それからの勝負はまことにすさまじかった。
自らトランプの達人というだけあって、ジョーカーはなかなかつよい。
ダンカンも箱をふりまわして一歩もひかず、勝負は一進一退をくりかえした。
「こっちは赤のフラッシュだ!」
「なんのこっちはフォーカード!」
とまぁ、互いにゆずらないから、盛り上がること。
ナーシェルたちも声を枯らしてわめきたてたが、とうとう十回目の勝負がおわり、二枚のカードがのこってしまった。
ジョーカーの巻返しのおかげで、人質の数はおなじである。
「どうするんだ? カードが足りない」
ネッチのつぶやきとともに、あつまった見物人もざわめきはじめた。二枚でするポーカーなんて聞いたことがない。
「あわてるな、こういう場合は、のこった二枚に、勝負をすませた三枚をくわえて勝負するのよ」とダンカンは、人質にとったトランプ兵を指で指した。「三枚はこの中から選ぶんだ。ただし、のこった二枚はさきに見ていい」
と、ダンカンがおちついた声で説明した。
ジョーカーを見ると、しきりにうなずいているから、ルールにいつわりはなさそうだ。
「よし、最後は慎重にえらぼう」
ネッチたちは顔をつきあわせて討議をはじめた。
ジョーカーはのこった二枚に顔をむけて、
「こりゃあいつらの数字にかかってるな」
といった。
「のこった数字はなんだろう?」
ナーシェルは今まで出た数字をけんめいに思いだそうとするが、勝負に夢中になりすぎて、さっぱり覚えていなかった。
心臓がバクバクして、いても立ってもいられない。落ち着いているのはジョーカーだけだ。
「ままよ、どうにかならぁなっ。おい出てこいっ」
と、のこった二枚を手もとに呼ぶ。
向こうはすでに見たようで、野次馬がわーわーわめいている。
ナーシェルたちは、トランプ兵のうしろにまわって裏に書かれた数字を読んだ。
「うおっ」
「こいつはっ」
「2のクラブと9のクローバーだ……」
ナーシェルがつぶやいた。
「なんだ、こりゃ。ろくなもんじゃねぇ」
と、ジョーカーが地団駄をふむ。
「どうしよう。フラッシュをねらおうか?」
ネッチがささやくと、
「だめだな。見なよあいつのツラを」
ジョーカーがうしろをさした。
ダンカンはいかにも自信ありげに、こちらの出方をうかがっている。
「あれはいいのが残ってるとみた」
なんにしろ、フラッシュをねらって、ダメだったときのドボンがこわい。
「二枚そろっているとか?」
と、ナーシェル。見物人がしきりにさわぐので、ろくに考えることもできやしない。
「こっちも大きいのをねらおうっ」
ミッチとシングルハットが力説した。
「しかし、こいつらじゃなあ」
ジョーカーはどうしようもないと言いたげに、のこったトランプ兵に視線をくれた。
「とにかくえらぼうよ。勝てるかもしれないんだ」
ナーシェルが率先していうと、
「うん、ちげぇねぇ」
と、ジョーカーも気をとりなおしてヒザを打った。
「向こうより大きければいいんだけなんだ。べつにロイヤルストレートフラッシュをだそうというわけじゃない」
「いいこと言うねぇ」
と、ネッチとジョーカーはすっかり意気投合してしまっている。
「もういいか?」
ダンカンがにやにや笑って問いかけてきた。
「いいともっ」
と、こちらの腹もすわっている。
「ならべ!」
ダンカンがさけぶと、両軍入りみだれたトランプ兵が、わさわさとならびはじめた。
ダンカンは、じっくりこちらのトランプ兵を見ていたが、
「そいつとそいつとそいつだ」
意外にあっさり選んでしまったから、これにはナーシェルたちの方があわててしまった。
「どうしよう。はやくえらばなきゃっ」
「おちつけぇ、慌てることはねぇ」
そういうジョーカーも、顔ではずいぶん焦っている。
ナーシェルたちは、長いこと、あーだこーだと言い合った。
結果、五十枚のトランプ兵のうち、三名が厳選された。
「最後は目をつぶって、相手のカードだけを見ることにしようじゃねぇか」
「いいだろう」
と、ダンカンの申し出をジョーカーが堂々と受けとめたので、ナーシェルはひょっとしたら勝てるかもしれないと希望がわいた。
一同は、たがいに目をとじあった。
トランプ兵が、わきを、
ワサワサ
と、通りすぎる音がする。
ナーシェルは緊張のあまり頭がどうにかなってしまいそうだった。
「もういいかぁ」
まずダンカンの声がした。
「もういいよぉっ」
つぎに見物人がいっせいに答えた。
「サン、ハイ!」
とジョーカーが言って、ナーシェルたちは目をあけた。
そのとたん、ネッチたちは凍りついてしまった。
フォーカード……。
ダンカンはダダッと自分のトランプの前にまわりこみ、トランプ兵の肩をいせいよくたたいた。
「ジャーン。またまたフォーカードォ」
言わずもがなのことを言った。
「こっちはっ」
ナーシェルたちはいっせいに駆けだし、自軍のトランプたちの前にまわった。
「ああっ!」
と、ミッチが悲鳴を上げた。
「なんでやぁ!!」
さしものジョーカーが苦悶している。
カードはフラッシュどころか、一枚もそろっていなかった。
ドボン、である。
「おれだって最初はカスだったのよ」
ダンカンが得意満面で鼻をのばした。
「くそ、あの顔にだまされた!」
ミッチとナーシェルは歯を食いしばって悔しがった。ネッチとシングルハットは、呆然と自分たちのカードの前で立ち尽くしている。
「やべぇっ、俺っちは逃げるぜ」
ジョーカーは片手を上げると、逃げにかかったが、
「あまいっ!」
ダンカンが手にした箱のふたを開けると、あっというまもなくそのなかに吸いこまれてしまった。
ダンカンはもうひとつ箱をとりだすと、自分のトランプ兵をしまいこみ、
「これは勝負だ。わるくおもうなよ」
といった。
「女王さまのトランプ兵が……」
ナーシェルは暗然とつぶやいた。