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ナーシェルと不思議な仲間たち

  • 2019年9月26日
  • 2020年2月24日
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其の三 木の葉の国の女王、かく物申す

 森をぬけると、そこは広大な草原だった。
 果てしないくさはらが、起伏をくりかえしながら、ずっと遠くまでつづいている。
 ナーシェルたちの目の前に、大きな大きな木が、どっしりとかまえて立っていた。
「あれが木の葉の城だよ」
 と、ナーシェルがゆびさした。
 それは一本の大木なのだが、大きさは今ぬけてきた森の木を、全部あわせたよりすごかった。あれならちょっとした山が相手なら、相撲をとっても負けないにちがいない。
 なかは空洞になっているようで、窓がわりの穴が、所々にあいている。いちばん下に、これもおおきな門があった。
 窓から、豆粒のような人間が動いているのがみえる。シングルハットは、あんなちいさな人間がいたのかと思っているようだが、これは城が遠いせいである。
 ヘビのように曲がりくねった道が、ぐねぐねと、棒で地面をかきまわしたように伸びている。
 まだずいぶん遠くのようだが、ドードー鳥の足ならあっという間についてしまうだろう。
「あれっ、お城の葉もずいぶん枯れてるっ」
 ナーシェルがすっとんきょうな声をあげた。
 木の葉の城のおおきな枝は、パンプットとおなじように、ほとんど裸になっていて、地面におおきな葉っぱを落としている。
 風がふくと、残った葉ががさがさなって、なんともあぶなっかしい。
「木や草が枯れているのは、南だけじゃないんだ」
 ナーシェルがうめくようにつぶやいて、ゴクリと生ツバをのみこんだ。その顔は恐怖に青ざめている。
 ミッチとネッチも、小手をかざしてつぶやいた。
「「大変なことになってるなぁ……」」

 ドードー鳥は、それからちょっとの間に木の葉の門についてしまった。
 ナーシェルは真下から上をみあげてみたが、あやうく気が遠くなりそうになった。
 その偉容に、みんなはすっかり心をうばわれていた。
 なんともみごとな枝振りだったが、葉がついていないのが、すこし残念だった。
「おおきな城だなー」
 と、ネッチは感嘆としていった。道のわきに退かされた葉も、三人の背よりぐっと高い。
 門番はえらくうすっぺらい男たちで、よく見ると、それはトランプだった。
「なんだ、こいつらはっ」
 ミッチとネッチはふるえ上がってしまった。
 大きなトランプに、クロい棒のような手足が生えている。おまけにそのてっぺんには、クローバー型の頭までついていた。
「トランプ兵だよ」
 と、ナーシェルが答えた。
 ネッチたちは感心しながら、まじまじとトランプ兵をみつめた。
「ずいぶんうすいや。たきぎがわりにもならないな」
 シングルハットがゆかいそうに笑って、ちいさな体をふるわせた。
 ナーシェルたちが近づくと、トランプ兵はどたどたとはしってきて、ドードー鳥のたづなをとった。
 やってきたのは、クラブの7と4である。
「ナーシェルです」
 と、ナーシェルが鞍をおりつつ言った。
「わ、わたしはネッチ」
「わしはミッチだっ」
 ミッチとネッチは慌ててつけくわえたが、トランプ兵は聞いてはいないようだった。
 巨大な閂がはずされ、門が左右にひらいていった。門を押しているのは、ハートのトランプ兵たちである。
 トランプ兵は、ドードー鳥をどこかに連れていってしまった。ナーシェルは不安そうにしていたが、頭にのぼってきたシングルハットにクスリとわらってしまった。
 木の葉の城の荒廃は、おもったよりひどく、あちこち壁や地面がひび割れていた。
 窓から、春のにおいが風とともにはいってくる。ナーシェルたちはトランプ兵に連れられて、木の葉の城を、上へ上へとあがっていった。
 お城には階段なんてなく、坂道がぐるぐると螺旋状につづいているだけだった。
 女王の侍女や側近たちが、偶然のようにとおりがかっては、ナーシェルの顔をじろじろ見ている。
 目を向けると、さっと顔をそむけてしまって、シングルハットなどは、おかしな城だと、また悪態をついた。
 ナーシェルは、自分も木の葉の城にきたのははじめてなのだと、ネッチたちに教えた。
「こんな大きな木があるとは、おどろいたな」
 と、二人はしきりに感心している。
「おい、あいつはなんでしゃべらないんだ」
 シングルハットが、トランプ兵を指さした。
「トランプ兵はしゃべれないんだよ。ご主人さまのいうことしか聞かないんだって」
 すると、ミッチは鼻でわらい、
「それはすごい。どっかのネズミとはえらいちがいだ」
「なんだと、ミッチっ。おまえなんてご主人さまでもないくせにっ」
「なにをっ、だれのせいでこんな目に……」
 ミッチがワシ鼻のさきまでまっかにさせていると、トランプ兵はとある扉の前でたちどまった。
「女王さまの部屋だ」
 ナーシェルはごくんと息をのみこんだ。
 えらい人がニガテなシングルハットは、もうポケットのなかに逃げこんでいる。
「ううんっ」
 ミッチとネッチは、ノドをならして、身形をせっせと整えだした。
 なにせこれから女王さまに会うのである。粗相があってはいけない。
 その点、ミッチはたいへんな問題があったが、そのことにはだれも注意をはらっていなかった。
 トランプ兵が扉をノックした。奥から、「はいれ」と、女のひとの声がした。
 トランプ兵がわきに退いたので、ナーシェルは扉を開いて中にはいった。
 その部屋は、とても広くて明るかった。
 奥には壁がなく、ぽかんと穴があいていて、その先は枝がかさなりあい自然のテラスができていた。
 ナーシェルがはいると、木の葉でできた服をきた女王が、笑顔で三人をむかえてくれた。
 とてもやせていて、ネッチたちよりずっと背がたかい。すこし年をとっているが、そのぶん気品があった。草を編んでつくった冠を頭にのせている。
 部屋にはほかにも数人の側近がいて、トランプ兵も何人かいた。
「よくきましたね、ナーシェル」
 女王はそういって、ナーシェルのほおに手をふれた。ナーシェルはそれだけでカチコチに緊張してしまった。
 女王は、ナーシェルのうしろに立っている、ネッチとミッチに目をはしらせ、
「その者たちは?」ときいた。
 表情は不快そうではなかったが、わけは知りたがっている。
「あっ。えーと、えーと」
 とっさにこたえられないナーシェルにかわって、
「森で会いました」ネッチが答えた。
「そうか。それでナーシェルを連れてきてくれたのだな」
 女王は何度もうなずいた。それからナーシェルの頭に手をのせた。
「おまえを呼んだのはほかでもない。木の葉の城の荒廃ぶりは見たか?」
「はい」
「南でもおなじことがはじまっておる。このあたりはまだましな方だ」
「どうしてそんなことが起こってしまったのですか?」
 ナーシェルはすごくていねいに聞いた。
 女王はとたんに表情を暗くした。
「どうも友だちのブリキどのが、花と草木のストーブを止めてしまったようなのだ」
 ひたいに手をやり、かなしそうに首をふった。深いため息をつく女王に、ネッチとミッチは目をみあわせた。
「どういうことだい?」
 ネッチがナーシェルの背中をつついた。
「木の葉の国の草木はね、ブリキの国が炊いているストーブのおかげで咲いているんだ」
 と、ナーシェルは説明をはじめた。
 ブリキの国の王さまは、友だちである木の葉の国の女王のために、いつのころからか花と草木のストーブを炊きはじめた。
 それ以来、木の葉の国には、春夏秋冬すべての花が咲きみだれていのだが、どうもブリキの国は花と草木のストーブを止めてしまったようなのだ。
「なぜこのあたりはまだ平気なのに、南はだめなんです?」
 妙におもったネッチが問うと、
「ブリキの国は北にあるのだ。ストーブのぬくもりのとどかぬ、遠くの南から枯れはじめたのだろう」
 と、女王がこたえた。
「「これこそ冒険だ!」」
 ネッチとミッチは同時にさけんだ。
「なんの話です?」
「さぁ」
 女王とナーシェルは首をかしげている。
「それでな、ナーシェル。おぬし、ブリキの国へ行ってはくれぬか?」
 と、女王がナーシェルの肩へ手をまわした。
「ブリキの国へっ?」
 ナーシェルはおどろいて女王をみあげた。
 ネッチとミッチも、どきりとして女王に向きなおった。
 女王はうなずきながら、
「そうだ。ブリキの国の王に会い、なぜ花と草木のストーブを止めてしまったのか、またもとどおり、火を入れてくれぬかどうか、聞いてきて欲しいのだ」
「そんな……」
 ナーシェルは、かわいそうにすっかり青ざめてしまって、ほそい肩をふるわせている。
「ぼくにはそんなことできません」
 くしゃと泣き顔になって、首を左右にふった。
 パンプットやみんなを助けたいとは思うのだが、ナーシェルにはうまくやる自信がない。
「なぜナーシェルでなくてはいけないんです? もっとおとなが行けば……」
 ネッチの言葉をさえぎり、
「ブリキの国はオモチャの国。そこへ行くには心きよらかな子供がいちばんなのだ。ナーシェル、お前はわが国ゆいいつの子供だ。ブリキの国への使者は、お前をおいてほかにな
いのだ」
 女王はしずかだが、力強い声でナーシェルをさとした。
 ナーシェルはうつむいたまま聞いた。
「このままほうっておくとどうなるんです?」
 ネッチがうかない顔でたずねると、
「南から枯れはじめ、木の葉の国は荒涼とした大地にかわってしまうだろう」
 女王は淡々と話しているが、それだけにこの話はおもかった。
 ナーシェルはとつぜん決心したように顔を上げると、ハッキリとした口調で言い切った。
「わかりました」
 ええーっ
 ネッチとミッチはびっくりした。
「やめた方がいいよ。きみはまだ子供じゃないか」
 と、そろって反対をはじめた。
 なんせ、ナーシェルはふたりの息子といってもさしつかえのないような年なのである。
そんな危ないマネをさせるわけにはいかなかった。
「でも、パンプットや、南の草木たちがくるしんでいるんだよ。ぼくは木の葉の国が好きなんだ」
 ナーシェルがいうと、女王はこくりとうなずき、
「このままではわらわの服も枯れ落ちてしまうだろう」
 ええーっ
 ネッチとミッチはまたまたびっくりすると、まっかになって鼻血をふいた。
「あっ、お前、みだらなことを考えてるなっ。伯爵のくせにっ」
「み、ミッチこそっ」
 ふたりはあわてふためき、シングルハットはナーシェルのポケットで、所在なさげに身をちぢませた。
「伯爵、そなたは伯爵なのですか?」
 と、ふたりの会話をだまって聞いていた女王が声をかけた。
「え? ええ。そのとおりですが……」
 ネッチが答える。
「そうですか」
 女王は、そういって、少し考えこんでしまった。
「どこの国の方かはわかりませぬが、なにとぞナーシェルを助け、力となってやって下さいまし」
 といって頼みこんだ。
「そ、そんな。よして下さい」
 女王が頭を下げたので、ネッチはおおいに弱ってしまった。
「なにスネてんだ、ミッチ」
「うるさいっ」
 と、ミッチが、ナーシェルのポケットにかくれているシングルハットをどなりつけた。
「木の葉の国が枯れはててしまう前に、なんとか花と草木のストーブに、今いちど火をと
もしてくれ」
 女王はナーシェルの手をにぎりしめた。ナーシェルは不安そうにふたりを見上げる。
 ネッチとミッチは、とてつもなくこまって顔を見あわせたが、やがて、しかたがないというふうに肩をすくめた。
「しょうがない。どうせ、わたしたちも石炭を見つけなければならないのだから……」
 ここまでいって、二人ははっと気がついた。
「「石炭だ!」」
 そうなのである。ストーブがあるということは、きっと石炭もあるはずだ。どうして今まで気づかなかったのだろう?
「石炭? お主たち、石炭をさがしているのか?」
 女王が不思議そうにたずねた。
「知っているんですか?」
「うむ。石炭ならブリキの国にあるはずじゃ」
 と、女王はそのことを思いだすような表情でうなずいた。
「やったー!」
 ネッチとミッチは手をとり合っておどりはじめた。
「へぇー、石炭ってブリキの国にあったんですね」
 ナーシェルが感心していうと、女王はにこりとわらい、
「おまえは知らなくて当然じゃ。木の葉の国の住人なのじゃからな」
 それからパンパンと手をたたいた。
 ナーシェルたちがなにごとかと思案していると、扉がひらいて、トランプ兵が後から後からはいってくる。
 クラブにハートにクローバーにダイヤ、すべてそろってしまった。
「ブリキの国で、なにが起こっているかわからん。この者たちを貸しあたえよう」
 と、女王はいったが、トランプ兵はぺらぺらしていてなんともたよりない。
「もっと増やせないんですか?」
 ミッチがきくと、
「トランプの兵隊は、一組五十二人ときまっておる。とても大事なルールなので、やぶるわけにはいかんのだ」
 三人はなるほどとうなずいた。
「こんなやつらいなくたって、おいらのこの前歯で……」
「そんな前歯でなにができる。わしの金歯があれば十分だ」
 と、ミッチが言ったので、シングルハットはぐわりとキバをむいて怒った。
「やめなよ、二人とも」
 ナーシェルが止めにはいると、
「運、わたしはどっちもどっちだと思うよ」
 ネッチがにこやかに笑って、この勝負はおながれとなった。
「ナーシェルよ。おまえにこの封書をわたす」
 女王はナーシェルに、紙のはいった封筒を手渡した。
「ブリキの王への陳情書がはいっておる。あけてはならんぞえ」
 と、ひとさし指をひらひらふった。
「わかりました」
 ナーシェルが素直に答えたので、女王は満足そうにうなずいた。
 ナーシェルたちは、ブリキの国に向けて、ドードー鳥に乗っての出発となった。

 トランプ兵が四列縦隊をくんで、ナーシェルの命令を待っている。
「もはや一刻の猶予もない。たのんだぞ、ナーシェル」
 女王はやせた手を、ナーシェルのちいさな肩に置いた。
「はいっ」
 ナーシェルは力強くうなずく。
「出発!」
 ナーシェルが片手を上げると、トランプ兵は行進をはじめた。
 城の住民が、窓から身をのりだして、歓声をおくっている。女王とおおくの臣下が、ナーシェルたちを見送っている。
「これこそ冒険だなぁ」
 石炭が手にはいるときいて、ネッチたちは大満足だった。
「うまく行くといいけどな」
 と、シングルハットだけは意地悪くわらうのだった。
 ドードー鳥はトランプ兵といっしょに歩きはじめた。
 ナーシェルがふりむくと、木の葉の城から追い打ちをかけるように、葉っぱが一枚まいおりてきた。
 こうして、ナーシェルたちは封書をたずさえ、ブリキの国をめざすことになったのである。

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