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浮幽士 司馬

   16

「李玄!」
 鳳仙が小声で叫ぶ。結界の中で印を組み、これも青白い顔をして彼を待っていたのだ。唯一の味方は血みどろである。こめかみに血を流し、下体も真っ赤になっている。李玄はこらえきれずに腹を屈し、獣のようにうめいた。鳳仙が立ち上がろうとしたので、首を振って止める。すると、血が口端からよだれのように垂れて、雫となって地面に落ちた。
「あいつは部屋に入った。封じてくれ」
「李玄駄目だ、霊力がもう……」
 鳳仙が珍しく弱気な顔をして、小さな頭を左右に振った。そんな表情を初めて見る。本当にもう限界なのだ。自分は玄武との戦いに時間をかけすぎてしまった。玄武は消耗するごとに、霊力をかきあつめようとしたはずだ。
「俺の霊力も、霊力を使え。結界術を……」
 李玄は足を引きずりながら、結界の中に入った。
「ひどい傷ではないか。それでは無理だ」
「無理じゃない。あいつを封じる機会はもうないんだ」
 李玄は血みどろの手を鳳仙の印にそえる。鉄斎の策は結界を何層にもわけて張り巡らすことで、玄武の油断をさそうというものだった。その多重結界も一つにまとめれば、強力なものになるはずだ。
 鳳仙は霊視を用いて、結界内の様子をさぐる。部屋の中では、玄武が鉄斎の様子を不審に思い、蹴り転がしてその生死を確かめようとしているところだった。李玄と鳳仙が真言を重ねて唱えると、鉄斎は死体ながらに腕を上げて、屈みこんだ玄武に組み付いた。二人はその鉄斎目がけて、結界を狭めていく。
 まるで霊気の大渦だ。全てのものが、結界の中心めがけて引きずり込まれる。玄武のいる部屋は見えない力に圧縮されていった。鉄筋の構内が激しく振動して、機械や鉄板が横倒しになる。建物ごと結界に引きずられている。北側の壁が大きくひしゃげ、天井も大きく斜傾した。鉄骨やトタンが二人めがけて降ってくる。鉄の通路がすぐ脇に落ちた。鳳仙が目を閉じたまま、
「だめだ、建物がもたない」
「かまわない、封印するんだ」
 二人は細胞に残った霊力までしぼりあつめた。大渦が最後の一巻きをすると、製鉄所は音を立てて崩れ落ちた。李玄と鳳仙もまた鉄骨の海に飲みこまれ、意識をなくしていったのだった。

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