奥州二代目彦六一家

奥州二代目彦六一家

 文悟と半兵太は店の脇にある路地に入った。

 半兵太は丸木に腰をおろし、文悟は立ったまま、腕を袂に入れて話はじめた。

「これから、西田屋みてぇなのや、もっと質の悪いのがたくさん出てきますよ。あっしゃ御隠居のおっしゃったことは、あながち間違いとは思いません。そういう連中に、彦六一家の二代目は、大した奴なんだと認めさせる。これは必要なことなんですよ」

 文悟がいつものくだけた口調で云った。

「むずかしいな……」と、半兵太が呟いた。

「そうです。難しいし、全員に認められるには時間がかかる」文悟は半兵太に向き直って、「まぁ、気長にやりやしょうや」

 気楽に笑った。半兵太は黙したままだった。この男にはめずらしいことである。文悟はおやっとなった。

「西田屋に行ってみるか」

 半兵太は出し抜けに云って、腰を上げた。

 文悟が声をかけた時には、もう歩き始めていた。

 西田屋は草町にある。これが豪邸と云うものかと、半兵太はしみじみ思った。ようようの繁盛で、今では藩に金まで出している。西田屋にとっては、まさに我が世の春といえた。

 その西田屋が、ちんけな周五郎の店をつぶしにかかっている。半兵太にとって、これは我慢のなるものではなかった。

 西田屋に来た半兵太は、広めの座敷楼に通された。一人で来るつもりだったが、文悟はおろか雷蔵たちまで付いてきた。結局、広い座敷が手狭になった。

 背に彦六と縫い付けられたはんてんが、ズラリとならぶさまは壮観である。

 半兵太は一同の前で、座布団に座って待っている。西田屋主人、四郎衛門が入ってきた。半兵太はすっと見上げた。

 背が高く、横幅もたっぷりある。城下一の主人たる貫禄があった。無論、半兵太は初対面である。

「なにかようかね、彦六のぉ」

 低い声で、半兵太をちらり見やった。ずんと、へその緒まで威圧するような声だった。

「千町の店の一件できた」

 半兵太も負けてはいない。見事に腰を据えている。雷蔵たちは、見ていて体の芯が熱くなった。

「なんだね」

 またジロリ。

「周五郎の店をしめろとはどういうこった?」

「どうもこうもない。こっちはしめろといっている」

「それじゃあ納得できないね。あんたは千町に店を出すのを認めたじゃないか。長老たちが判を押した証文もある」

「気が変わった。しめろ」

 とたん、雷蔵が立ち上がろうとした。躍りかかるつもりだった。文悟が肩を押さえて止めた。四郎衛門はちろりと見ただけだった。

「それでは聞けないね。あの店に養われている者もいるんだ。しめさせるには理由があるだろう、それを云えっ」

 半兵太のは噛み付かんばかりの勢いだった。仁助などは見ていてひやりとなった。

 四郎衛門は、これで切れるような鋭さを持っている。人一人殺して、もみ消すだけの力を持っているのである。

 仁助たちは、正直四郎衛門に萎縮していた。さすが西田屋惣名主だった。その四郎衛門に、面と向って立ち向かえる半兵太を、改めてすごいと思った。

「証文をかわしたのは彦六とだ」

「違うっ。彦六一家とだ」

「その一家はもつのかね?」

 四郎衛門の目がキロリと光った。

 半兵太は、一瞬四郎衛門の云っていることがわからなかった。だが、直ぐに気がついた。

 四郎衛門は、彦六一家が、主人の死とともにつぶれるのではないかと云っている。

「彦六一家はつぶれたりしない」

 半兵太は声に怒りを乗せて四郎衛門にぶつけた。しかし、当の四郎衛門はにやりと笑っただけだった。

「どうかな。二代目もまだ決めかねているんじゃないのかね。彦六一家のシマは広い。狙う奴は大勢いるのさ。ぐずぐずしてると他の一家に荒らされて、お前さん方終っちまうよ」

 慧眼と云えた。西田屋四郎衛門は彦六一家の置かれた立場を、正確によんでいる。

 文悟は四郎衛門の腹がようやく読めた。この男は、彦六一家を心配しているのだ。親友だった黒田彦六の残した一家を、どうにかして救いたいと思っている。それが行動として現われたのが、今回の千町騒動だった。この男も粋人だと、文悟の心は踊った。

「黒田彦六は大した奴だったよ。だが、後を継ぐ者はいるかね」

「いるっ」

「どこに?」

「目の前だっ」

 ほとんど叫ぶような語気だった。文悟は正直ぎょっとなった。半兵太が二代目につくことを渋っていたのを知っていたからだ。

 やる気のない男が、二代目におさまってもろくな事になりはしない。今にして思えば、きねが云いたかったのはそこだったに違いない。あれもいっぱしの粋人だから、本心を見抜かれるのを恥じていたに相違なかった。

 とにかく、この瞬間、半兵太は二代目の資格を手に入れたのである。

 四郎衛門は半兵太の目を、じっとのぞきこんだ。めったにない、いい目だった。

(彦六と同じ目をしていやがる)

「そうか、お前が彦六の一粒種か」

 感にたえたように笑った。

「いいだろう。おめぇが二代目やってみろ」

 それが西田屋四郎衛門の御免状だった。

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