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ナーシェルと不思議な仲間たち

  • 2019年9月26日
  • 2020年2月24日
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木の葉の国

其の一 ドードー鳥とナーシェル

 虹の冒険号は大気をひきさいて、やがて、深い深い、じゅうたんのような森のなかへ、音もたてずに落ちていった。
 木々の梢を何本もへし折り、船体がはげしくゆれうごいた。ガコンガコンと、二度ほど大地にバウンドして、虹の冒険号はようやくとまった。
「ギャア、ギャア、ギャア!」
 鳥たちが、なにごとかとさわぎたてる。
 せまい船内をころげまわり、さかさになって壁にもたれかかっていたネッチは、その声をきいて目をさました。
 視界がゆがんでいるな、と思っていると、それはそのはずで、床がななめになっていた。どうやら、きちんと着陸してはくれなかったようである。
 ネッチは顔をしかめて、とりあえず声をしぼりだした。
「うう、ミッチ……」
 見回すと、ミッチはかれと正反対のところで、おなじような格好をして気絶していた。
 シングルハットは、まだシッポをつかまれたまま、やはり気をうしなっている。
 ネッチは腰をおさえて立ちあがると、二人を起こしにかかった。

 三人が苦労して船をでたとき、まず目にとびこんできたのは、この深遠なる森の風景だった。
 かれらはハッチから、エッチラオッチラはいおりると、(船は横倒しになっていた)呆然と顔をあおのけた。
「こりゃ、すごい……」
 森をおおう木々は、うっそうと枝葉をしげらせ、はるか上までぐーんと伸びている。ミッチは見上げていて首が痛くなった。
 それは、見たこともない光景だった。こんな大きな木は、とんとお目にかかったことがない。ふとい樹幹は、チビの二人がどんなに腕をのばしたところでとうてい抱えきれず、とっかかりのない表面は、誰かにのぼられることを拒否していた。見上げていると、気が遠くなってしまいそうだ。
 かぐわしい樹脂のかおりが、あたりの空気をみたしている。それは厳粛とした樹海の風景だった。
「こんなおおきな木は、われわれの星にはなかったね」
 ネッチは興奮して拳をにぎり、シングルハットは意味もなくあたりを走りまわっている。
 ミッチはあちこち歩いてみたが、あるのは木と石と、それにこびりついたコケぐらいなものだった。
 どちらを向いてもにたような光景で、巨木が切れ間もなく、ずっと奥までつづいている。
 むこうに、ミッチの胴ほどもありそうな枝が、青葉をつけたまま何本もころがっていた。墜落した際に折れたものらしかった。
 その上空には、冒険号があけた穴から、青空がぽっかりのぞいていた。
 ときおりヘンテコな動物が顔をだすが、目が合うと逃げてしまう。
「少々寒いぞ」
 と、ミッチは腕をさすりながら、船のところへ戻っていった。枝や木の葉が幾層にも重なりあって、光が射さないらしかった。
 ネッチは腰を落とし、なんとか横倒しになった虹の冒険号を引き起こしにかかった。
 それをみて、
「無理だよネッチ。冒険号はすんごく重たいんだぞ」と、シングルハットがえばっていった。
「やい、シングルハットっ。こんなことになったのも元はといえばお前のせいなんだぞ!」
 ミッチは怒って指をつきだしたが、シングルハットはつんとすましている。
「おいらを見捨てるからだ。神さまが怒ったんだ」
「こいつー!」
 ミッチはとうとう頭の天辺から湯気を吹いて、シングルハットにつかみかかった。
「きーきー」
「どうだ、まいったかヒゲネズミっ」
 ミッチはシングルハットのあたたかな体をぎゅうとしめ上げた。シングルハットはあわれっぽく啼いて、ミッチの手をひっかいた。
「いたーっ」
 争う二人を尻目に、ネッチは虹の冒険号を、なかばあきらめかけていた。
「これはとても重いねぇ。私の力ではとても持ち上がりそうにないよ」
 背を冒険号にもたせかけ語りかけるが、ケンカに熱中している二人は気にもとめない。
 ネッチは気にせずつづけた。
「この星に石炭かそれに似た物があるといいんだけど、どうしたものかなぁ」
 誰もなにも言わないので、ネッチは辺りを見回した。
「こんな森ではなにも手にはいりそうにないねぇ。どこかに町があるといいんだけど、どうやってそこまで行くかが問題だよ」
(もっとも、人間がいればの話なんだけど)
 とネッチは声には出さずにつぶやいた。
 虹の冒険号のうえでは、ケンカに疲れた二人がへたばっている。
「どう思う、ミッチ?」
 ネッチはようやく振り向いた。
 舌を出してうつむいていたミッチが、ぐぐいと顔を上げた。
「石炭は?」
 どうやら聞いていなかったようだ。
 ネッチは首をふって答えた。「もうないよ」
「ここはどこなんだ?」
「わからない」また振った。
 ミッチはこの世でいちばん情けない顔になった。「じゃあ、どうすればいい?」
「どうしうようもない。ケッケッケッ」
 これはシングルハットである。
 かっとなったミッチと、またケンカになった。
 ネッチは二人をほうって、背後の森へと顔を向けた。その視線が、ずうっと奥まで飛んでいった。真剣な顔で耳をそばだてている。なにかが走ってくる音がしたのだ……。
「ミッチ、ちょっとっ」
 ネッチのあせった声を聞いて、ミッチはそちらに向き直った。
「どうした?」
 すると、ネッチは正面を指差し、
「なにか来るみたいだ」
 と、こわばった声でそうつづけた。
 言われてみると、森はとても薄暗く、ミッチは気味が悪くなってきた。
 ドキドキしながら立ち上がって、じいっと前方に目をこらす。なにもいない。しかし、
「ほんとだ……音がする」
 と、シングルハットがつぶやいた。
「動物かな?」
 ネッチは笑ったが、その顔はひきつっていた。
「か、隠れようネッチッ」
 と、ミッチが慌ててまくしたてた。
「どこに?」
 ネッチに言われてミッチは辺りを見渡した。身をかくすところはどこにもない。
 そうこうするうち、森の奥から一匹の鳥があらわれた。
 鳥といっても、空を飛ぶわけでもなく、地上を二本足で走っている。ドタドタと、バカデカイ足で大地を蹴った。風を起こし、草葉を揺らす。たいへんな速さだ。
 そいつは変な鳥だった。駝鳥のように長く、駝鳥よりも太い首と足。はねが体の横っちょについてはいるが、とても飛びそうな感じではない。
 ネッチたちは、あんな鳥は見たことがなかった。遠めに見ても、2メートルはありそうだ。不思議なことに、くつわをはめている。
「おかしな鳥だな」
 ネッチが感心したように言ったので、ミッチはこわさも忘れてふきだしてしまった。
 よくみると、鳥の背中にはだれかが乗っている。とても小さな人影で、乗っているというよりは、しがみついている、といった感じだった。
「どうも子供らしいな」
 ミッチは、相手が子供だと全然平気らしく、もうかくれたいとは言わなくなった。
 子供を乗せたおかしな鳥は、砂けむりを上げながらこちらにやってきて、つったつ三人の前に、横向きになって停止した。
 間近でみると、そいつは予想よりずいぶん大きかった。ただでさえ背のひくい二人は、じっとしていると、あぶみにかけた足しか見えない。アゴを上げると、顔がみえた。
「こ、こんにちは」
 ネッチがうしろ頭に手をやって、ぺこんとおじぎした。
「こんにちは……」
 こちらもあいまいにわらって頭をさげた。まだあどけない、八才ぐらいの男の子だ。鞍にすわって、こちらを見下ろしている。
 さらさらとしたキレイな金髪が、ほおにかかる。あおくすんだ瞳が、ちらちらとまたたきした。はだが白く、ほっそりした体つきだ。
 身長はじぶんたちより低いな、とネッチはおもった。二人はもう立派なおとなだが、背丈は百六十センチとたかくはない。
「ぼくはナーシェル」
 と、ナーシェルは名乗った。
「わしはミッチモンドだ」
「わたしはネッチモンド。三代目の伯爵だよ」
 ミッチとネッチは、すっかり安心してこたえた。
「伯爵? じゃあえらいんだね」
 ナーシェルが、くりくりした目をおどろいたようにみひらいた。
「いやぁ、そんなことはないよ」
 ネッチがテレてわらっている。
「わしなんて世捨て人なんだぞ」
 ミッチがぜんぜんじまんにならないことを、じまんそうにしゃべっている。
「おいらはシングルハットっ」
 と、いたずらネズミが、ネッチの帽子にのっかってわめいた。ナーシェルはくすりとわらった。
「こんなところでなにをやってるの?」
 いぶかしげに聞かれて、ネッチはこまってしまった。まさかべつの星からやってきましたとは、とてもいえない。
「北の銀河からやって……」
 うかつに答えようとしたミッチの後頭部を、ネッチがたたいた。
「なにをするんだっ?」
 ミッチが涙声でうったえると、
「ばかっ、そんなこといってわかるわけないだろう」
 ネッチが小声でささやきかえした。たしかに、虹の冒険号を説明するのはむずかしそうだ。ミッチは納得したようにうなずいた。
 こそこそ言い合うふたりに、ナーシェルは眉をしかめて問いかけた。
「どうしたの?」
「この鳥はずいぶんかわってるね」
 ネッチがわざとらしく話をそらした。ミッチがニマリとして肘でどついた。
 はたして、ナーシェルの注意はそちらにそれた。
「ドードー鳥のこと? どこにでもいるよ」
 と、不思議そうにネッチをみつめる。
 ミッチがネッチの脇腹をつついた。まずいんじゃないか、という意味だった。この星では、ドードー鳥が馬のかわりをしているらしい。知らない方がおかしいのである。
 ナーシェルは答えをまっている。今度はミッチが話をそらした。
「きみはどうしてここをとおったんだ?」
 ナーシェルはたづなをうまくあやつりながら、「これから城へ行くんだ」とこたえた。
「城?」
「そうだよ。女王さまに呼ばれたんだ」
 ほこらしげにいうナーシェルに、ネッチたちは顔をみあわせた。城と女王さまに、このナーシェルという少年が、どうしてもむすびつかなったのだ。
「それで、ネッチたちはここでなにをやっているの?」
「それが……」
 ネッチは肩ごしにうしろを見やった。虹の冒険号が頓挫している。
 ナーシェルは目をまるくした。
「うわあ、あれはなに? おおきいなぁ」
 と、感嘆の声を上げている。
「虹の冒険号さ。わしらが空からのってきたんだ」
 と、ミッチが観念したのか、天狗のように鼻をのばして、ほんとうのことをいった。
「空から?」
 ナーシェルは不思議そうに上をみあげた。
 枝葉にさえぎられて、空はみえず陽もささない。
「これが空を飛ぶの?」
 ナーシェルはこらえきれず、吹きだしてしまった。
「ほら、やっぱり信じない」と、ネッチがミッチにささやいた。
「じゃあ、ネッチたちは魔法使いだね」
 ナーシェルはわらいながらドードー鳥の背をおりた。
 ミッチとネッチは、きょとんとした顔で、ナーシェルを見つめている。
「すごいなあ」
 その間に、ナーシェルはたづなを引いて、冒険号のところまで歩いていった。
「どうやってとぶの?」
 と、好奇心にかがやく目で、三人をふりかえる。
「石炭で飛ぶんだよ」
 ネッチも虹の冒険号のじまんは大好きだから、ついうれしくなって教えてやった。
「石炭って?」
「黒い石みたいなかたまりなんだが……」
 いくらかの願いをこめてミッチは聞いたが、ナーシェルはそんなものは知らないと首を横にふった。ネッチたちはがっかりした。
「そのせきたんがないと、これは飛ばないの?」
「それでこまってるんだ。どこかにおおきな町はないかな?」
「町はとても遠いよ。この森を抜けなきゃいけないからね」
 ナーシェルの答えはあまりいいものではない。
「きみの行く城はどこにあるんだい?」
 ネッチは子供のひとり歩きは危険だと思ったので、すこし心配してたずねた。
「町よりはちかいよ」
 と、ナーシェルはいったので、三人は考えこんでしまった。
「町まで行けば、石炭ぐらいはあるんじゃないかな?」
「でも、ずいぶん遠いっていうぞ。もしなかったらどうするんだ」
「代わりになるような物をさがそう」
「どうやって?」
 シングルハットが口をきくと、ふたりはたいへん弱ってしまった。代わりになりそうなものなんてとんと思いつかないからだ。
「女王さまに聞いたらどうかな? 女王さまはとてもえらいから、いろんなことを知ってるとおもうよ」
 と、なやんでいる三人を心配したのか、ナーシェルが口をはさむ。
 ミッチとネッチは、これをしごく単純に理解した。
「それは、とてもいい考えだっ」
「女王に会おうっ」
 ふたりは明るい声で、手をうち合わせた。
「どうかな。女王が会ってくれるとは思えないけど」
 と、シングルハットだけは、うたがわしげに眉をしかめている。ネッチはともかく、こじきのミッチはむずかしい。
「女王さまはなんできみを呼んだんだろう?」
「さぁ、ぼくもくわしいことは知らないんだ」ナーシェルは少しこまったように眉をしかめたが、「でも、女王さまに会えばすぐにわかるよ。ぼくらの女王さまは、とてもいい人で有名なんだ」
 すぐにぱっと笑顔になった。
「ともかく、城まで行こうじゃないか」
 ミッチが元気よくいった。
「ドードーに乗りなよ。これならあっという間だよ」
 ナーシェルが、かたわらに立つドードー鳥の頭をたたいた。ドードー鳥はクェーとないた。
「うんせ、こらせ」
 苦労しているミッチを、先にのったナーシェルとネッチがひっぱりあげた。
「おいらを忘れるなー!」
 下でシングルハットがさけんでいる。ドードー鳥がくちばしにくわえた。
「わっ、やめろ」
 もがいているシングルハットを、ナーシェルがすばやく手にうつした。ポケットに入れると、シングルハットはようやく安心したようで、ほっと息をついてみせた。
「落ちないだろうな?」
 ネッチの腰にしがみつきながら、ミッチが心配そうにたずねた。三人乗るとやはり手狭で、ミッチのしりは鞍から半分はみだしている。
 ネッチはそれには答えずにうしろを向いた。
「冒険号は大丈夫かなぁ?」
「こんなところじゃ、盗む奴もいないだろう」
 ミッチは意外に高いドードー鳥の背に、ひやひやしながら言い返した。
 虹の冒険号は、木々のはざまでしんとしている。
 ナーシェルがたづなを引くと、ドードー鳥はものすごいはやさでかけだした。
 ネッチたちの悲鳴が、後にのこされていく。
「ひいえええええええ!」

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