天井には、豪華なシャンデリアがつるされている。床には赤いろのじゅうたんがしかれていた。年代物の置時計に彫刻。壁にかけられた名もしれぬ絵画……。ミッチはそういったものが、ネッチの屋敷にもおかれていたことを思いだした。
どれも品はよかったが、埃をかぶってみすぼらしい。どうやらふうせん男爵は、あまりきれいずきではないようだ。
「ものを大事にしていないねぇ」
ネッチがひろいロビーをみわたした。
中はカビくさくて、しめっぽかった。
「きっと盗賊だからだよ」
と、ナーシェルが憤慨してつけたした。
「やいやい、ふうせん男爵! よくもわしの
大事なカミを、盗んでくれたな!」
ミッチが怒ってとびあがった。すると、
「わっはっはっ、よくきたな、ナーシェル!」
うえから大音声がふってきた。ナーシェルたちがビクリと天井をみあげると、ふうせん男爵がシャンデリアのあたりから、ふわふわと傘をひらいてまいおりてきた。
「なにがよくきたなだっ。じぶんで呼んだくせにっ」
ナーシェルがおこって手をふりまわすが、男爵はそんなことにはおかまいなしに、「さっそく封書をとりもどしにきたな」といった。さらに、「なんならわたしがブリキの国にいってやってもいいんだぞ」といったので、みんなはすっかりおどろいてしまった。
「えっ、なんでそのことを知ってるの?」
ナーシェルが目をまるくしていると、ネッチたちが口々にさけんだ。
「かってなことを言うな、もともとナーシェルがたのまれたものなんだぞっ」
「そうだそうだ」
「あー、うるさい!」男爵はネッチたちの声をはらいおとすように両手をふった。「そんなにかえしてほしくば、力ずくでかかってこい。それとも腕に自信がないのかっ?」
いじわるくいう男爵に、ミッチは頭から湯気をふいた。
「腕に自信がないかだって? くそ、ネッチに腕がないのを知ってて言ってるなっ」
「いや、そういうわけでは……」
ふうせん男爵はろうばいした。
ミッチはその男爵の腹をゆびさし、
「うるさい、なんていやな奴なんだっ。わしの金歯で腹に穴をあけてやるぞっ」
といったので、ふうせん男爵はあわてて腹をかかえてしまった。
「そんなことはさせんぞっ」
とわめいた。
「おいらの前歯があれば、お前なんかペシャンコだ。腹にあなをあけて、お空のうえまでとばされちゃえばいいんだっ」
シングルハットがじゅうたんに手足をつきたて吠えたてたので、これには男爵もケムリをふいて怒ってしまった。
「よくも言ったなあ! よぉし、みてろみてろ」
といって、顔をまっかにさせたかとおもうと、男爵は口から息をすいこんで、ぐぐんと体をふくらませはじめた。
「あっ、なにかはじめるつもりだよっ」
ナーシェルが危険をさっしてさけんだ。
ふうせん男爵は、二倍ぐらいにふくれ上がると、その場でぼうんぼうんとバウンドをはじめた。
とび上がるたびに勢いはつよくなり、そのうち天井にふれてしまいそうになった。
「まさか……」
ネッチはいやな予感がしてうめき声をもらした。
ふうせん男爵はとうとう天井にぼよんとあたった。かとおもうと、こんどはすさまじい勢いで床におちてきたっ。
「うわぁあああ!」
そのままピンボールのように、部屋中はねまわりはじめたからたまらない。
「うわっ」
あやうくペシャンコにされそうになって、ネッチの顔はまっさおになった。
シャンデリアや置時計が、ふうせん男爵の巨体にふみつけにされ、ごしゃんとあえなくつぶれてしまう。
「もったいない……」
と、シングルハットはつぶやいた。
ふうせん男爵は、ボンボン壁や床にはじきかえされ、そのたびにスピードをましていった。ナーシェルたちには、とうぜん止める手だてなんてなく、ころげまわってよけるしかなかった。
男爵がはねるたびに、埃がもうもうとたちのぼる。
そのうち、にげおくれたシングルハットが、ふうせん男爵の下敷きになってしまった。
男爵がノソリと巨体をどけると、シングルハットは紙同然にひきのばされてノビていた。
「シングルハットがペシャンコにされちゃったっ」
と、ナーシェルがさけんだ。
「はっはっはっ、こりゃおかしい。後でアイロンをかけてやるぞ」
「わらうなミッチ!」
トランプ兵よりペラペラになってしまったシングルハットが、トマトみたいにまっかになってわめきちらした。
「いいきみだ。無礼な口をはいた罰だ」
またバウンドをはじめながら、男爵が高笑いした。
「くそっ。あれがはじまったらどうにもとめられんぞ」
ネッチがくやしそうに歯ぎしりをした。
「あれをつかおう」
ナーシェルがカベぎわにおかれたヨロイ一式をゆびさした。
まわりの棚や時計はふうせん男爵のとばっちりでガラクタになっているのに、そのヨロイだけは無事だった。右手におおきなランスをもっている。
先がとがっていて、ささるといたそうだ。
「よし、あいつはきっとバウンドがはじまると自分では止まれないから、あのランスでブスリとやってやろう」
ネッチたちがうち合せをしている間に、ふうせん男爵は高く高くはねあがった。
やがて、天井にとどいて、例のピンボールがはじまった。
「いまだ!」
ナーシェルとネッチたちは大いそぎでヨロイまではしっていった。
シングルハットはひらひらとただよって、男爵の視線をそらしている。
「よいしょ、よいしょ」
「うんうん。ずいぶんおもいな」
ネッチたちはうなり声を上げながら、重たいランスをどうにかこうにかもちあげた。
「やい、男爵っ、こっちをみろ!」
ミッチのどなり声に、ちろりとそちらに目をやった男爵は、そのとたんにぎくりと心臓をちぢみあがらせた。
ナーシェルたちが、特大のランスを自分にむけている。そのせんたんは、鋭利にとがっていた。
あんなものにつきさされてはたまらない。男爵は、すぐさまバウンドをはじめたことを後悔した。このままだと、自分は破裂したふうせんみたいになってしまうだろう。
男爵の悔恨をよそに、ネッチたちはむちゅうになってランスをもちあげていた。
「わぁ、そっちじゃないよ、こっちだよ」
「もっと右によれっ。ネッチ、そっちじゃないってばっ」
よたよたよたよた、ランスの穂先はふらふらふらとさだまらない。
そうするうちに、ふうせん男爵がすさまじい勢いでこちらにはねかえってきた。
「うわああああ!」
ふうせん男爵はものすごくおおきな声でさけんだが、それはネッチたちもおなじだった。なにせ自分の身長の何倍もある特大ランスなのである。三人がかりでも持ち上げるのがやっとで、ささえることもままならない。
もし失敗したら、じぶんたちはシングルハットとおなじ姿にされてしまう。そんなのいやだっ。
ふうせん男爵がボビュンとすごいはやさでとんできた。
先頭でランスを肩にのせてささえていたネッチは、おそろしさのあまり頭のてっぺんまでシビれ上がった。
「あげろぉぉぉぉ!!」
われ鐘のような大声をあげて、ネッチは肩のランスをもちあげた。ナーシェルとミッチは、もう死にものぐるいで、男爵のくるほうに穂先をむけた。
男爵は手で目をおおったし、ナーシェルたちもかたくまぶたをとじこんだ。だから、その光景をみていたのは、シングルハットだけだった。
男爵のはりだしたおなかが、ランスの先端にズブリとつきささり、パァンと音をたててはれつした。
男爵はもちろん、ナーシェルたちまでランスと一緒にとばされて、背中のカベにたたきつけられた。
男爵が腹にためこんだ空気の量は、知ることもできないほどで、とおくにいたシングルハットでさえ、乱気流にまきこまれ、体がちぎれてしまいそうになった。
ナーシェルたちがカベに手をついてうなっているあいだ、ふうせん男爵は悲鳴をあげて、屋敷中をとびまわっていた。