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浮幽士 司馬

   13

 鉄斎が消えると、結界の内側は、まるで地下の洞穴のごとく静まりかえってしまった。「最後の鉄斎殿のお言葉、私にも聞こえた」
 どういうことだろう、と鳳仙は訊いた。
「それだけ、師匠は強く思ってくれたんだろう」
 李玄は雨を拭う振りをしている。鳳仙は吐息をついた。
「鉄斎殿は行ってしまわれたのだな」
 もうこれでこの世界に残る司馬一族は自分たちだけになってしまった。
 李玄が振り向くと、鳳仙がさすがに肩を落としていた。彼は胸をしめつける甘酢い感情を不思議に思う。李玄は勝手に死ねない、と思った。師匠の言うとおりだったのだ。鳳仙を一人にしたくなかった。李玄は自分を納得させるようにうなずいた。不安で孤独かもしれないが、なんとなく力がわいてきた。
「俺とデュナンであいつを誘い出す。そこからは決してでないでくれ」
「お主一人で大丈夫なのか。もう霊力をずいぶん使ってしまったぞ」
「それはお前も同じだろう。そこにいるだけで霊力が減っていくはずだ」
 鳳仙は答えなかった。
「お前の存在を玄武は知らない。きっとあいつの裏をかける」
「しかし……」
「師匠にも言われたろう。何があってもそこから出るな」
 鳳仙が彼を睨む。わずかに悲しむような顔でもあった。この娘とて一人ではどうにもできぬのだ。
「師匠が残してくれた最後の術だ。成し遂げよう」と彼は言った。
 鳳仙は顔を伏せている。以前の李玄を知るだけに不安なのだろう。が、顔を上げたときには、そんな色を微塵も見せなかった。彼女はただ静かに頷いたのだった。
「わかった。これを持って行け。結界術を封じた護符だ。貼りつければそこに結界が生まれる」
 三枚の黄色い護符には赤い文字で呪文が描かれている。その方面には疎い彼には文字を読むことは出来なかった。
「お主に任せたぞ」
 と鳳仙は言った。

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