(こうなりゃ意地の張り合いだぁ)
館球磨川の脇の道を、子分の仁助を引き連れねり歩きながら、半兵太は心に誓った。
今回の一件はきねの意地ではじまった。息子の消えたさびしさをまぎらわすための意地だった。それなら半兵太にも意地がある。その意地が、「二代目ぐらいなんだ」と、半兵太の胸中でわめくのである。
(彦六一家二代目。しかと受け継いでやろうじゃねぇかっ)
そう思った瞬間、腹が据わった。この時点できねの目論みは成功したに相違なかった。
半兵太は勢い込んだが、しかし手段がなかった。二代目をつとめあげるだけの器量を見せろと云われても、どうすればいいのかとんと見当がつかない。
きねとの喧嘩はいつもの事だが、今回のはちょっと分が悪いな、と半兵太は思っていた。
「やっかいなことになりやんしたねぇ」
仁助が、脇で我が事のようにぼやいている。この男にもいい案がないのは明白だった。
「ふん、娑婆ふさぎのばばあにしてやられてたまるかよ。二代目くらい、しかとなってやらぁな」
半兵太がうそぶいた。
「ううっ。その言葉、親父さんが聞いたら喜びますぜ」
と、仁助が手で鼻をずずっと吸い上げている。仁助は大事な子分だが、涙もろいのには困ったものだった。
「半、ていへんだっ」
背中から彼を呼ぶ声がした。二人がふり向くと、幼なじみの修馬が走ってきた。
父親の後を継いで岡っ引になったが、今でも変らずいい男である。昔は一緒に悪をやったが、この頃ようやく十手が板についてきた。
「どうしたい、修馬?」
半兵太は修馬の慌てぶりをいぶかって小首を傾げた。
修馬はぜいぜいと息を整えると、諸手をふって話はじめた。
「てぇへんなんだっ。さっき、ちらっと小耳にはさんだんだが……西田屋は知ってるか?」
「西田屋? ああもちろんだ」
奥州一と云われる呉服屋のことである。
「そこの主人が、彦六一家の千町の店をしめろと云っているんだよ」
「千町の店をっ?」
半兵太は一瞬呆気にとられた。修馬の云っているのは、千町にある呉服店のことである。
半兵太は妙だと思った。千町の店は、老舗の西田屋も了承の上で開いているのである。彦六がとりつけた約束事だった。
「なんでいまさらそんなことを?」
「わからねぇ。とにかくそう云ってるんだ」
修馬が一気にまくしたてた。
「先代が死んだのが原因じゃないんですかい」
仁助が半兵太にささやいた。
彦六が死ねばいろいろと問題が起こるのは当然である。なにしろ彦六一家は若い衆が多い。裏にまわった時の老獪さがなかった。
まわりの一家が、彦六が死んだ今を付け目と狙ってくるのは、わかりきったことである。しかし、西田屋が文句をつけてくるとは妙な話だ。千町の店のもうけなんて、云っちゃあなんだが微々たるものである。まさか、堅気の西田屋がシマ取りをやるわけではあるまい。
「どうする、半?」
修馬が聞いた。半兵太は千町の方向に向き直った。
「周五郎の店に行ってみるか」
周五郎は、千町の店の主人である。
西田屋に比べれば微々たる儲けでも、周五郎にとっては生活のかかった大事な収入だ。閉じさせるわけにはいかなかった。
「西田屋もなんだってこんな時に……」
修馬はしかめっ面で首をひねっている。
「そいつは周五郎に話を聞けばわかるさ。行くぞ、仁助」
「へいっ」
半兵太は仁助を引き連れ、千町に出向いていった。