其の五 キウイ族のマチルダばあさん
雨水の城でみずたまりにはいったナーシェルたちが、空から雪のうえへと落ちてきた。
ぼずんっ
たまった雪に頭からつっこんで、ネッチたちがうめいている。
「いたたっ」
「雨水の王め、こんなところに出すことないのに」
とミッチが悪態をついた。
気がつくと、すでに吹雪はやんでいた。あれほどふぶいていたはずなのに、粉雪すらまわない、静かな雪原。
ミッチはその光景を、不思議そうにみながら立ち上がった。
視界がはれ、周囲がみわたせる。空は曇天模様だが、ネッチたちはずいぶんと助かった。
「これで雪と氷の城にいけるな」
シングルハットはやれやれと肩をすくめ、身震いをした。雪がやんでも、そとはまだまだ寒いらしい。ナーシェルの胸元にもぐってしまった。
「あっ」
鼻や頭に雪をのっけたナーシェルが、すっとんきょうな声をはりあげた。
その声で、ネッチたちも周囲の状況に気がついた。
あらゆるところで、人や動物がこおりついている……。
「こ、これはっ」
トラゾーがヒポトンクリスをひっつかんで立ち上がった。
それは、雪鬼にこおらされた、雪と氷の国の住人たちだった。今までは雪にジャマされて見えなかったのだ。
恐怖を顔にはりつかせたもの、知らない間に氷漬けにされたもの……。
ナーシェルは、雪と氷の国にのこっているのは、自分たちだけではないんだろうかと思ってしまった。
「人間だ、人間だ。人間たちがのこっているぞ」
どこからか、揶揄するような声が辺りにひびいた。
ナーシェルたちが顔をむけると、積雪にまぎれていた雪鬼たちが、もぞりもぞりとはい起きてきた。
「雪鬼だあぁ!」
ナーシェルたちは恐怖にヒザがぬけて、こぞってしりもちをついてしまった。
「こいつら、こんなに残っていたのかっ」
とネッチがわめいた。
「トラゾーじいさん、なんとかしてよっ」
ナーシェルはワラにもすがる思いでさけんだが、
「し、しかし、あやつらなんでも凍らせてしまうし……」
さきほど刀をこおらされたばかりのトラゾーは、気乗りがしない。
あらわれた雪鬼たちは、もはやかぞえることもできなかった。無数の雪鬼が、あたりを
うめつくしている……。
「どうしよう……」
ミッチとネッチが互いに顔をみあわせた、そのときである。
「ホホッ、ホッホホ」
「ホッホ、ホッホ」
と、陽気な声がきこえてきた。
かとおもうと、雪鬼たちの後から後から、チビでそのうえ小太りの、チマチマしたやつらがやってきた。
みじかい手足で、雪をかきわけ、いっしょうけんめいこちらに来ようとしている。その姿にあんまり愛敬があるので、ナーシェルはついふきだしてしまった。
全身を毛におおわれていて、どんな寒さもはねのけてしまいそうだ。現に、あたまのスカーフ以外服をきていない。
色は茶色に黒とさまざま。赤いスカーフを頭にまいて、手にはみじかい棒をもっている。
くりくりしたかわいい目に、ちっちゃな口。頭のてっぺんには丸い耳がついていて、ナーシェルよりずっとちいさい。コロコロと、まるまった生きものだった。
「キウイ族じゃっ」
トラゾーが、目をみはってみんなに教えた。
「キウイ族? きいたことないな」
ふうせん男爵が、はて、と首をかしげた。
「最北にすんどる種族でな、あのとおり寒さにつよいんじゃ。雪鬼にもやられんかったらしいわい」
なるほど、キウイ族は雪鬼につよいらしく、かれらがあらわれたとたん、雪鬼たちは悲鳴を上げて逃げちってしまった。
「おそれをなしたか」
自分が追いはらったわけでもないのに、トラゾーはじまんげに肩をそびやかせてヒポトンクリスを鞘におさめた。
キウイ族は、えいこらえいこら、深い雪に難儀しながらこちらにやってくる。
はまった穴からとびでるような歩き方で、それを二十回ほどくりかえすと、ナーシェルたちの前に立っていた。
体力は旺盛なようで、あれだけうごいて息ひとつ乱れていない。
「ホッホッ、ホッホッ、ホッホッホッ」と、例のあかるい声でさかんに申したてている。それを、「ふむふむ」と、トラゾーがあいづちをうちながら、耳をかたむけ聞いている。
「わかるの?」
ナーシェルがきくと、
「わしは、ここの住人なんじゃぞ」ばかにするなと言わんばかりにやりかえし、「雪と氷
の国の住人たちは、じぶんたち以外はみんな雪鬼たちにこおらされてしまった。はやくと
かしてしまわないと、たいへんなことになる、といっておる」
通訳した。
ナーシェルたちは、雪鬼たちがこおらせた人間を、キャンディーにすると言っていたのを思いだした。
「ホーホッホッホッ」
「あんたらはまだ大丈夫なようだから、なんとかしてやってほしい、といっておる」
ナーシェルたちは互いの顔に目をやった。
「もし、あたたかくなったとしたら、みんなはもとに戻るのかな?」
ナーシェルが少しかがんでたずねると、
「ホウ、ホウ」
「もどるそうじゃっ」
トラゾーが明るい顔でふりかえった。
「よかった。石炭がもどって国があたたかくなれば、雪鬼も住んでたところにもどるしかないよ」
ネッチが安心したようにナーシェルにいった。
キウイたちは棒でナーシェルをさした。
「ホーホホ。ホッホッ」
「おまえはなんで子供なのか、と聞いておる」
トラゾーもこの質問はめんくらったらしい。みょうな顔で通訳した。
「わからない。どういうわけか、ぼくは子供なんだ」
キウイたちは、顔をみあわせホーホー言い、わかったというようにうなずいた。ネッチとミッチは、ここにはナーシェルのほかにはひとりも子供がいなかったことを思い出した。
そのとき、横に目をやったネッチは、ドードー鳥がたおれていることに気がついた。
「ナーシェルっ」
「あっ、ドードー」
ナーシェルがおどろいてドードー鳥のかたわらにひざまずいた。
ドードー鳥はくるしげな息をはいて、舌をダランとたらしている。
「ドードー、ドードー。しっかりしてっ」ナーシェルはらんぼうにドードー鳥の体をゆさぶった。ドードーはまぶたを閉じている。
「あっ、すごい熱だ」
ひたいにふれた手が、ひどく熱かった。
ネッチとミッチが、どういうことかとたずねると、
「ドードー鳥は、もともとあたたかい国の生き物なんだ。雪と氷の国の寒さにやられてしまったらしい」
と、ふうせん男爵が説明した。
おなじようにドードー鳥をのぞきこんでいたキウイたちが、「ホホッ、ホーホホ、ホッホッホッ」といっせいにまくしたてる。
「ふむふむ」トラゾーはしばらくウンウンうなずいていたが、やがて、「どうやら医者がおるらしいぞ」とふりかえった。
「そのひとに見せればドードーはなおる?」
ナーシェルがきくと、キウイたちは大きくうなずいた。これは期待してもよさそうだ。
「この先にキウイのキャンプがあるそうじゃ」
トラゾーが話している間にも、キウイたちはワラワラと群れて、ドードー鳥をかかえ上げた。
黒と白の毛なみのキウイが、ナーシェルの手をひっぱって、「ホッホッホッ」と歩きだした。
「気にいられたようだね、ナーシェルは」
ネッチがうれしそうにいうと、ミッチはふんと満足気に鼻をならした。