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浮幽士 司馬

   8

 鐘をつくような音が幾つもする。体の芯に響いてくるようだ。
 鉄工所が一部で操業をしているのだが、李玄も鳳仙もそこがなんの施設なのかわからなかった。巨大で複雑だったから、身を隠すのに都合がよいように思えたのだ。鉄斎の回復をはかるのなら、霊力の強い場所にうつるべきだったが、それでは簡単に見つかってしまう。
 李玄はデュナンから全ての話を聞いた。デュナンを取り憑かせると太守神社に戻ったが、山は崩れ、建物も全壊した後である。三人の姿は跡形もなく別界の人間が集まっていた。もうなんの結界も残っていないのだ。本界に戻るすべも無くしてしまった。李玄はそのことを鳳仙に報告するのを恐れ、工場の中庭に腰をおろして時間を過ごしていた。中庭には樹が一本だけ立っており、その根本には大きな石が鎮座していた。彼はその石に座っている。あぐらを組んで、膝にに腕を垂らす。悲しみが天から降るようだ。彼は置物のように微動だにしなかったが、やがてポトリと涙が落ちた。デュナンがいたわるように側に来た。
「俺は臆病者だ。朱仙叔父を見捨ててしまったんだ」
 開いたままの目から、涙があふれる。自分が落ちこぼれだとは知っている。問題は自信のなさが、あの一瞬、彼を臆病者にしてしまったことだ。神社から逃げ出したのは、父と向き合う勇気がわかなかったからだ。鳳仙を守るとか、鉄斎を守るとか、そんなことは二の次だったのだ。そのことが自分でもよくわかっていたから、涙が出た。
 いい加減な男で、修行をさぼってきたのなら諦めもつくかもしれない。けれど一生懸命やってきたのである。人一倍稽古に打ちこんだのに、うまくできかなかった。李玄はほとほと情けなくて泣けてきた。
「そんなことを申されるな」
 デュナンが肩に触れる。霊体ゆえに、その手は冷たい。なのに李玄は心が温かくなるのを感じた。デュナンの心情にふれたからのようだった。李玄はむしろ申し訳なく、首を垂れたのだった。
 なんだか一人になったようだった。李玄の家系は血が弱いのか、血縁者は朱仙と汪豹しかいなかった。そのどちらともが自分の元を去ってしまった。李玄はなんとはなしにもう朱仙には会えないと思っていた。李玄とて霊術使いの端くれだから、叔父の霊力を感じないことはわかっていた。
 朱仙叔父。そう思うと、李玄は嗚咽すら漏らして泣いた。あの叔父だけは、忌み子と呼ばれた自分を手放しでかわいがってくれた。なのに自分は叔父の手助けもせずにむざむざと死なせてしまったのだ。
「俺は朱仙叔父の仇が討ちたい。でもその仇が父親だなんて……デュナン、俺はどうすればいい」
 デュナンにはなんとも言えない。
「司馬殿、あのとき朱仙殿は汪豹殿の術を皇家の秘術と申されました」
「ああ、父上は皇家の秘術を狙ったとの疑いも出ている」
 と涙を拭いた。
「それはそうかもしれませぬ。ですが、既知の事実なら、朱仙殿はわざわざ拙者に叫ばれますまい」
 李玄はどういうことだ、と訊いた。デュナンは視線をそらすように遠くを見た。
「ともあれ、鉄斎殿の回復を待ちましょう。あの方ならば何事かわかるやもしれませぬ」
 ああ、と返事をして、李玄は力なく立ち上がった。寄る辺のない子供のような気持ちだった。

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