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ナーシェルと不思議な仲間たち

  • 2019年9月26日
  • 2020年2月24日
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其の九 チェス裁判はじまる

 チェス裁判は星の降る丘でとりおこなわれた。
 シドじいの用意したガス塔が、丘のいたるところをてらしている。傍聴席には、太陽と月の国の住人たちがあつまっている。
 ヒゲクジラがいちばんたくさん席をとってしまって、はじのみんなはそうとう詰めねばならなかった。
 裁判長はミッチ。その補佐はシングルハットである。二人は黒い服とひらべったい帽子をかぶってすましこんでいる。
 月の王と太陽の王は、裁判席のまえで、西と東にわかれてむかいあった。
 太陽の王のわきにたっているのは、ネッチとふうせん男爵。月の王がわは、ナーシェルとトラゾーである。
 太陽と月の国の住人たちは、急ごしらえのステップに腰をおろしていた。ステップは円形で、裁判場をぐるりとかこんでいる。みんなしんと王さまたちをみおろして、しゃべり
もしない。
 ミッチはあつらえてもらった裁判長の席から、ぐるり百八十度をみまわし、
「せいしゅくに、せいしゅくにっ」
 手にしたトンカチでつくえをバンバンたたいた。
(こりゃけっこういいもんだ)
 と、ミッチはおもった。
「みんなせいしゅくにしてるよ」
 いちいち指摘するシングルハットをぐいとしめ上げ、「こぉれよりっ、チェェスさいばぁんを、とりおこなぁう!」
「ウワ──!」
「今回の判事はぁ、太陽の王さまに、ネッチモンドとふうせん男爵! つぅきの王さまには、ナーシェルとトラゾーじいさんだ! 今回の主旨はぁ、チェェスっ裁判っ。どちらがいかさまか、この場で決着をつけてもらう。ウソいつわりはいっさいなしっ。公正を期しとりおこなうことを、ちかぁうぅ!」
 またも、どわーとどよめきがおこった。ミッチとシングルハットは満足げにうなずいて、
「それでは、当事者の意見を拝領したい。事件の内容は、先月のすえにあったチィェッスだっ。このチェスでイカサマがあったとおたがいが主張している。二人はケンカをし、地上からは光がきえてしまった。なんともめいわくな話だ。まちがいないなぁ、みんなぁ!」
「おー!!」
 観客たちはそろって腕をふりあげた。
 ミッチはさらにふたりの罪状をよみあげる。
「月は太陽のすきな星をかくし、太陽は地上をてらさなくなった。まちがいありませんなっ?」
「うむ」
「うむ」
 と、ふたりの王さまはうなずいた。
「さて、けんかの原因ですが……」
 ミッチがいうと、
「そうじゃ、原因はあいつのイカサマなんじゃ」
「なにをいうかっ、イカサマをしたのはそっちの方じゃっ」
 二人は悪しざまに罵りあう。
「これってさ」ネッチはふうせん男爵にささやいた。「さらに仲がわるくなったらどうなるのかな?」
「おしずかに!」と、ミッチはまたも机をたたいた。「まずはどのようなイカサマをしたかをくわしくおはなしねがいます」
「どちらから?」
 シングルハットにきかれて、ミッチは一瞬まよったが、「では太陽の王から」
 太陽の王はにがにがしげに奥歯をかみしめ、怒りをおさめるのに少々時間をついやした。しばらくたってから話はじめた。
「あのチェスでは……(と太陽の王はすこしおもいだすフリをして)そう十五手は駒をすすめたとおもう。そしたら、あいつはボーンをナイトにすりかえおったのだっ」
「うそじゃ、ボーンをナイトにかえたのはそっちじゃないかっ」と月の王が口をはさむ。
 ミッチはなんともよわってタメ息をついた。
「これでは平行線だ。判事の意見は?」ときかれたので、判事たちはたがいの相棒と顔をみあわせた。
 王さまが判事にひそひそとささやく。
「太陽の王はやってないと言っています」
「月の王もそう言ってます」
 ネッチとナーシェルはややめんどそうに答えた。
「ええーい、役にたたん判事だっ」
 ミッチは苦々しそうに身もだえした。
 ふたりの王さまはそろって大口をあけると、
「だからいっておるじゃろうっ。ズルをしたのはむこうじゃっ」
「だまれ、このウソつきめっ。わしが、あんなに地上をみせてやったのにっ、その恩をわすれおってっ」
「わしだって、夜空をみせてやったじゃないかっ」
 言いあらそう二人に、ミッチは頭をかかえてしまった。これでは裁判はいつまでたってもおわらない。
 裁判場に気まずいムードが流れはじめたとき、シングルハットがひょいと顔をもたげた。
 なにやら観客席のほうがざわついている。シドじいを肩にのせた、シッカが裁判所にはいってきた。
 それに気づいて、「裁判長っ」とネッチが手をあげた。
「なにかね?」
「シッカが問題のチェスをもってきました」
 すると、シッカは裁判所の中央まですすみでて、ミッチをみあげた。
「では、これからシドじいにチェスをしらべてもらいます」
 と、ナーシェルが片手を上げて宣言した。
 ミッチは神妙な顔でうなずき、
「それでは、シドじいに問題の、チェスゥを、しらべてもらうっ。シドは天文学者だが科学者でもある。シッカは今回はその助手だ。シドじいの腕がたしかなのは、みんな御承知のとおりっ。さぁ、せいしゅくに結果発表をまってくれっ」
 と宣した。
 会場内は、しん、とみずをうったように静まりかえった。
 シッカは四角いテーブルのうえに、チェスの駒と板とをおいた。
 シドじいはシッカの肩からとびおり、じぶんの身長ほどもある駒を、しがみつくようにしてしらべはじめた。
 まずは白の駒からである。
「白の駒をつかっておったのは、太陽の王じゃ」
 と月の王はいった。
 みなが息をつめてみまもるなか、シドじいは手もとの駒を仔細にながめまわした。
「ほほー、こりゃよくできとるわい」とシドじいは少しかんだかい声ではなした。「たしかに十五手めで駒がかわるように細工されておる」
「ほーらみろ……」と胸をはった月の王の声はしだいにしりすぼみになり、は? という顔で消えてなくなった。「十五手めでかわるじゃと? そんなおかしなインチキがあるはずないじゃろうっ」
 と今度は怒りはじめた。
 ネッチたちも、
「たしかに変ですねぇ」
 と首をひねってなやんでいる。どうも雲行きが妙だ。観客もざわざわと騒ぎだした。
 月の王は、「それでは自分が勝っていた場合はどうなるっ?」とかみつくような調子で言った。
 赤の駒をしらべていたシドじいは、「おなじことですよ。どんな場合も十五手めでナイトにかわります。おっ、どうやらこっちもおなじのようだ」と赤い駒をかたむかせてこたえた。
「赤の駒も? では互いにインチキを……」
「まてまて、わしはしておらんぞっ」
「わしだってやっておらんっ。だいたいそんなインチキをやるはずがない」
 たしかにこれではゲームがなりたたない。「これはこの国の魔法ではなさそうですな」
 丸眼鏡をずりあげながら、シドじいがつけたした。
「いったいこのチェスはどこで手にいれたんです?」
 シドじいのところへ行って、ネッチは駒をつまんでみた。
「雪と氷の女王からの贈り物だ」と月の王はこたえた。
 ナーシェルが、「雪と氷の女王っ」とすっとんきょうな声をあげたので、シドじいたちはびっくりした。
「どうかしたのか?」
 とみょうな顔をしてきいてきた。
「きっと女王ですよっ。雪と氷の女王が、王さまたちを仲たがいさせるために、チェスに細工をしかけたんですっ」
 ネッチが一気にしゃべると、ナーシェルはそのとなりで大きくうなずいた。
「やっぱりブリキの王はわるくなかったんだ」
 しかし、納得できないのはふたりの王さまである。
「ばかな、なぜ女王がこんな真似を?」
 すると、ネッチはテーブルに両手をついて、説明をはじめた。
「いいですか? 雪と氷の女王はですね、まずブリキの国の石炭をこおらし、木の葉の国を枯れの危機におとしいれたんです。つぎに、太陽と月の王を仲たがいさせ、雨水国を暗闇にしたのはブリキの王だと雨水の王にざんげんし、ブリキの国に雨をふらさせた。そして、今回が、これです」
 ネッチはチェス板をゆびさした。
「で、では、わしらは女王にだまされたのか?」
 信じられない顔で問う太陽の王に、ネッチは力づよくうなずいた。
「そういうことです」
「そうとも知らずにわしらは……」
 二人はガクリと肩をおとした。
「太陽の王よ、ゆるしてくれ。わしはなんの罪もないおぬしをうたがってしまった」
「なにをいう、わしだってっ」
 二人ははっしと互いの手をとりあった。
 トラゾーが泣きながらふたりの肩に手をおいた。
「うむ、けんか両成敗。非をみとめるは罪にあらず。よしとしましょうぞ」
 といった。
 ミッチは涙をながしながら、足を机にひっかけ身をのりだした。
「みんなぁ、みてくれこの光景をっ。王さまたちはたがいの非をみとめ、信頼をとりもどしたんだっ。またもとのあかるい毎日がもどってくるぞっ」
 ミッチのことばに、観客は総立ちになり、ふたりにむけて拍手と歓声をおくった。
 ガス塔にてらされる空に帽子がまい、口笛がふきならされた。ステップを足でふみならし、二人の王をたたえている。
「判決を言いわたすっ」とミッチはいった。「両名、ともに信頼をうしなった罪はおもいが、たがいの友情と、あいてをおもいやる心にめんじ、地上をてらし、夜空をもとにもどすことで処罰を減ずっ。以上、閉廷!」
 王さまたちは、顔をみあわせ笑いあった。

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