其の三 雨水の城へ
ナーシェルたちはドームのわきにあるちいさな納屋に逃げこんだ。
「わっ、わっ」
ふうせん男爵が、扉に、みるからにもたつく手で閂をかけた。
「どうしよう。このままじゃこおらされてしまうぞっ」
ミッチが、青い顔で納屋を入ったり来たりしている。
「うわぁ」
壁ぎわにいたネッチが、悲鳴を上げてしりもちをついた。
窓ガラスに、雪鬼たちがびっしりとはりついているのだ。
「のぉがぁさぁん」
二本角がめだまをぎょろつかせる。ネッチは腰をぬかしてその場にへたりこんでしまった。
「ドードー」
ナーシェルはすっかりおびえて、いっしょに逃げてきたドードー鳥の首にかじりついた。
「こっちもだっ」
雪鬼たちは戸口にもまわって、さかんに体をとびらにぶつけてくる。ふうせん男爵が体をふくらませ、とびらをドシンとふさいだ。
「かこまれちゃったよ」
ナーシェルが眉をしかめて泣きべそをかいた。
「こんなときに、あのみずたまりがあったらなぁ」
ネッチの独り言に、「みずたまり?」とミッチが問いかえした。
「ほら、雨水国で、ひかるみずたまりにとびこんで、雨水の城までいっきに移動したじゃないか」
「そんなものここにあるもんかっ」
ミッチがおこって罵声をあげた。
すると、トラゾーが、
「いやっ、ちょっとまて」
といって、自分の腰に腕をまわした。
「これじゃっ」
トラゾーがひっぱりだしたのは、あの竹の水筒である。
「それが、いったいなんだってんだっ」
おこるシングルハットを手で制し、
「わしはこの水筒にみずたまりの水を汲んでおいたのじゃ」と説明した。
「本当っ?」
ナーシェルが少しかん高い声で問いかけた。
「はっはっはっ。こんなこともあろうかと思って、わざわざ仕込んでおいたのじゃよぉ」
トラゾーは鼻高々にわらったが、シングルハットはそれはウソだとおもっていた。
「でも、水筒なんかにいれてしまって、大丈夫かな?」
ネッチがつぶやいている間に、トラゾーは水筒の中身を床にぶちまけてしまった。
「やっぱり……」
ネッチの不安どおり、水筒の中身はただの水にかわっていて、あの時のように輝いたりはしていなかった。
トラゾーは床にひろがったタダの水をみつめ、「もうダメじゃ!」とわめいた。
雪鬼たちが納屋に体をぶつける音がする。「このままじゃ、窓が割れてしまうぞ」
ネッチがじりじりと下がってきた。ふうせん男爵も、戸をささえるのをあきらめて、ドスドスとこちらに近づいてくる。
ナーシェルたちはひとところに固まりながら、なすすべなく立ちすくんだ。
窓はとりついた雪鬼たちのせいで、いまにも割れてしまいそうだった。納屋をたたく音が、しだいにおおきくなる。うえから埃がぱらぱら落ちてきた。
「このままじゃ納屋ごとつぶされるっ」
とネッチが金切り声をはり上げた。
「「キャンディーはいやだぁ!」」
ミッチとシングルハットが同時にわめいた。
「雨水の城へ、雨水の城へ行きたぁいっ」
やけになったナーシェルが、床をはげしくたたいてさけんだ。
すると、透明だった水が、黄金色にかがやきはじめたではないかっ。
「とびこむんだ!」
ネッチがいちはやく快哉を上げた。
「さあ、ナーシェル公はやくっ」
トラゾーにいざなわれ、まずナーシェルとドードー鳥がとびこんだ。
「大変だぁ」
ミッチと、頭にのったシングルハットが大声でわめいた。
窓ガラスにヒビがはいり、そのすきまから雪鬼たちがはいりこもうとしているっ。
「逃ぃがぁすもぉんかぁっ」
二本角が、腹の底からにじみでるような声でいった。
「はやくにげよう!」
ネッチがかんばしった声をはり上げる。
「ぶおん、はいらなぁい」
見ると、みずたまりがちいさすぎて、ふうせん男爵のふとった体が、とちゅうで穴にひっかかっている。
「ヘソ蓋をぬけ、ふうせん男爵っ。体をちぢませるんだ」
ネッチがさかんに声をかけるも、ふうせん男爵のふとった腕は、ヘソ蓋までとどかない。
「なにやってんだっ」
はしりよったシングルハットが、ヘソ蓋を口にくわえてひきぬいた。
ふうせん男爵の体からすごい勢いで空気がぬけ、みるみる体はちぢんでいった。
男爵がみずたまりに消えた瞬間、窓がワレて、雪鬼たちがなだれこんできた。
「ひぃええ」
残ったネッチたちは、あわててみずたまりに身をおどらせた。