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浮幽士 司馬

   11

 鉄斎の鼓動はどんどん小さくなっていく。李玄はその胸に手を置いて死に行く体を見守っていた。うまく行くとは思えなかった。鉄斎はそもそも浮幽士ではないし、この術を完成させた浮幽士は、その秘奥を誰にも伝えぬまま死んでいるのである。彼はつまり失伝した禁術を、理屈のみで組み上げようとしている。一族中でもきっての落ちこぼれであった自分がか?
 李玄は弱気になる心を叱りつける。鉄斎の脈をとり、完全に死んだことを確かめる。師の逝去を前に取り乱すことを恐れている。震える前腕を叱咤しながら、魂が天に召されぬよう教えられた通りに封印術を施していく。
 こんな方法でうまくいくのか? もっと複雑な方法が必要なのではないか、と自分でも疑問を持つ。もっとも禁忌とされた術を自らに施すとは、師匠だとて想像していなかったはずだ。
 舌打ちをしたい気持ちをこらえながら、霊力の経路の主要な部分に霊符を貼りつけていく。左手の数珠を一つずつまわし(これは霊術というより魔除けに近かったが)脂汗を拭う。大きく吐息をついた。体に魂が残っているのなら、鉄斎の霊魂を捕まえることが出来たはずである。
 李玄は契約術にとりかかった。デュナンにも聞き取れぬ声で一族に伝わる真言(言霊の霊力を引き出し法)を唱え、額に胸元、腹部から、指でつまみだすような動作をくわえて霊力の糸を伸ばしていく。霊線が鉄斎につながると、遺体がほのかに輝きはじめた。まるでにじみ出すようにして、霊魂が浮かび上がる。白い靄のようなものがまとわりつき、他の霊体に比べるとしっとりして見えた。どちらかといえば、生き霊に近かった。死人になりきっていないのではないか。
「師匠」
 と唾を飲む。果たしてこの鉄斎は曲霊なのか?
 李玄は傍らのデュナンを見た。デュナンもまた複雑な顔をして横に首を振る。二人とも祈るような気持ちだった。
 霊魂と弟子が固唾をのんで見守る中、鉄斎は静かに目を開いた。整然と変わらぬ目をして、李玄を見た。
「鳳仙を呼べ。これより結界式を行う」

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