ネッチたちも必死に身をかわしながら、ツララをのりこえ先をいそいだ。
女王が、すぐ後ろまでせまってくる。
「く、くそぉ、追いつかれるぅ」
ネッチたちはひっしの形相でジタバタとツララにしがみつく。
ばかでっかいツララが、ミッチの顔をかすめて壁につきささった。
「お、おわぁああっ」
ネッチたちは足元の柱をのりこえると、いちもくさんに逃げていった。
吹雪は静まるどころか、いっそうはげしさをまし、目もあけられない。
「もうダメだ。とうてい逃げられっこない」
二階に着いたところで、ナーシェルたちはとうとう根を上げてしまった。
「ホ、ホッホッ」
とマルが舌をだしている。
「あの部屋に逃げこもう」
シングルハットがてまえの扉をゆびさした。
ナーシェルをくわえたドードー鳥が、ドタドタとかけこむ。ネッチがふうせん男爵をひきずりこんで、扉をしめた。
しばらくはものも言えずに、へたりこんで、乱れた息をととのえる。まだ元気なトラゾーが、男爵に空気をおくりこみはじめた。
「どぉこぉだぁ」
扉ごしに、女王のくぐもった声が聞こえてくる。ナーシェルたちは文字どおりとび上がり、トラゾーはうごきを止めた。
廊下から衣ズレの音がする。ナーシェルたちはたがいの口を手でおさえあって沈黙をまもった。
音が、しだいにとおざかっていく。
「そうか、女王はさびしかったのか……」
深々とタメ息をついてから、ネッチは思慮ぶかげにつぶやいた。
「そんなこと理由になるかっ。女王のせいで、そこら中の住人がめいわくしとるんだぞっ」
ミッチが反論して、みんなの顔をみまわした。それもまちがいではない。
しかし、ナーシェルは悲しげにうつむき、
「でも、ミッチ。ぼくらは大勢友だちがいるよ。なのに、女王はひとりぼっちで広いお城に住んでたんだ。すごくさびしかったとおもうんだ。ぼくだって、木の葉の国の女王に使者をたのまれたときは、すごく不安だった。でもやりとげられたのは、みんながいたからなんだ。こわくて逃げたかったけど、逃げずにすんだんだ」
ナーシェルは、ながい言葉を憑かれたように一気にしゃべった。
ここにいるみんなは、本当に孤独になったことがないから、女王の気持ちなんてわかりやしない、とナーシェルはいっている。それはみんなも同感だった。
「たしかに、わしも一人なら冒険なんてしないかもな」
ミッチもやけにしんみりした声で同意した。
しんとしはじめた空気をうちやぶるように、シングルハットが口を切った。
「おい、ちょっと待てっ。ここで女王に同情したって解決になんかならないぞ。女王はおいらたちを凍らせようと狙ってるんだからっ」
すると、ネッチは大きくうなずき、
「そうだな。なんとかしなきゃ」
とひざをたたいて、すらりと立った。
「なんとかするって、どうやるの?」
不安そうにナーシェルがたずねた。
「マチルダばあさんは、からっぽが原因だっていってたな」
ミッチがいうと、ネッチはさっと指をたてた。
「そうだっ。だから、からっぽをなんとかすればいい」
「しかし、そりゃ、どうやるんじゃ」
トラゾーがポンプを押し押し問いかける。
ナーシェルが明るい声をたてた。
「そうか、友達がいないからさびしいんだっ」
「そういってるんだよ、ナーシェル」
「ちがうよっ。だから友だちをつれてくればいいんだっ」
ナーシェルの表情がだんだんとかがやきだす。しかし、ネッチたちは顔をしかめたままである。
「友だちって言っても、こんな寒いところに住める奴なん……て……」
ミッチの視線はマルに釘づけになってしまった。
「そうだよ、マルなんだ。キウイ族なら、こんな寒さへっちゃらだよっ」
「そうかぁっ」
ネッチがパチンと指をならした。
「しかし、キウイ族がうんというかな?」
ミッチが小首をかしげると、ナーシェルが、
「マル、きみたちは女王さまと暮らしてくれる?」
「ホーホッホッ」
「たぶん、大丈夫だといっとる」
トラゾーが手をやすめて通訳した。
「よし、さっそく、キウイ族を呼びに行こう」ネッチはきゅうに元気になって部屋を出ようとしたが、自分で自分のことばに疑問をもった。「どうやって呼びに行けばいいんだ?」
ノブに手をかけふりむいた。
「そうか、外には雪の女王がいるし、とても呼びになんて行けないぞ」
ミッチがよわって、うーんとうなった。
「女王に事情を説明しようか?」
「あの怒りっぷりを見たろう? 説明する前にこおらされてしまうよ」
「キウイ族のところまで逃げるか?」
「だめ。とても保たない」
ネッチがつぎつぎ意見をはねのける。
「ぷう」
このとき、もとに戻ったふうせん男爵が、ヨタヨタとおきあがった。
みんなはバカみたいな顔をして、ふうせん男爵を凝視した。
「な、なんだよぉ」
男爵がふとい体をちぢめて狼狽する。
ミッチが顔を輝かせてわめいた。
「ふうせん男爵なら空を飛んで、女王に気づかれないうちに、キウイのところまで行けるぞっ」
「なるほど、その手があったか。行ってくれ、男爵っ」
ネッチがつめよると、
「ぶおん、それはいいけど……」
言葉につまる男爵を、ナーシェルが助けた。
「でも、男爵ひとりじゃことばが通じないよ」
かといって、マルでは事情を説明できそうにない。
「わしがいっしょに行こう」
トラゾーがノソリと立った。
「一人ぐらいなら大丈夫」
と、ふうせん男爵は頼もしくうなずくのであった。
男爵はおおきく息を吸いこみ、渾身をふくらませた。
トラゾーがその背におぶさるように乗っかり、男爵はまるまった足をボテボテと窓まではこんでいった。
「それじゃあ、あとは頼んだぞ」
「おう、ナーシェルたちも見つかるなよ」
「わしらがもどるまでの間、持ちこたえるんじゃぞ、わかったな」
その瞬間、ふうせん男爵とトラゾーは、城の窓からとびおりた。
ナーシェルたちは、いっせいに窓にはしりよったが、ふうせん男爵はうまい具合にはらから着地して、ボヨンボヨンとはねながら、キウイたちのまっている入り口のあたりへ移動していった。
「だいじょうぶかな?」
ミッチがしんぱいそうに、遠ざかるふうせん男爵を小手をかざしてながめた。
「むこうは大丈夫さ。危ないのはこっちだね」
となりでシングルハットがぶつくさ言った。
「これからどうしようか」
おなじように男爵のはねる姿を遠目にみながら、ナーシェル。
「そうだなぁ、しばらくはここにかくれていよう」
ネッチがナーシェルの肩に手を置き答えた。
そのときマルがなにか言ったが、ことばがわからないので、だれも気にもとめなかった。
「くえーくえー」
ドードー鳥がさわいで、ようやくかれらは異常に気づいた。
「どうしたの、ドードー……」
むきなおったナーシェルは、そのとたんに息を飲んでしまった。
氷でできた壁に、女王の顔が、一面に大きくうつしだされている。信じられない光景だった。
しかも、その目がギロリとこちらをにらんだではないか。
「あ……」
一同は言葉もなかった。ノドがからからにかわいて、頭がジワジワと飽和してくる。
「じょ、女王だよね……」
「いかにも」
ナーシェルはそばの二人にたずねたのだが、答えたのは雪と氷の女王であった。
女王の巨大な顔が、だんだんと壁からせりだしてきた。ネッチたちは恐慌にかられた。
「逃げようっ」
とびらに走って、がちゃがちゃやるが、いっかな開かない。
「なにやってんだ」
「開かないんだよっ」
「どけっ」
ミッチがネッチをおしのけて、扉と格闘するが結果はおなじである。
女王の顔は部屋の半分ほどまでせりだしてきて、横目でジロリと一行をにらんだ。
「クエー、クエー!」
ドードー鳥がなきさけぶ。
女王の目が赤くかがやいたかと思うと、またも雪が吹きつけてきた。しかも、今度のはすさまじい量で、ネッチたちはたちまち首まで埋もれてしまった。
「マルっ、マル、助けてくれ」
ネッチがわれを忘れて救いをもとめると、マルは雪の下で、ちっちゃく杖を縦にふった。
「ホーホッ」
すると、三人の手のなかに突然スコップがあらわれた。
「ほれほれ、ほーれいっ」
かれらはふりつもる雪をスコップでかきわけ、出口をめざしてトンネルを掘った。
部屋はすでに雪に埋もれてしまっている。ナーシェルのスコップが、ガツっとかたいものに突きあたって、ようやくとびらをさぐり当てた。
「やっぱり開かないよっ」
ナーシェルがノブをまわして叫ぶと、マルが手にした杖でコンコンとノブをたたいた。
「まわったっ」
ナーシェルが快哉を上げ、扉を押し開けた。
ネッチたちは雪ごと表になだれでる。
「し、下に逃げよう」
ミッチは立ち上がると、ネッチといっしょに、ナーシェルとマルをドードー鳥の背にのせた。
「女王がくるっ」
シングルハットが金切り声を上げた。
トンネルの奥から、等身大にもどった女王が、両手をかざして近づいてくる。
「うわあああっ」
ネッチとミッチは、ドードー鳥を連れて、死に物狂いでかけだした。
階段まで後少しというところで、ネッチとミッチの靴底から、マルのトゲトゲが消えた。
あっ、とおもったときには、二人はスロープになった階段をころげおちていた。
「ああっ」ナーシェルがたづなをあやつって、階段の縁から下をみおろした。「ミッチ、
ネッチ!」
ナーシェルの悲鳴が、耳の奥で鳴っている。二人はからみあいながら、痛みをこらえて立ち上がろうとした。
まぶたをひらいたネッチは、自分たちの目の前に白い足があることに気がついた。
「まさか……」
二人は同時につぶやいて、チラリと上に視線をあげた。
「やっぱり……」
そこには、雪と氷の女王が立っていた。