとった幹をふるわせた。
 その体はあちこち痛み、頭の枝たちはほとんど葉を枯らしている。
 パンプットは、もとは立派な青葉をはやしていたにちがいない。それが、今はどの枝も、それこそ小枝にいたるまで、きれいに肌をさらしている。中にはまったく葉がない奴もいた。
「ずいぶん葉がなくなってしまっているね」
 ネッチが見たとおりのことを答えた。
 ミッチはのこった木の葉をかぞえてみたが、どうしても三十枚ほどしかない。これは、パンプットにとっては死活問題である。
「その成れの果てがこれだよ」
 と、パンプットは地面の落葉に目をやった。葉は、枯葉にかわりつつある。
「わたしは、九百九十九の葉っぱひとつひとつに、詩や物語をおぼえこませていた。それが今ではこれだけになってしまった」
 パンプットは、のこった木の葉をふるわせ、かなしそうに目をとじた。
「南では、なぜきゅうに草や木が枯れだしたんだろう?」
 ナーシェルが聞くと、パンプットはうす目をあけた。
「わからない。わたしはそれを確かめるために、城に行こうとしていたんだ。仲間を代表してね」
 それは、パンプットが、九百九十九もの詩や物語を言えるからにちがいない。パンプットは、仲間の木や草のために、さまざまな物語を聞かせていたにちがいない。
 かれは、偉大な木なのだ。
 パンプットは、またつらそうに目をとじた。
「だが、もうだめだっ。ここまで来たのに、こんなに葉っぱが落ちてしまっては、うごくことも、詩を思いだすこともできない……」
 おわりの方は、口端からもれた溜息のためにかすれてしまった。
 パンプットはまた目をひらき、ナーシェルを見つめた。
「だが、わたしはきみに会うことができた。ナーシェル、わたしはきみに頼みたい。女王さまに会って、原因をたしかめてくれ。女王さまも、そのために君を呼んだんだ」
「ええっ?」ナーシェルは驚いて肩をすくめた。「ぼくなんかに出来るわけないよっ」
 そういって、小さな体をもじもじさせている。
 ナーシェルは、そんな大変なことになっているとは思っていなかった。自分は子供だから、女王さまの用事なんてたいしたことがないだろうと、かるい気持ちでここまでやってきたのだ。
「できるとも。だからこそ女王さまはきみを呼んだんだ」
 パンプットはつよく、確信をこめた声でいった。
「でも、ぼく、そんなたいへんなことだなんて、知らなかった」
 ナーシェルは今にも消えいりそうな声でこたえ、目に涙をにじませた。
「弱気になっちゃだめだナーシェル。がんばるんだ」
 ネッチがいそいで応援した。
「おいらたちがついてってやるよ」
 と、シングルハットも子供にはやさしいらしい。
「そうだとも、あっはっはっはっはっ」
 ミッチが豪快にわらって幹をたたくと、葉がバラバラと落ちてきた。
「ワッワッ、枯れちゃうー」
 パンプットが葉を落とすまいと、必死に体を折ったり伸ばしたりしている。
「ミッチ。きみは鬼かね」
 とネッチは身も蓋もない。
(わざとじゃないのに……)
 ミッチは木々を見上げた。
「ぼくが行かないとだめなの?」
 ナーシェルは泣きだしそうな表情で、パンプットのおおきな体をみあげた。
 パンプットはつらそうに、ナーシェルをみおろし、「残念だがきみしかいない。女王さまが呼んだのはきみなのだからね」といった。
「わかったよ。どうしてそんなことになったのか、きいてくる」
 ナーシェルはそういうと、服の袖でまぶたにたまった涙をふいた。
「ありがとう、ナーシェル」
 パンプットはうれしそうに笑みをうかべると、道のわきにのしのしと退いた。
「これこそ冒険だ」
「冒険だ」
 ネッチとミッチは、冒険の予感に心をおどらせ、手をとりあって喜んでいる。
「それじゃあ、パンプット、元気でね。ぼくらが女王さまに会うまで、枯れたりしたらダメだよ」
 ナーシェルたちはふたたびドードー鳥にのっかると、パンプットにわかれを告げ、木の葉の城をめざしてはしりだした。
「気をつけてなー」
 砂煙の向こうで、パンプットが枝を腕がわりにふっている……。
 そのころ、南の領域は、枯れの危機にひんしていた。

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