其の四 岩戸の王さま
天の岩戸は、考えていたよりずっとずっと大きかった。ナーシェルがランプをかかげるが、とても照らしきれない。いり口をふさいでいる岩のあつみも、かなりありそうだった。
まず、太陽と月の国の住人たちが呼びかけることにした。
「王さまー、出てきてくださいよー」
しかし、まったく反応がない。
ヒゲクジラがドスンドスンとすすみでて、ぐぃーと後頭部まで裂けた口で、
「オウサマー、デテキテクダサイヨー!」
と、大音声にわめいたからたまらない。
そばにいた太陽と月の国の住人たちはのこらずひっくりかえり、大気はビリビリふるえて森にいた鳥たちはギャアギャア文句をいってくる。ナーシェルたちも鼓膜をつんざかれて、気をうしないそうになり、体のちいさなシングルハットは、ポケットの中でのたうちまわった。
しかし、天の岩戸の反応はなかった。
「おい、でかいの! きさま、加減ってものを知らんのか!」
トラゾーが耳をおさえてキイキイわめいた。
「死ぬぅ」
シングルハットはナーシェルのポケットのなかで完全にへたばっている。
「だめだ。これはちょっとやそっとじゃ出てこないぞ」
ネッチはそれでも応答のない天の岩戸にびっくりしながらいった。
「太陽の王さまは、すごくガンコなんだ」
とシッカがすまなそうにこたえた。
「どうしよう?」
これでは話し合いにもならない。ナーシェルは、こまって仲間の顔をみやった。
「こういうときはべつの手でひきずりだせばいいんだ。相手の注意をこちらにむけるんだ」
とふうせん男爵が意見した。それはとてもいい考えだと、みんなは賛成した。
「しかしねぇ、どうやってこちらに注意をむけるね」
「だれかがケガをしたって言ったら出てくるかなぁ」
「いや、それより外の方がたのしいってわかったら出てくるよ、きっと」
「たのしいと言えば……」
「酒もりじゃな」
トラゾーがやけにきっぱり言いきった。
「酒もりか……よし、みんな集まってくれ!」
シッカが仲間をあつめて、うち合せをはじめた。
「篝火をたこう、はでにやろう!」
「酒をそろえよう、仲間もあつめよう!」
話が具体的になってきた。
「よし、まずはやぐらをつくろう」
ネッチがみんなに呼びかけた。そこでやぐらをつくることになった。
ヒゲクジラとふうせん男爵が、森から木々を集めてきた。シッカたちは酒と仲間をそろえにいった。
やがてやぐらは組みあがり、酒と仲間をあつめたシッカたちももどってきた。
「ここの木はようかわいとるわい」
トラゾーが火打ち石で火をおこした。やぐらがゴオゴオともえ上がる。
さぁ、それからがたいへんだった。
一同はやぐらをかこんで、飲めや唄えやの大宴会である。
「てやんでぃっ。どこの国もかってにけんかしやがって、これいじょう知ったことかよぉ」
ナーシェルがとつぜん管をまきはじめた。手には酒びんをもっている。
「ああっ」
「酒を飲んだらしいぞっ」
ネッチとミッチがあばれるナーシェルをおさえにかかる。トラゾーとふうせん男爵は、はやくもできあがって千鳥足である。
トラゾーは、一升瓶から酒を直接口に流しこみ、篝火をバックに天の岩戸によびかけた。
「てやんでぇ、ばーろーちくしょおっ。太陽の王がなんだってんだっ。天の岩戸がなんだってんだっ。しょんべんかけるぞ、この野郎っ」
「いいぞ、やれやれぇっ」
と、酒びんを離さないナーシェルが、無責任にあいづちをうつ。
「酒ぐせわるいな、こいつ」
ミッチが汗をかきかき、ナーシェルの指をひらいている。
酔っぱらいというのは、歯どめがきかない。集まった住人たちが、トラゾーにあおられて声を上げはじめた。
「太陽の王のバカ野郎ー」
「われわれに光をかえせー」
「ちゃんと仕事しろー」
「万年ポカポカあたまー」
などと、てんででたらめに無礼な口をたたいている。
「ぶうおん、ぶうおん」
ふうせん男爵がでばった腹をつきだして、天の岩戸に再現なく体当たりをくりかえしている。
「よってらっしゃい見てらっしゃい、切りさきましょうこの岩戸。愉快なるかな、人生よ。酒さえあれば、王などいらぬ。天の岩戸よつぶれてしまえっ」
と呼ばわって、トラゾーがガチャンガチャンと岩戸を刀で切りつけだした。
「ぶうおん、ぶうおん」
「うりゃあ、うりゃあ」
「ぶうおん、ぶうおん」
「うりゃあ、うりゃあ」
篝火が赤々ともえあがる中、ふうせん男爵の体当たりとトラゾーの刀を打ちつける音がつづいた。
一同はそれをサカナに、でたらめにわめきながら酒を飲むのである。
天の岩戸が、ゴゴゴ……と、不気味な地響きをたてながらひらいていることに、みんなはまだ気づいていなかった。
「いいかげんにせぬかぁ!」
太陽の王さまはとうとう怒って、天の岩戸からどなりでてきた。
その剣幕のすさまじさといったらない。
「ひ、ひぇええっ」
みんなはいっぺんに酔いがさめて、おそろしさのあまりに、ガタガタとふるえながらその場に平伏した。
「神聖な天の岩戸にしょんべんをかけるとぬかした奴はどこのどいつじゃ」
みんなはいっせいなトラゾーをゆびさした。
「いや、これは、せっしゃのあずかり知らぬところ……」
トラゾーはまだわけのわからないことを言っている。
太陽の王さまはトラゾーを無視して、住人たちに向きなおった。
「きさまら、なんでここにあつまったっ。月の王のさしがねかっ」
「そ、それはちがいます」
話が妙な方向にそれはじめたので、ネッチがあわてて注進した。
「ならばなぜだっ?」
王さまはカリカリしながら問いつめてきた。
ナーシェルは泣きそうになりながら、一同を代表して、これまでのいきさつを語らねばならなくなった。
「そうか、わしらのケンカのせいでそのようなことが……」
話をききおえた王さまは、うーんとなやんで両腕を組んだ。
「そうなんです。ですから月の王と仲なおりして、昼と夜をもとにもどしてください」
「ばかもの! あんなやつと仲なおりなどできるか!」
王さまがまたすごい声でどなったので、ネッチたちはいっせいに首をすくめた。ふうせん男爵など頭が体にめりこんで、ぬけなくなってしまったほどだ。
「もっとも、月の王があやまるというのなら、考えてみんでもないが……」
王さまがポツリともらしたのを聞いて、ナーシェルたちは顔をみあわせた。
「それで、けっきょくケンカの原因はなんなんです?」
ネッチがきくと、王さまは思いだすのもいまいましそうに、
「ことの発端は、チェスが原因じゃった」
とはなしだした。
「チェス?」
ナーシェルたちが唖然とくりかえすと、王さまはそのとおりだと言いたげにうなずいた。
「そうじゃ。あいつはわしのためにとてもきれいな星を見せてくれたんじゃ。なのにたった一度のチェスで、あいつは駒に細工をして、わしをだましおった!」
なんともきいてみるとばかばかしいかぎりの話だが、王さまがこわくてだれも口にはできなかった。
「せめて太陽だけでも、もとにもどしてもらえませんか」
とたのむのだが、
「むりじゃ、月の王がもどってこんことには、わしにもどうにもならん。自然の摂理じゃからな」
と太陽の王はこたえた。ネッチが、
「月の王さまは本当に駒に細工をしたんですか?」
ときくと、
「した。この目でみた」
と、きっぱりした答えがかえってくる。ナーシェルはふしぎそうに眉をしかめた。
「でも、王さまは夜になると、かくれるんでしょ。どうやって月の王さまとチェスをやったの?」
「わしらは朝と夕の交替の時間に顔を会わすのだ」
王さまは吐きすてるようにして言った。
「王さまっ、王さまだってほんとうは月の王さまと仲なおりがしたいんでしょ? 星の夜空をまた見てみたいんでしょ?」
ナーシェルが王さまの服にすがりついた。
「それはまぁ、わしだって、あいつがあんなことをせなんだら……」
「そうでしょう。またふたりで地上をてらしてくださいよ。あんなに仲がよかったじゃありませんか」
シッカたちが言いつのる。
すると、王さまはそっぽをむいてこう言った。
「向こうがあやまるなら、やってやらんでもないっ」
「ここの王さまってさ」ミッチはネッチにささやいた。「どうしてこうガンコなのかな?」
「月の王さまがあやまるなら、太陽をもとにもどしてくれるんですね」
「ああ、月の王があやまるんならな」
くいさがるナーシェルに、王さまはうるさそうにうなった。
「こんなことをしてる間に、木の葉の国は枯れてしまうんじゃないだろうか?」
「わしの国の住人だって、今ごろこおりついとるかもしれん」
不安そうに空をながめるふうせん男爵とトラゾーに、
「そんなことないよっ。さぁ、はやくシドじいのところにもどろう」
ナーシェルはおこったようにいって、大股に歩きだした。
「ああっ、ナーシェル公っ」
「ぶおん、まってくれよぉ」
二人が後をおいかけていく。
シッカたちが、「王さま、そんなこといわずに、仲なおりしなさいよ」といったが、王さまは、「ふんっ」といって、そっぽを向く。
「まったくいじっぱりなんだから」
シッカたちはあきれてしまって、説得をあきらめた。
「はやく来いよぉ」
ナーシェルの肩のシングルハットが、ミッチとネッチをせかしている。
ミッチとネッチは顔をみあわせた。
冒険好きの二人はともかく、ナーシェルにはとてもつらい経験なのにちがいない。酒に酔って、どなっていたナーシェルが、頭の裏によみがえってくる。
「はやくこいってぇ」
やけに遠くになったシングルハットの呼び声に、二人ははっとわれにかえった。
ナーシェルのちいさな肩が、闇にすこしづつとけていく。
二人はあわてて後をおいかけた。