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ナーシェルと不思議な仲間たち

  • 2019年9月26日
  • 2020年2月24日
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 そいつは奇態な嬌声を上げて、ナーシェルたちの間を、ものすごい速さでとおりすぎていった。
 みんなは尻餅をつき、男の背中を見送っている。
「な、なんなんだ……」
 暗闇に消えていく男の後ろ姿に、ネッチはおもわず問いかけていた。……

 屋敷ではそのあとも不思議なできごとが連続した。
 床からいきなり人間の顔が出現したり、暗闇をしろいシーツのようなものがとおりすぎたり……。
 ナーシェルたちは、そのたびに悲鳴をあげ、にげまどった。
「この屋敷はなんなんだ!」
 とうとう堪忍袋の尾もきれて、ネッチは怒気をはらんだ声をとどろかせた。
 ふうせん男爵はおどろきのあまり空気がもれて、しょうしょうシワがよっている。ミッチがポンプをおしてやっているところだ。
 あおい顔で立ちつくしているナーシェルのほおを、後ろからしのびよった、ホネのようにやせた女がスルリとなでた。
「わぁっ」
 それは信じられないほどつめたい手で、ナーシェルは心臓をわしづかみにされたような気分になった。
「ナーシェル公になにをするかっ」
 トラゾーが骨女につかみかかったが、女は身軽に体をかわすとにげてしまった。
 とにかく、この屋敷の人間というのは逃げ足が早い。ネッチとトラゾーがどんなにがんばっても、まばたきの間に逃げてしまうのだ。
 ふうせん男爵はこの手のことがニガテのようで、腰がぬけるほどふるえ上がって、フーフー言っている。
「大丈夫か、ナーシェル」
 シングルハットが肩にのぼってささやいた。
「ああ、ありがとうシングルハット」
 ナーシェルはつかれた表情で、無理にわらった。
 ふうせん男爵の身体ももとに戻り、ミッチはようやくひと息ついた。
 じつをいうと、ミッチもこういうことが大の苦手である。みんなの手前、つよがってはいるが、ほんとうはふうせん男爵といっしょに腰をぬかしてしまいたかった。こうやって男爵の世話をやくのも、腰をぬかす時はいっしょだっ、という心理がはたらくためである。
 ミッチはナーシェルたちに向きなおると、
「やっぱりにげようっ。公爵夫人がなんだ、保釈金がなんなんだ! わしはミッチモンドだぞ!」
 そんなことは知っているので、みんなは気怠げにふり向いた。そして──
「アッ」とネッチたちはおなじ形に口をひろげた。
 ミッチはいやな予感がして、背後を横目をつかって見ようとした。
 その肩に、何者かが、ポンとおおきな手を置いた……。
「ノオオオオォォォ!」
 ミッチは精神の限度をふみにじられ、魂もけしとぶような絶叫を上げた。
 ふうせん男爵は、ひゃっと悲鳴を上げて、とうとう腰をぬかしてしまった。
「ど、どうしたんですっ?」
 ミッチの声には逆に男のほうがおどろいたようだ。
「ああ、この人はまともだ……」
 ネッチが安心したように溜息をついた。
 ミッチはかんぜんに燃えつきている。
 女物の服をきてはいるが、その男の反応はまともだった。ナーシェルはようやく安心してたずねた。
「あなたは?」
「ぼくはトラビス。あたらしく入ったのは君たちだね。あまり遅いんで、迎えにきたんだ」
「そ、そうだったのか……」
 そういうトラゾーも、顔があおざめてしまっている。
「こんなところ、はやく出ていった方がいいよ。ここはきちがい公爵の屋敷なんだからね」
 トラビスは暗い顔をしていった。
 ナーシェルたちは、「きちがい?」と、おうむ返しにくりかえす。
 トラビスはおおきく首をたてにふった。
「この屋敷にいると、みんなしだいにきちがいになってしまうんだ……」
 トラビスの真にせまった物言いに、ナーシェルたちはしばらくことばがでてこなかった。
「あなたはなんでだいじょうぶなの」
 ナーシェルはとうぜんの疑問を口にした。
「ぼくはまだ新入りだから」
 トラビスがわらったおりもおり、屋敷のおくから女の絶叫がひびいてきた。
「キャアアアアア!」
 屋敷の隅々までひびきわたるようなさけび声に、ナーシェルたちはとびあがった。
「気にしなくていいよ。一日いちどはああなんだ」
 トラビスはなれているのか、平然としたものだ。
 ナーシェルたちは互いに身体をよせあった。
「おい」トラゾーがトラビスの服をひっぱった。「ここには、家政婦の服しかないのか?」
 そういえば、トラビスが着ているのもおなじものである。
「さぁ。でも家政婦長がこれしかくれないから……」
 トラビスはしかたないというふうに肩をすくめた。
「家政婦長って、あのひとのこと?」
 ナーシェルはさいしょに部屋にあらわれたふとった女のことをおもいだした。
「そう、この屋敷のことは、彼女がひとりできり盛りしてる」
「家政婦長も、やっぱり」
 ネッチがきくと、トラビスは真顔でうなずいた。やはりあの女もきちがいだったのかと、ネッチとミッチは納得したようにうなずきかえした。
「だからはやくにげた方がいいんだ」
「しかしなぁ」
 といって、ミッチは水滴のついた窓を見やった。
 なかはローソクの火で明るいのに、そとはあんなにもくらい。この屋敷からにげだしても、自分がどこにいるのかもわからなくなるにちがいない。
 ドードー鳥はデヨニール三世にとられてしまった。ナーシェルは生まれた時から一緒だった友だちがいなくなって、さびしいらしい。
 ナーシェルたちだけでは、とても森はぬけられそうになかった。どこかで足をふみはずして、濁流におちこんでおしまいである。 
 みんながだまりはじめてしまったとき、 
「うおー、うおー!」
 なにやら腹の底にひびくような声がとどろいてきた。
「家政婦長が飯をつくってるんだよ」
 とトラビスが説明した。
 飯をつくるのに、なんでほえるんだ? と、ナーシェルたちはおもったが、あの家政婦長ならやりそうだった。なにせきちがいなのだから……。

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