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ナーシェルと不思議な仲間たち

  • 2019年9月26日
  • 2020年2月24日
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其の五 ふうせん男爵あらわる

「追いかけて取りもどそう!」
 ようやく立ちなおったネッチが、燕尾服をきこんでさわぎだした。
 ダンカンはどこかへ逃げてしまって、人垣も今ではなくなっている。
「でも、どうやって? もうトランプ兵はいないんだよ」
 そこまで言うと、ナーシェルはとうとう泣きだしてしまった。
「ナーシェルっ」
「泣くな、ナーシェル。おいらがとりかえしてきてやる」
 シングルハットが頭によじのぼってなぐさめるが、ナーシェルは泣きやまない。
「大丈夫だよ、ナーシェル。トランプ兵がいなくなっただけだ。まだわたしたちがついているじゃないかっ」
「そうだぞ、わしのこの金歯をみろ。大丈夫だろう」
 なにが大丈夫なのかは分明ではないが、とにかくナーシェルは泣きやんだ。
「ネッチたちが……?」
 しゃくりあげながら聞く。
「そのとおりだとも」ネッチは鼻高々にうなずき、「こまっている少年をたすける。これこそ冒険じゃないかっ」鼻息もあらくのたまわるのであった。
「ありがとう、みんな」
 ナーシェルが、すこし笑って涙をぬぐったその時だ。
「やーい、やーい、泣き虫ナーシェル」
 妙にハイテンションな声が、大通りにひびきわたった。
「なんだとっ、ナーシェルをバカにする奴はどこのどいつだっ」
 ミッチたちはいろめきたったが、どこにもそれらしい影はない。
 代わりに、
「ふうせん男爵だぁ!」
「物を盗られるぞぉ!」
 道にいた人々が、口々にさけんで家に逃げこんでしまった。
 ネッチたちがオロオロしている間に、周囲の家では窓に立て木し、戸をかたくふさいでしまった。
「なんだっ、なにが起こったんだ?」
 まわりをみわたすと、道にのこっているのは自分たちだけである。
「あれを見てっ」
 とナーシェルが空をゆびさした。
「あっ」
 ネッチたちは同じように上をみあげて目をみはった。まるまると太ったふうせんのような男が、ふわふわと空をとんでいる。
「おどろいたな、ミッチ。あの男空をとんでるぞ」
「見ればわかるぞ」
 ネッチたちが唖然としている間に、ふうせん男爵はふわりふわりと、風にゆられながらまい下りてきた。
 ほおも手足もお腹も、びっちびちにふくらんでいる。これはまさにふうせんという他なく、シングルハットは感心してしまった。
「人間って、空がとべたんだ」
「おなかにガスでもはいってるんじゃないのか?」
 とミッチが答えた。
「やいやいナーシェル。そんなことでよくも女王さまの使者がつとまるな!」
 ふうせん男爵は、地面につくなりそうさけんだ。たいへんな大きさなのに、すこしも音をたてていない。ミッチのいうとおり、ほんとうにガスでも入っていそうだった。
「な、なんでそのことを?」
 ナーシェルの問いかけはかんぜんに無視して、男爵はかってに話をすすめた。
「わたしはふうせん男爵だ。さぁおまえたちの大切なものを、ひとつずついただくぞ!」
「なんだってっ?」
 ネッチたちはおどろいてナーシェルのふところを見た。
 ふうせん男爵はみじかい腕をいっぱいにひろげ、うんうんうなりはじめた。
「やめろ、盗みはいけないことなんだぞっ」
「おまえはそれでも男爵かっ」
 にじりよっくるふうせん男爵に、ネッチたちは口々にさけんだが、男爵はにやりと笑っただけだった。
 そのうち、ネッチがはっと気づいた。
「腕を盗まれたっ」
 見ると、ネッチの両腕がなくなっている。
「ぼくは耳だっ」
 こんどは、耳のあったあたりを押さえて、ナーシェルがあっとさけんだ。ナーシェルの耳は消えてしまって、そこには穴がぽっかりあいているだけだった。
「わしはなんともないぞ」
 不思議そうにしているミッチに、
「カミがなくなってるよ」
 ナーシェルがおしえて上げた。
「なんでわしだけカミなんだ!」
「ほっといてもなくなったのに……」
「うるさいっ」
 つぶやくネッチに、ミッチはわめいた。
「うわあん。オイラの大事な前歯がぁ」
 シングルハットがいきなり泣き声を立てはじめた。見ると、シングルハットのみごとな前歯がなくなっている。
 シングルハットはミッチのきたない服にしがみついて、泣きわめいた。
 ネッチたちがおろおろしている間に、
「はーははは、どうだっ。つぎは封書をいただくぞ!」
 ふうせん男爵が、ナーシェルの胸もとに手を伸ばしてきた。
 ナーシェルはあわてて封書をかかえた。ふうせん男爵は、ナーシェルのちいさな体を覆うようにつつんで、封書をつかんだ。
「封書をよこせ!」
「はなせ、こいつっ。ぼくが女王さまから預かったんだぞ!」
 ナーシェルは封書をひっぱりあいながら、男爵のぷよぷよした手にかみついた。
「いたー!」
 ふうせん男爵が手をはなし、その拍子にナーシェルはしりもちをついた。
「くそっ」
 ふうせん男爵はすばやく立ち上がると、倒れたままのナーシェルにおどりかかった。
「ナーシェル!」
 ネッチたちが悲鳴を上げるうちに、ふうせん男爵はまんまと封書をうばってしまった。
「やったぞ」男爵は満面に不気味な笑みをうかべていばった。「どうだ、みたか、このふうせん男爵の力っ」
「こども相手にいばるな!」
 ネッチがおこってわめいたが、
「ふはは、なんとでもいえ」
 ふうせん男爵は大笑すると、駆けよるネッチたちの目の前で、ふわりと空にまい上がった。
「まて、ふうせん男爵!」
 叫んでいる間も、ふうせん男爵の体はぐんぐん高く遠くなり、
「封書をかえして欲しかったら、わたしの屋敷までとりにこいっ」
 そう言い残すと、風にのってふっと掻き消えてしまった。
「どうしよう、封書をとられちゃったっ」
 ナーシェルがまた泣きそうな顔で言ってくる。
「大変だ。取り戻さなくてはっ」ネッチはすっかりとりみだしてきょろきょろしている。
「ふうせん男爵の屋敷はどこだっ」とわめいた。
「ふうせん男爵は町はずれの一軒家に住んでいるよ」
 家から出てきた男が教えてくれた。
 なんせ、ナーシェルはこの国唯一の子供だから、みんな心配なのだろう。ふうせん男爵が帰ったと知って、ぞろぞろとまわりに集まりはじめた。
「行こう、ナーシェル。ぐずぐずなんてしていられないぞっ」
「う、うん」
 ナーシェルが(目に涙をためたままだが)、いきおいよく立ち上がった。
「封書を取り戻そうっ」
「おいらの前歯もだっ」
 ミッチとシングルハットもやる気である。
 もうトランプ兵どころではなくなっていた。
 ナーシェルはドードー鳥に飛び乗ると、町外れにあるというふうせん男爵の屋敷をめざして駆け出した。

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