奥州二代目彦六一家

奥州二代目彦六一家

 次助の子分に叩き起こされた矢坂九朗衛門は、町を外れ、林に入ったところで、背に声を受けた。
「誰だ」
 次助の子分が声を荒げた。手がそろりと懐中の匕首にふれている。
 目前に立つ浪人風の男は黙したままである。きらりと光る目で物憂そうに九朗衛門を見た。
「てめぇ、彦六一家のもんだな」
 やくざ者がまたわめいた。
「うちの二代目を斬らせるわけにはいかないよ」
 そう云って、休臥斎は大刀を抜き放った。無銘だが、相当の業物だった。無造作に脇に垂らして立っている。新陰流に云う、無形の位に似ていた。
 九朗衛門は奇妙に思い、口を利いた。
「あんなやくざ者になんで肩入れをする。金か?」
 九朗衛門の見たところ、彦六一家はもう駄目である。初代彦六の力が強すぎたが、それが死んではもういけなかった。いい金蔓とはとても見えない。
 休臥斎はしゃらりと答えた。
「金なんざもらっちゃいないさ。最初の契約は期限切れだしね」
「ならばなぜいつまでも居座っている」
「気に入っているからさ」
「なにっ?」
「そうさな。一晩の寝床とあったかい飯それさえありゃ云うことなしさ、この世はな」
 云い終わると、するすると間合いを詰めてきた。九朗衛門も合わせて刀を抜いた。
 やくざ者が気を利かしたか、脇によっている。九朗衛門は正面から休臥斎と対峙することになった。
 今日は覆面もしていない。白皙の顔が夜目に栄えている。
 休臥斎が無声の気合を発し、上段から跳ね上がるようにして刀を振り下ろしてきた。迅い。九朗衛門は刀を上げるのがやっとだった。
 凄まじい金属音と共に、二刀がはげしく噛み合った。
と同時に、休臥斎は身を沈め、横合いから突きかかろうとしたやくざ者に、一刀を送った。
 九朗衛門には、手を出す暇もない。やくざ者は、腹をほとんど二つに裂かれ即死した。
(ばかなっ)恐慌が九朗衛門をおそった。到底およぶ相手ではなかった。無意識に二間は飛びさがっていた。
 休臥斎は、無言で血刀を払った。
 腹の底から、九朗衛門はふるえた。休臥斎ほどの術者に出会ったのは、まさに生涯でこれが初めてであったのである。
「う、きぇえええ!」
 恐怖に顔を引きつらせながら、九朗衛門は休臥斎に迫った。
 摺上の一刀を送ったが、休臥斎は完全に見切り、体を躱している。脇に立ったかと思うと、目にも止まらぬ速さで九朗衛門の刀をはたき落とした。
「ゆ、許してくれ」外聞もなく、九朗衛門は土下座した。「あんなやくざ者たちに義理立てするつもりはないんだっ。後生だから見逃してくれ」
 休臥斎は、無言のまま九朗衛門を見下ろしている。
 休臥斎は急に馬鹿らしくなった。それより今は次助たちについていった彦六と仁助の身が心配だった。
 この程度とわかっていたら、こちらに来はしなかったのだが……。
 休臥斎は刀を鞘におさめ、九朗衛門に背を向けた。
 そのとたん、九朗衛門は行動を起こした。
 地面に落ちていた大刀を拾って、夢中で休臥斎に斬りかかった。
 休臥斎は、無言で脇差を背後に抜き打った。

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