五人は完全に彦六を包囲した。
しかも、彼らは必死である。捨て身でくるやもしれない。そうなっては、彦六の匕首がいくら閃いたところで無事で済むはずがなかった。
一家の男たちの顔がまざまざと思い起される。もうしわけないと思った。ようやく長老にも認められかけたところだ。そうなるために文悟たちがどれだけ苦労したことか。自分が死ねば、きねは独りぼっちになる。伴兵衛も灸蔵も悲しむに違いない。あの世で親父はなんというだろう。
そのような思念が、一瞬にして、彦六の胸裏をよぎった。無責任であったわけではない。こうするしかなかっただけのことだ。独り身の気軽さが懐かしかった。
五人はじわじわと間合いを寄せてくる。彦六は左足を引いて、一同を見渡した。その時、「二代目」
と、林の奥から声がかかった。休臥斎である。
かと思うと、早くも囲みの一人を斬り伏せていた。彦六にも劣らぬ早業だった。
絶叫が、おくれて上がった。
「また間に合いましたねぇ」
休臥斎は隠しようのない殺気を、惜し気もなく放射しながら刀を閉じた。
殺気を放ちながら、刀をおさめるとは奇妙だが、休臥斎は腰を落とし、半身になっている。居合の構えだった。
残ったやくざ者たちが狼狽した。
「いっとくがおたくの用心棒は来ないよ」
そう告げられ、ますます絶望は深くなった。
「やめろ……」一人が呻くように呟いた。
「わかっちゃいないな。おめぇさんら、もう行き場はなくなったんだよ」
彦六が告げた。休臥斎はなにも云わない。
四人は死に身になった。生を捨て、二人の命を奪いにきた。
その瞬間、休臥斎の刀が閃いた。たちまち一人を斬り、返す刀で二人目を斬った。
彦六は真っ正面から捨て鉢におどりかかる男の首を切り裂いた。バッと血潮が上がる。男はぶるぶる震えながら、彦六をねめつけてきた。
彦六の腕を押さえ、あっと思ったときには、男の匕首が伸びていた。
休臥斎がその腕を斬った。男は絶望のまま、悶死した。
「うわああああ!」
後に残ったやくざ者が長脇差を振りかざし、かかってきた。
長く、耳にのこる、悲鳴のような声だった。休臥斎が横ざまに刀を払い、その胴を十分に斬った。
「う……」
男は地面に倒れる前に絶命していた。
彦六は呆然と荒い息を吐いていた。背筋をぞくりとした悪寒が走る。男の死に際の目が、脳裏に焼き付いていた。
「仁助」
はっと気づいて彦六は仁助の元に走った。刀を懐紙で拭うと、休臥斎も後を追った。
「しっかりしろ、仁助」
仁助はまだ息があった。
「五分五分といったところでしょう」
彦六に見られ、休臥斎が答えた。むきだしになったままの刀に気づいて、鞘におさめた。
「あの一言はいけません。追い詰めました」
休臥斎がぽつりと云った。彦六の言葉を指摘している。あの一言で、やくざ者たちを追い詰めてしまった。
後のなくなった人間というのは何をしでかすかわからない。その後をなくしたのは、他ならぬ彦六の言葉である。
彦六も、そのことは重々承知していた。死に身になった人間の怖さを知らなかった。
仁助が斬られたことで、彦六も平静ではいられなかったのだろう。
やくざ者たちを死に身にさせたのは、自分の一言だった。そのことが、胸にこたえた。
林の向こうから声がした。文悟たちがようやく駆け付けたらしかった。
休臥斎が肩を叩いた。彦六は一言もなかった。