ドードー鳥はしずくをたらしながら、錫色の巨人のところに歩いていった。
ブリキの巨人は、ものうそうに目をこちらに向けてきた。あぐらをかいて座っているが、それでも高さは5メートルほどもあった。
ナーシェルたちは、顔にふりかかる雨に目をほそめながら、巨人をみあげた。
「やぁ」とナーシェルが声をかけると、巨人はそれに答えるように、すこし首をふった。
「ぼくはナーシェル。きみはこんなところでなにをしているの」
と、たずねると、巨人はさもおもたげに口をうごかした。
「わたしはバッカス。ブリキの国のただの住人さ。だから、こうしてすわっているんだ」
「どうしてすわっているの?」
「うごけないんだ。ブリキの住人はみんなそうさ。外にでると、雨にやられてうごけなくなってしまう。ほら」
と巨人がとつぜん腕をあげた。ギギィと音がして、赤サビがパラパラとおちてきた。
ナーシェルたちは、びっくりしてドードー鳥の背からころがりおちた。ぶん殴られるかとおもったのだ。
「やい、わしはミッチモンドだぞっ。いいかぁ、でかいからって調子にのるなあ」
ミッチがキンキン声で虚勢をはった。
「わかってるよぉ」
と、バッカスはおっかなそうに体をちぢめた。おおきなわりに、気はよわそうだ。
「なんだ、こいつ。全然こわがりだぞ」
ミッチが図にのってたたくフリをした。
「よしなよミッチ」
「そうだよ、かわいそうじゃないか」
と、ネッチとナーシェルが非難する。
「ずるいぞネッチ。じぶんだけいい子になってっ」
ミッチはひとりでおこって手をふりあげた。
「このとおり、あちこちサビて立つこともできない」
バッカスはここで、とてもおおきなタメ息をついた。巨人のタメ息は、ちいさな竜巻となって、ナーシェルたちをなぎたおした。
「こんなに大きいのに、うごけないのかい?」
ネッチがどろんこになりながら聞くと、
「どんなに大きくてもダメさ。こんなにさびついてしまってはね」
バッカスはかなしそうに答えるのだった。
それから、すこしながい話をはじめた。
「雨がふりはじめたとき、ブリキの国は大さわぎになった。いままで、ひとつぶの水も降ったことがなかったからね」ナーシェルたちはここでおおきくうなずいた。「みんなは急いで家にとじこもった。そうしないと、ブリキの体はすぐにサビついてしまう。ところが、わたしだけは逃げおくれてしまった。だからこうしてサビるのを待っているのさ」
バッカスはまたタメ息をつき、ナーシェルたちはまたも顔からドロにつっこんだ。
ナーシェルはあわてて身を起こして、バッカスのひざにしがみついた。
「そんなのダメだよバッカス。ここからうごくんだ」
しかし、バッカスはくびを横にふる。
「やがてはおなじことさ。このまま雨が降りつづけば、いずれブリキの国の住人は、サビだらけになってしまうんだ」バッカスはとおくに目をやった。「うしろを見てごらん」
バッカスの言葉に、みんなはふりむいた。たがいの息を飲む音がした。
背後のブリキの草原には、すでにサビついてしまったブリキの国の住人たちが、墓標のように立っていたのだ。
「わたしとおなじだ、逃げおくれたんだ。みんないいやつらだった。ブリキの国はいつも晴れていて、わたしたちは油をさすたんびにブリキの原をはしりまわったもんさ。それがどうだい」
バッカスの語尾はかなしみにかすれてしまって、そのふたつのおおきな目玉からは、油がポロリポロリとこぼれてしまった。
「おなじことさ」
と、バッカスはくりかえした。
「おなじじゃないよ。ぼくはこれからブリキの城に行くんだ。そうしたら、きっとこの雨もなんとかなるよ」
ナーシェルはバッカスのブリキの体に手をついて、いっしょうけんめいはげました。
「そうだ、わたしたちがもどってくるまで、待ってるんだ」
と、ネッチたちも口々に言いたてる。
バッカスは、おおきな手で、目のあたりをゴチゴチとこすった。
「ありがとう、ナーシェル。ここでがんばってみるから、ブリキの王にこのことを伝えてくれ」
バッカスはひとつ泣いてすっきりしたのか、雨雲がのぞかれたようなはればれとした声で言うと、頭をギイと下にさげた。
ドードー鳥が、ドロをはねあげながら駆けていく。
ギィーコギィーコと、へたくそなオールこぎみたいに腕をふっていたバッカスは、
「ブリキの王は、大丈夫かなぁ」
ふきしぶる雨に顔をあおのけた。
ドードー鳥にのってしばらく進むと、やがてブリキの町にたどりついた。
錫色の町はたいへん美しかったが、ここもやがてはサビつき、赤銅色になってしまうのかとおもうと、ナーシェルたちはひどく残念な気分になるのだった。
「みろ、城だっ」
体をたたく雨と、カッパのなかにまでしみこんでくる湿気に辟易していたミッチが、前方をゆびさしさけんだ。
ブリキの城が、雨にけむって、ひっそりと佇んでいる。ところどころに、妙な棒がニョキリとつきだしているのが、いかにもブリキの城らしかった。
錫色のブリキが、雨にぬれてぬらりと光る。
「わぁ、ほんとにブリキでできてる」
ナーシェルの歓声は、雨音にかき消された。