一夜にして家政婦になってしまったナーシェルたちは、それからさまざまな雑徭をおおせつかった。
部屋のそうじから、せんたく、窓ふき、皿あらい。
しかも、そのつど、例のきちがいたちがあらわれてジャマをするのだ。
トイレの便器からいきなり手がつきでてきて、ミッチとトラゾーはしりもちをついてしまった。洗濯機からは生首がでてくるし、窓のそとには女の顔がうかんでいる……。
ナーシェルたちが、皿洗いをやっていたときである。部屋をでたときに会ったナイフ男が、またも闇からぬうっと出現した。
ナイフをカチャカチャいわせながら、こんどは通りすぎずにネッチとナーシェルにおそいかかったっ。
「うわぁ」
ネッチは悲鳴を上げるナーシェルをかばって、フォークを武器にナイフ男とやりあった。
「せっしゃが相手じゃあ!」
と、トラゾーが皿をたてがわりに加勢する。
ミッチとシングルハットは、ナーシェルをかばいながら、食器棚のあたりにさがっていった。
すると、そこには骨女がまちかまえていて、さがってきたミッチの首筋をスルリとなでた。
「う、ぎゃあ~~~~~!」
ミッチはかかえていたナーシェルをほうりだして、わめきにわめいた。肩にのっていたシングルハットは、その声でころげおちてしまった。
「わっ、わっ」
ナーシェルはしりもちをついたまま後ずさりした。シングルハットがその腹にのっかり、女にむかって前歯をガバとおったてる。
「ふうせん男爵っ」
ナーシェルが助けをもとめるが、
「空気がぬけるぅー」
ふうせん男爵は、かべを自由にとおりぬけるスリヌケオバケに、ヘソ蓋を抜かれてしぼみつつあった。
それをみたナーシェルは、
「こいつ、ヘソ蓋をかえせ!」
と、シングルハットとともにスリヌケオバケにつかみかかった。
しかし、そいつはナーシェルの手がとどくよりはやくに、体を床にひっこめてしまった。
目標をなくしたナーシェルが、バタンと床にたたきつけられる。
「なぁしぇるぅ」
ふうせん男爵がぬける空気にくるしそうにしながら、ナーシェルをたすけおこした。
「いたた……」
ナーシェルが泣きべそをかいているうちに、ふうせん男爵の体はどんどんちぢんでいってしまう。
スリヌケオバケがにやにやわらって床から顔をだした。
シーツをかぶった幽霊たちが、どこからかあらわれて、ナーシェルをかこみこんだ。
ナーシェルはおどろいてたすけを呼ぼうとしたが、ネッチとトラゾーのところにもシーツオバケはあらわれていて、カミや服をひっぱたりする。
「いたたっ」
「やめんか、こら!」
シーツオバケたちは部屋中にあふれでて、台所をあらしはじめた。
口もないのにソースビンの中身を顔にぶちまける者。残り物のスープをひっくり返す者。ピザをわしゃわしゃ口につめこむナイフ男。
(だめだ……)
ミッチをみると、かれは骨女に抱きすくめられてなかば気をうしなっていた。
ナーシェルは、ちいさくなってしまったふうせん男爵と、服にへばりついているシングルハットを、せまい胸にかかえこんだ。
シーツオバケは、そんなナーシェルのカミや服をひっぱたり、白い肌をつねったりする。
「ナーシェルっ」シングルハットが目をむいてシーツオバケにくってかかった。「こいつ、ナーシェルにさわるなっ」
しかし、あえなく髭をつかまれ、宙づりにされてしまった。
「シングルハットッ」
ナーシェルのなみだでかすむ目に、さかさにされてキーキーいってるシングルハットがうつった。
ナーシェルはふいに泣きたくなってしまった。
どうしてこんな目に合うんだろう。ぼくはなにも悪いことはしてないのに。ブリキの王さまのオモチャをとどけにきただけなのに。木の葉の女王さまはどうしてぼくにこんなつらいことを押しつけたりしたんだろう。ぼくはオバケにもかなわない弱虫なのに……。
そうおもうと、ナーシェルは胸のあたりが熱くなって、たまらなく涙があふれでてきた。
「わーん、わーん、わーん!」
大声で泣きだしたナーシェルに、シーツオバケたちはまともに面食らい、ぎょっとした顔でその場をとびはなれた。
骨女も、ナイフ男も、ネッチたちも、くしゃくしゃになって泣くナーシェルを呆然とみつめている。
シーツオバケがけんめいになぐさめようとするが、ナーシェルは泣きやまない。
それどころか、泣き声はますばかりだ。
「ワーン、ワーン、ワーン!」
シーツオバケはすっかりおろおろしてしまって、とうとう部屋からにげだしてしまった。
ナイフ男も、骨女も、あわてて物陰にかくれてしまう。
「た、たすかった……」
髪の毛までくちゃくちゃにされたネッチが、呆然自失とつぶやいた。
きちがい屋敷のきちがいたちも、泣く子には勝てないらしい。
「ひっく、ひっく……」
まだしゃくりあげているナーシェルを、ふうせん男爵とシングルハットが、汗をかきかきあやしている。
ネッチはほうけた顔で、台所をみわたした。
まるで台風がとおりすぎた後のようなありさまだった。食器棚のなかまであらされて、テーブルにはケチャップやマヨネーズがベタベタ中身をぶちまけている。カーテンはたれさがり、床にはなべやわれた皿がころげていた。天井につるされたロウソク台が、惨劇のあとは夢ではないといいたげにゆれている。
ミッチはようやく気がついて、からだをおこすといったものだ。
「わしのねぇちゃんは?」
ミッチがみんなに睨まれて、オタオタしたのはいうまでもない。