ナーシェルはとても見ていられなかった。
王さまはうごくたびにギーギー音をたてるのである。動作もかんまんで、このままほうっておいたら、ブリキの王はいつかうごけなくなってしまうにちがいない。かわいそうだな、と思った。
とある扉の前で、王さまはたちどまった。
番兵が、体をぎーぎーいわせながら敬礼をする。
「とびらをあけよ」
王さまが片腕をさっと水平にふると、番兵がいそいで、(もっとも体についたサビのせいで、とてもいそいでいるようには見えないのだが)扉を左右に押しひらいた。
「見なさい」ブリキの王はうしろにある九十九個のストーブをしめした。「あれが花と草木のストーブじゃ」
あっ……とナーシェルたちはおどろいた。花と草木のストーブは、こんなにたくさんあったのだ。
「手前のあの」ブリキの王は指をのばした。
「あのストーブだけが火をともしている」
たしかに、ひとつだけあかあかと火をおこしている、ストーブがある。
「なぜのこりのストーブには火をつけてくれないのっ」
とがめるようにさけぶナーシェルを、ブリキの王はかなしげにゆれる瞳でみつめていた。が、やがて、
「ブリキの国に大量にあった石炭を、雪と氷の女王にこおらされてしまったのだ」
といった。
「ええーっ!?」
ナーシェルたちは、仰天のあまりカチコチに硬直してしまった。それは、雪と氷の女王にこおらされてしまったようだと、ブリキの王はおもった。
「そ、それでは、石炭はもうないんですか?」
すっかりうろたえているネッチに、
「うむ。残ったわずかな石炭で、あのストーブの火だけはたやさぬようにしているのだ。しかし、それもいつまでもつか……」
王さまはため息とともに、首をかるく左右にふった。
ネッチたちは残らずこけた。
「あの最後のストーブがきえてしまうと、木の葉の国の草木はすべて枯れはて、荒涼とした大地のみになってしまうことじゃろう」
ブリキの王は心からつらそうに言った。
ナーシェルは、石炭が雪と氷の女王にこおらされたと知っておどろいたけれど、ブリキの王が女王との約束をやぶったわけではないと知って、内心ひどくよろこんでいた。
「雪と氷の女王に、石炭の氷をとかしてもらえば……」
「むろん、そうなればストーブたちは息を吹きかえすじゃろう」
その言葉をきいて、ネッチたちははね起きたが、
「でも、このままだと、王さまたちはサビついてうごけなくなってしまうんだね」
ナーシェルの暗澹たる言葉に、また肩をおとした。
「なぜ雪と氷の女王は、石炭をこおらせてしまったんです?」
「わからん。ただでさえ降りつづく雨でそとに出れんのに、雪と氷の国は万年雪におおわれているのだ」
「それではこの雨がやんでも、女王には会えない」
問いかけるミッチに、王さまはゆっくりとうなずいた。
ネッチとシングルハットは頭をかかえてしまった。虹の冒険号は、もう二度ととべなくなってしまったのだ。
ふうせん男爵は、ナーシェルのポケットのなかで、ゴクリと唾をのみくだした。
ナーシェルは決意した表情で、ブリキの王をみあげた。
「わかりました。ぼく、雨水の国に行って、雨をとめてもらいます。その上で雪と氷の女王にあって、石炭の氷をとかしてもらいます」
「ナーシェル?!」
ネッチとミッチは仰天してさけんだ。ナーシェルはかんたんに言ったが、この旅は口でいうよりずっと困難でつらいにちがいない。
「だって、このままだと木の葉の国は枯れ果ててしまうんだよ。雪と氷の女王に石炭をとかしてもらっても、雨が降りつづけば、王さまやバッカスたちはうごけなくなってしまう……」
ナーシェルはふるえる唇をかみしめ、つかえつかえしながら言い終えた。
「ナーシェル……」
「えらいぞ、ナーシェル。それでいいんだ」
シングルハットはポケットの中でしきりにうんうんやっている。
ブリキの王はナーシェルの手を包むようにしてとった。
「ありがとう。これでわが国も──ひいては木の葉の国も救われるだろう」
「どこまでやれるかわからないけど、ぼくやってみます」
と、ナーシェルはたのもしく言い切るのだった。
ミッチとネッチは無言で視線をかわした。
「ええい、どうせやらなきゃ、虹の冒険号は動かないんだ!」
ミッチは半ばやけくそになってさけんだ。
ネッチも大きくうなずき、
「これこそ真の冒険じゃないか。こんなおおきな冒険はまたとないぞ、ミッチっ」
「名を上げるチャンスだな、ネッチっ」
もりあがる二人をポケットからのぞかせた目でながめながら、シングルハットはつぶやいた。
「あーあ」
後にのこった石炭は、もって一週間が限度だという。しかも、燃えているストーブはたったひとつ……。
南ではどんどん枯れが進むだろうし、ブリキの国にもサビがひろがっている。
ナーシェルたちはいそがなければならなくなった。雨水の王にあって、ブリキの国にふる雨をとめてもらわなければならない。
ナーシェルは、ふいにどうしてこんなことになってしまったんだろうと考えた。どの国もとても仲がよかったのに、いまでは理由もつげずに相手をこまらせている。
「これは雨水の王へのわたしの気持ちだ」
そういって、王さまはブリキのオモチャをナーシェルに手わたした。
「でも……」
と、ナーシェルは口ごもった。おとなの雨水の王さまが、オモチャなんかで喜ぶだろうかとおもったのだ。
その気持ちをさっして、ブリキの王がいった。
「いいのだ。心のこもった贈り物は、ひとの心をうつはずだよ。それはわたしの雨水の王にたいする気持ちなのだ」
ブリキの王はじっとナーシェルの目をのぞきこんだ。
雨はまだ降りやまない。
ナーシェルは、だまってオモチャを、べつのポケットにしまいこんだ……。