雨水国
其の一 サムライトラゾー、ナーシェルの部下になる
雨水国の雨は、ブリキの国よりずっとずっとすさまじかった。
風は轟々とうなりを上げ、大粒の雨をこまぎれにするいきおいだ。
雨水国は、地表の大半をあふれた水におおわれている。洪水の状態がずっとつづいているようなものだ。
そうでないところも、大地は泥濘にかわっている。雨水国の住人は、そのわずかに露出した地表にへばりついて暮らしている。
ナーシェルたちはいたるところをながれる濁流をさけ、ゆっくりと歩いていかなければならなかった。
あちこちに川ができ、濁流となって、ついには湖ができてくる。その水はさまざまな国へながれていくが、管理しているのは雨水の王であった。
稲光りがゴロゴロと空をとどろかせ、まるで雨水の王のいかりをあらわしているようだとネッチたちはおもった。
「なあ、ナーシェル。この国はずっと夜なのかね」
後ろでネッチが声をはり上げたので、ナーシェルはおどろいてドードー鳥の足を止めた。
「どういうこと?」
「だって、もう雨水国にはいってからずいぶんたつのに、まっくらのままじゃないか」
これにはみんな納得して、おおいに変だとうなずいた。
「たしかにおかしいぞ」
ミッチが首をひねると、ふうせん男爵もふところから懐中時計をとりだし、
「本当だ。もうほとんど一回りしているよ」
「どういうことだろう?」
ネッチはぼうぜんと空をみあげた。
稲光がはしると明るくなるが、それ以外のときは、空をおおう雨雲さえみえない。いまはランプがあるからいいが、なければお互いの顔もみえないにちがいない。
「いやな予感がする……」
シングルハットが半眼のままつぶやいた。
ナーシェルが眉根をひそめ、
「ぼくは雨水国のことがあまりよくわからないから……」
「わたしもあまり知らない」
とふうせん男爵も、いって顔をあおのけた。
これぐらいおおきな雨粒となると、濡れるだけではすまず、むしろ痛いぐらいだった。
ナーシェルは、おおきな木をみつけるたびに、その下にかくれてドードー鳥をやすませていた。ちかくに木立をみつけたので、そこまで行こうとしたのだが、ドードーはナーシェルがなにも言わないのに、道の中央でピタリととまってしまった。
「ドードー、どうしたの?」
ナーシェルがたづなをあやつっても、ドードー鳥はちっとも動かない。地面に鼻をつけて、もぞもぞとにおいをかいでいる。
ナーシェルは下におりて、鞍のわきにつけたランプで前方をてらした。暗闇がはらわれ、粘土のような地面が姿をあらわした。
「あっ、ひとがたおれてる!」
と、ナーシェルが大声を上げた。
ネッチたちはおどろいてナーシェルのところへかけよった。
「本当だ……」
ネッチはごくりとのどを鳴らした。
そこには、ミノと三度笠を身につけた老人がたおれていた。とてもかわった服装をしていて、ネッチたちは見たことがなかった。
「おじいさん、大丈夫ですか?」
ネッチは少々うわずった声で、老人の肩をゆさぶった。その間も、ふきすさむ嵐がかれらの体を叩いていく。
ランプの明かりにてらされて、老人がわずかにまぶたをひらき、うめいた。
「め、めし……」
ガガガガッと、まっくらな空に稲妻がはしった。
そのたびに世界はうきぼりとなり、また闇にしずんでいく。雨水国では、ずっとこれのくりかえしだった。
ナーシェルたちは木陰に老人をつれていき、そこでおにぎりをさしだした。
老人は物もいわずに両手につかむと、ものすごい勢いでかぶりついた。
かぶりつく、という表現は適当ではないかもしれない。かむという行為を放棄して、とにかく口におしこんでいるのだ。
ナーシェルたちはそのあまりの食いっぷりに、呆然とみているしかなかった。
老人は、腰にさげていた竹の水筒を口におしあて、ゴクリゴクリとのどをならした。
「ゲプ……」
どうやら一息ついたようだ。
「ずいぶんお腹が空いてたんだね」
ナーシェルがいささか呆気にとられていると、老人はだしぬけにその場にはいつくばった。
「どこのだれとは存ぜぬが、この御恩、トラゾー生涯わすれませぬぞ!」
と、老人とはおもえぬ大声できりだしたのである。
「ず、ずいぶんおおきな声ですねぇ」
ネッチがテレて、どうでもいいようなことをいった。
「サムライになりたくて、長年修業をしておったのじゃ」
とトラゾーじいさんは答えた。
ミッチがランプをもち上げると、トラゾーの五体が明かりのなかにうかび上がった。ずぶ濡れになってしまっているが、紋服に袴と
◇ 閑話休題
大変なことが起きました。大変なのかな?
この先の原稿がないのです。ないというか、ワープロからの変換がうまくいきませんでした。面目次第もありません。はい。
さて、先に、出てきたあのトラゾー。彼は、雪と氷の国の住人なのですが、かの国でも住人たちはとんでもない寒波に苦しんでおり、トラゾーは一同を代表して、ブリキの国に向かうところだったのですね。ブリキのカイロに使う石炭を集めるためだったのですが、ナーシェルたちから話を聞いて、トラゾーは旅の一味に加わることに相成ります(そうだったと思います)。
ところが、雨水国の騎士団が現れ、一行は牢獄に入れられてしまいます。
松明のたかれた薄暗い牢獄の中に、きちがい公爵夫人が現れます。それはとても不気味な公爵夫人でも、ナーシェルたちは奴隷として買われていくのですが……。
物語は、きちがい公爵夫人の屋敷にて、奴隷となったナーシェルたちが、掃除を仰せつかったところから再開されます。