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ナーシェルと不思議な仲間たち

  • 2019年9月26日
  • 2020年2月24日
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其の十 昼と星の消えた国

 みずたまりにとびこんだナーシェルたちは、腰がちぢみ上がるような浮遊感から、きゅうに体重をひきもどされ、床にがしんと足をつけた。
「なんだ、ここは?」
 そこはじつに不思議な空間だった。
 雨水の城というのは、ひと目でわかった。なにせ水でできた部屋なのだ。
 そのくせ床はかたく、天井の水はおちてこない。水のなかで、ガラスにかこわれているようなものだった。
 水はたえずユラユラゆれていて、いやゆれているのではなく流れているのだ。ざーざーと水の流れる音がする。その上、澄んでいるのに壁のむこうは見えなかった。
 床にうつる自分の顔が、おかしいほどにゆがんでいる。
 ネッチたちが壁や床をこんこん叩いてしらべていると、部屋のおくでゴホンとせきばらいの音がした。
 そちらをむくと、まっしろなヒゲをたらした王さまが、水の玉座にすわっている。
「雨水の王だ……」
 ナーシェルの口から、おもわず声がもれてしまった。
 ブリキの王さまにとてもよくにている。ちがっているのは、雨水の王さまは生身のにんげんで、水のはごろもをはおっているということだった。
「あなたが、われわれをここに呼んだんですね?」
 ネッチがたずねると、雨水の王はおうようにうなずいた。
「いかにも」それから一同をながめわたした。「その方ら、ブリキの王の命令でわしに会いにきたそうだな」
「なんでわしらのことを?」
 こじきのミッチが口をきいたので、雨水の王はろこつにいやな顔をした。
 雨ばかり降らしていると、性格まで陰険になるにちがいないと、ミッチはおもった。
「わしにはわが国でおこったことは、すべてわかる。雨がおしえてくれるのだ」
 雨水の王は、すこし怒ったような口調でこたえた。
 王さまの言うことがよくわからず、ミッチとネッチはきょとんと顔をみあわせた。
「王さまはなんでブリキの国に雨を降らせたりするんです」
 ナーシェルがきくと、雨水の王はかっと怒りをあらわにした。
「なんでだと! あやつはそんなこともいわずに使者をよこしたのか!?」
 王の剣幕にはナーシェルの方がおどろいてしまった。
 ブリキの王は雨をふらせられる理由は知らないと言ったのである。知らないことをおそわれるはずがない。しかし、それをいうと、雨水の王はいまよりもっと怒ってしまいそうだった。
「お、王さま」
 ナーシェルはトラゾーのふろしきから、ブリキの王からあずかったオモチャをとりだした。
「こ、これを」
 オズオズと王にさしだす。
 雨水の王はそれをいちべつし、「なんだこれは?」と不快そうに顔をゆがめた。
「ブリキの王さまからの贈り物です。王さまは……」
 ナーシェルの言葉のおわりを待たずに、雨水の王はブリキのオモチャを手ではらいのけ、
「あやつからの贈り物などいらんっ。わが国がブリキの王のせいで、どれほど苦しんでいるとおもう?」
 と、いらだたしげに声をあらげた。
 かわいた音を立て、ブリキの小馬が床におちた。
 ナーシェルはきっと目をむいて、雨水の王をにらみつけたっ。
「な、なんだ……」
 王さまはナーシェルの剣幕にたじろいだ。
「なんてことをするんだよ、これはブリキの王さまが、こころをこめた贈り物なのにっ」
 ナーシェルは泣きながら雨水の王さまにつかみかかっていった。
 ナーシェルの脳裏には、パンプットや木の葉の国の女王、サビた巨人のバッカスや、とほうにくれるブリキの王の姿がいっしゅんにしてよぎっていた。
 ブリキの王はいっしょうけんめい心をこめて、このちいさなオモチャをつくったのだ。雨水の王のいかりをやわらげるために、自分を信用してわたしてくれた。
 デヨニール三世にいれられた東の牢獄や、きちがい屋敷でのできごとが、頭によみがえる。ナーシェルはそのすべての苦労を、雨水の王にふみにじられた気がした。
「こら、ナーシェルっ。よしなさい」
 ナーシェルの怒りようにはネッチたちもびっくりして、雨水の王からひきはがした。
「ブリキの王さまはこまってるんだぞ、木の葉の国もこまってるんだ。王さまのせいだっ」
 ふうせん男爵のふとい腕にかかえられ、ナーシェルは泣きながら手足をジタバタさせた。
「木の葉の国? それはどういうことだっ」
 雨水の王は水でできたころもをずり上げながら、わずかにとまどいの色をみせた。
 ネッチはこれまでおこったできごとを、かいつまんで話した。
 ブリキの国の石炭が、雪と氷の女王によって、こおらされてしまったこと。そのせいで花と草木のストーブがうごかなくなり、木の葉の国の草木が枯れかかっていること。
「そんな話は信じられん」
 雨水の王はつぶやくようにいった。
「王さまが降らす雨のせいで、ブリキの国はさびついてしまいます。雪と氷の女王にたのんで、石炭をとかしてもらっても、ストーブをもやす者がいないと、わたしの故郷は枯れてしまいます」
 ふうせん男爵がいささかぼう読み口調で言った。すると、王さまは非難がましい口調で反論した。
「だが、わしの国はブリキの王のせいで光がなくなったのだぞ」
「えっ?」
 雨水の王のつぶやきに、ネッチたちはおどろいて目をしばたかせた。
「ブリキの王が太陽と月の王になにかしたらしいのだ。おかげでわが国は、一日じゅう夜となり、星と月もすがたをみせなくなった。国中まっくらやみで、稲光でてらさねばなにもみえんほどだ」
 雨水の王は一息にしゃべって、ふーと玉座にもたれかけた。
「月と星はまぁいい。だが、太陽はこまる」
 道理で、昼間なのに暗くてしょっちゅうカミナリがなっていたはずである。あれは明かりがわりだったのだ。
 雨水国の国民にとっては、さぞめいわくな明かりだったにちがいない。
 じっさい、雨水国では昼と夜がわからなくなり、のべつくまなしに鳴る雷鳴のせいで、不眠症の者がふえつつあるという。
「ブリキの王がなにをしたというんです?」
 とネッチが聞くと、
「そんなことわしが知るかっ」
 と、雨水の王はこたえる。
「じゃあ、なぜブリキの王のせいだと思うんです?」
 ネッチがあきれたように顔をしかめて問いつめた。
 雨水の王は、ぶぜんとした表情で、
「雪と氷の女王がいってきたのだ。ブリキの王が、太陽と月の王をたぶらかし、雨水国から光をうばったのだと」
「ブリキの王はそんなことしないっ」
 ナーシェルが浮いた足でけるまねをした。
「わかるものかっ、水がこわいからブリキの国は雨水国をおとしいれようとしているのだ!」
「そんなことはないぞ、ナーシェル公はただしいっ。ブリキの王さまは、ほれ、わしらのためにカイロまで作ってくださったのじゃ」
 とトラゾーは例のカイロをふところからとり出し、印篭のようにかかげてみせた。
「雪と氷の女王にだまされているんですよ。ブリキの国の石炭は、あの女王にこおらされたんですっ」
「それだってどうだかわかるものかっ。おまえたちはこおった石炭をみたのか?」
「それは……」
 ネッチはこまってミッチと視線をあわせた。じつをいうと、こおった石炭まではみせられていない。
 ブリキの王は、ほんとうに雨水国から、光をうばってしまったのだろうか?
「よいか、ブリキの王とわしは友だちだった。だが、こんなマネをされては、もはや信用できん」
 王さまはかなり意固地になって言い放った。「じゃあ、雨水国に昼がもどったら、ブリキの王を信用してくれますね?」
 ナーシェルの問いに、雨水の王はすこしの間沈黙した。
 ナーシェルの目を、じっとみつめてから口をひらいた。
「いいだろう。その時はブリキの国に降らせている雨をとめ、わびをいれよう」
 とうなずいた。
「ナーシェル、どうするつもりなんだ?」
 心配したシングルハットが、ナーシェルの耳にささやいた。
「太陽と月の国へ行こう。なぜ昼間をなくしてしまったのか、しらべるんだ」
 ナーシェルが力強くこたえる。
 ネッチは少々不安げに問いかえした。
「昼をとりもどせなかったら?」
「……なんとかなるよ」
 ナーシェルはいささか自信なさげに答えた。
「よしっ、太陽と月の国へ行こうっ」
 ミッチもかんだかい声で威勢をあげる。
 ドヤドヤと部屋をでようとした五人に、雨水の王が声をかけた。
「おい、まてっ」
 ナーシェルたちが、なんだろうと眉をひそめてふりかえる。
 雨水の王はムスリとした顔で、「出せっ」と手の平をつきだした。
「は?」
 いきなり言われたので、ナーシェルの頭はこんがらがってしまった。
「出せといっておるっ」
 と雨水の王はいらだった声をあげる。
「だからなにを?」
 ナーシェルはまだわからない。雨水の王はすっかり頭に血をのぼらせて、「ブリキの王から預かった物があっただろう。それを出せっ」とさらに手を伸ばしてきた。
 ナーシェルはぱっと笑顔になって、雨水の王にブリキのオモチャをてわたした。
 王さまはやっぱりブリキの王を心のどこかで信じていたのだ。本当はナーシェルたちのことを、ずっと待っていたにちがいない。
「欲しいなら欲しいって言えばいいのに」
 テレかくしにどなっているのがおかしくて、ナーシェルはクスリとわらってしまった。
 雨水の王は、うけとったオモチャを衣の下にてばやくしまうと、おほんとせき払いをして、
「時間がないのだろう。わしが太陽と月の国までおくってやる」
 と気前よく言った。どうやらオモチャをとどけたお礼らしい。
 雨水の王が、ちょっと身体をうごかした瞬間、ナーシェルたちの立っていたあたりの床が、とつぜんもとの水にもどってしまった。
 足がすくむひまもなく、ナーシェルたちはストンとみずたまりに落ちていた。
「うわあぁぁ!」
 さけび声だけが、部屋に余韻を残している。 雨水の王は、なくした信頼をさがすかのように、ブリキのオモチャを、いつまでも手のなかでながめていた。

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