ブリキの国
其の一 ブリキの国のゆううつ
ブリキの国は木の葉の国の北にある、タイクン山を越えたところにあった。巨人や人食い鳥が住むことで、大変な難所として知られているが、ナーシェルたちはふうせん男爵の
力を借りて、どうにかこの山をのりきった。
ブリキの国はまさしくブリキでできていた。家はもちろんブリキで、住んでいるひともブリキのにんぎょうなのである。
まさに、木の葉の国とは正反対の国だった。木も草もブリキでつくられていて、にぶく光沢をはなっている。ここでは世界すべてがスズ色にそまっていた。
「おかしいなぁ」
ナーシェルは、ブリキの国についてから、さかんに首をひねっていた。
ブリキの国についたとたん、どしゃぶりの雨にみまわれたのである。雨はいっこうにやむことなく、なおもはげしさをまして、今につづいている。三人はフードのついたカッパをかぶり、雨をさけねばならなかった。
ナーシェルがなにを不思議がっているのかというと、そもそもブリキというのは、錫をメッキしただけの、うすい鉄板なのである。だから、ブリキの国には雨なんてふらないし、水気のものは、コップ一杯にいたるまでいっさいなかった。
花は風がふくたびに、ギーギーいやな音をたてている。すっかりサビついているのだ。
ナーシェルはブリキの国に来たのははじめてだったが、話ぐらいはきいている。
「どうやら、ブリキの国にも、なにごとか起こったようだね」
ナーシェルに話をきいたネッチが、まじめな顔をしてそんなことを言った。
雨にうたれるブリキの町は、シンとしてしまっている。バラバラという、この国にはめずらしい雨音だけが、やけに耳についた。
地面はぬかるんで、みずたまりが一筋の川となってながれている。
ブリキの国の住人は家のなかにこもっているようだが、この湿気ぶりでは、やがてはサビてうごけなくなるにちがいない。
「おいら、ネズミでよかった」
と、シングルハットはナーシェルのポケットのなかで、ふうせん男爵と大まじめにうなずきあった。
雨のせいでサビてうごけなくなるのは、とてもかわいそうだが、それでもやっぱり、
(ブリキでなくて、よかったっ)
とは、思うらしい。
ドードー鳥は、水をはねつつ、かぽらかぽらと歩いていく。
風もふかず、雨は垂直に落ちてくる。木の葉の国に降るようなからっとした雨ではない。ここでは服のすきまにまで、湿気がしのびこんでくる。いらいらしてくるような天気だった。
「あれはなんだろう?」
ナーシェルは雨にけむる街道をすかしみた。
しのつく雨のむこうに、何者かが腰をおろしている。
「ずいぶんおおきいなー」
ネッチが小手をかざして感嘆した。
そいつは、大きくなったふうせん男爵より、さらに巨大だった。道ばたにひとりですわりこんでいる。
ここからではちょっと視界がわるくてどんな奴かはわからないが、肩をおとして、さびしそうにしているのだけはわかった。
「おい、やばいぞ。近づくのはやめようっ」
とミッチがネッチの肩をたたいた。
ふうせん男爵が、ポケットからひょいと顔をだし、「ブリキだ。あの男、ブリキでできてる」といった。
「あんなでかい奴に追いかけられたら、とても逃げられないぞ」
ネッチがゴクリとのどを鳴らした。この一言で、みんなは少しふるえてしまった。
シングルハットが、ひょこんとポケットから顔をだす。
「あいつ、あのままだとサビついちゃうぞ……」