奥州二代目彦六一家

奥州二代目彦六一家

 次助達の向こうに仁助がぐたりと倒れている。生きているようだが、傷は深いと見えた。
(なんでついてきたりしたっ)
 歯噛みしたい気分であったが、今さらどうにもならない。一刻も早く手当てをうけねば、仁助の命はない。
 次助と坂本一家のやくざ者が、ずらりと眼前に並んでいる。血の匂いにますます凶暴性をかきたてられているようだった。
「このこと、おめぇとこの親分さんは知っていなさるのかい」
 彦六が訊いた。
「知るわけがない。俺の一存でやったことだ」
 次助の返答に、彦六の眉がピクリと動いた。
「弥太郎を殺して自分が後釜にすわる気か」
 ここまでは知らされていなかったのだろう。子分たちが動揺し、次助を見た。次助はそれを横目でながめた。次助は子分までも斬らねばならなくなった。
 彦六は自分の言葉が確実に的を射たことを知った。次助は彦六一家をつぶそうと計ったばかりか、大恩ある弥太郎親分さえ斬ろうとしている。
「頬傷次助」呼びかけた。
「なんだ?」
「あんたは腐ってるな。俺たちにも任侠道ってものがある。それを外れたら、やくざ者はおしまいなんだよ……」
 次助は目を剥いた。
「おなじ穴のむじなのくせに、なにを云ってやがる! やくざ者なんざしょせん人間のクズだっ。何をいったところで、俺もお前も代わりはねぇんだ!」
 次助は肺腑をえぐるような声でわめいた。彦六の瞳が冷酷にきらめいた。
(斬るか……)
 釣りにでも行くような気軽さでそう思った。彦六はどんな相手でも殺しがいやだ。だが、こんな腐った男を生かしてはおけない。
 無造作に次助に歩み寄った。あまりにも自然な動作に、次助は声も出なかった。
 脇を通り過ぎた。そのまま抜き手も見せずに頚動脈を切り裂いた。
「次助兄貴!」
 朧月が血飛沫にけむる。一同、身じろぎもできなかった。結局、彦六は一度も匕首を見せていない。これほどの術は、とんとお目にかかったことすらなかった。
 子分たちは一様に臆した。が、一人も引く者がない。次助が弥太郎まで斬ろうとしたことを知ったためだ。
 こうなっては、なんとしても彦六の首をとり、親分に報いなければならない。彦六の匕首はおそろしいが、身内に殺されるよりはましだった。
 長脇差や匕首といった刃物が、つらつらと彦六をかこみはじめた。
 彦六は匕首すら取り出さない。かすむように立っている。
(これまでか……)
 そう、思った。五人が相手では勝ちは覚束ない。
 もはやどう仕様もなかった。如何様にでもなりやがれという、やけくそ気味の気合いだけがあった。五人を相手に斬り死にするつもりでいる。
 ただ、
(仁助だけは、助けてやりたかったなぁ)
 そのことだけが、心残りであった。

奥州二代目彦六一家
最新情報をチェックしよう!

過去作品の最新記事8件