雪と氷の国
其の一 閉ざされた国
ゴオオオオォ……
ビュウウウゥゥ……
雪と風がたえまなくふきつけてくる。
木の葉の国そだちのナーシェルは、ふぶきどころか雪を見たのもはじめてである。雪と氷の国にはいるまえに、冬物の服にきがえてはおいたが、たまったものではなかった。あまりの寒さに、身をちぢこめてふるえている。
「いろんな冒険はしたが、こんなに寒いのははじめてだ」
とミッチとネッチは話し合った。ふうせん男爵など、たらした鼻水がつららになってぶらさがっている。
トラゾーだけが、なれている分まだマシらしく、見ただけでふるえがくるほど薄着なのに、意にかいした様子もない。
ナーシェルたちはものも言わずに、黙々と前方に足をすすめた。ふぶきで一寸さきも見えぬ状況なので、先頭を行くトラゾーだけが頼りだった。
ドードー鳥が、心配そうにナーシェルに顔をすりよせてくる。ナーシェルはシングルハットをふところにいれて、ガタガタふるえている。
極寒の地とは聞いていたが、ここまでさむいとはだれもおもっていなかった。もうツマ先の感覚がない。手袋ごしにだいた肘が、かたまっている。うごくのは足だけだった。
風の音が、空間をみたしている。この国には雪しかないようにナーシェルにはおもえた。
汗すらもこおり、ほおやひたいにうすい氷の膜ができている。
吸う息は冷たくて、鼻毛をちりちりと凍らせる。
はく息までがたちまち凍りつき、それが霧となって空中にただよう──といったことがずっとつづいた。だから雪がいくぶんおさまっても、視界はわるいままだった。
「うわぁ」
ナーシェルが雪に足をすべらせてころんだ。トラゾーがたすけに走りよる。
「大丈夫か、ナーシェル」
ふうせん男爵がおおきな身体を利用して、風よけをつくった。
「雪の道が、こんなに歩きにくいなんて、おもわなかった」
ナーシェルはむらさき色のくちびるのなかで、今にもこおりそうな舌の根をうごかした。
雪と氷の国はそれほど寒かった。ふところにいるシングルハットも、じまんのヒゲがこおっている。
「トラゾーじいさん、その仲間のところまでは、まだだいぶあるのかい?」
ネッチがきいたのは、この先にあるという、トラゾーの暮らしていたキャンプのことである。そこまで行けばメシもあるし、暖をとることもできる。なにより体をやすめたかった。
「そうさな……雪のせいでうまくはわからんが、あと一刻もせんうちにつくじゃろう」
うまくわからないというのがなんとも不安だったが、とりあえずナーシェルは元気がでた気がした。
「カイロがほしいのもよくわかるよ。石炭がなくていちばんこまってるのは、雪と氷の国の住民じゃないのか?」
ふうせん男爵がいうと、トラゾーは大きくうなずいた。
「そのとおりじゃ、雪や寒さが好きな種族はいいが、わしらはこまる。女王は、なにを考えているんだか……」
と無念そうにくちびるをかんだ。
ようやく雪と氷の国に到着したナーシェルだったが、そこはふぶきにおおわれた国だった。
どこまでいっても、雪と氷しかない。風景はどこもかわらず、本当にすすんでいるのかさえ不安だった。ひょっとしたら、おなじところをぐるぐる回っているだけかもしれない。ナーシェルは歩いてきた方向をみやった。雪がふきあれて、なにもみえない。自分たちの足跡は、ふりかかる雪にしだいに消えようとしていた。きた道をもどるのは不可能のようだ。
もし自分がこの場で二三度回転させられたら、どっちが前かもわからなくなるにちがいない、とナーシェルは思った。
「この国は毎日こうなの?」
ナーシェルがたずねると、トラゾーはコクリとうなずいた。
「年がら年中このとおりじゃ。雪と氷の女王は、さむいのとたえまなく降る雪が好きなのじゃ」
一同は空をみあげた。ドカ雪が顔にまで積もりそうだ。事実、まつげやまゆげは、すでに雪で真っ白である。
風はいくぶんおさまったが、雪は一向にふりやまなかった。
そもそもなぜこんなことになったかというと、すべては雪と氷の女王が原因なのである。
女王はブリキの国の石炭をこおらせ、花と草木のストーブが炊けなくした。雨水国に光がなくなったのは、ブリキの王のせいだといつわり、ブリキの国には雨をふらさせる。
太陽と月の王を仲たがいさせたのも、雪と氷の女王である。
ナーシェルはそのたびに原因を解明するべく、仲間とともに国をおとずれ、王さまたちに会ってきた。
さきに太陽と月の王を仲なおりさせたナーシェルは、ちょくせつ雪と氷の国にやってきた。そこは雨水国で出会ったサムライ、トラゾーの故郷でもある。
トラゾーが旅にでた要因も、もとはといえば、ブリキの国からカイロ業者がこなくなったせいだった。そのため、雪と氷の国では石炭が激減し、住人がさむさにふるえているという。
雨水国で、空腹にたおれていたトラゾーは、そこで雨水の城にむかう道中だった、ナーシェルたちにあう。
ブリキの国の石炭が雪と氷の女王にこおらされてしまったときいたトラゾーは、大恩あるブリキの王のために、ナーシェルたちと行動をともにするようになった。
しかし、結局トラゾーは石炭を手にいれられず、その身ひとつで雪と氷の国にもどることになってしまったのである。