ファイヤーボーイズ

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   3

 呆然と、部屋に立ちつくす一同の耳に、サイレンの音が新たに響く。遠藤の呼んだ、応援隊と救急車が到着したのだ。
「おやっさん……」
 文吾は、倒れたままの高橋に近づく。面体に手を伸ばすと、宮田が腕をつかむ。
「文吾。お前は見るな」
「でも……あれはおやっさんだ」
「もうちがうんだよ……おやっさんには、さわるな」
 宮田の言うとおりだった。人型の固まりがそこにはあった。
「生きてるかも……」
 宮田は首を振った。
「気持ちはわかるがな……」
 宮田は血をはき、言葉につまる。
 文吾たちは、宮田の枕頭にあつまったが、
「もういい。お前たち、あの子を連れて、外に出ろ」
 宮田は疲れたように首を落とした。
 文吾は高橋の生死を確かめたかった。彼の心はふるえた。消防官としての知識が、あんなふうに燃えて、生きているはずがないと告げていた。だが、同時に、あんなふうに燃えるはずがない、と知ってもいたのだ。
「それは親父さんなのか?」
 と、小池は言った。二人とも、自分が見ているものが、信じられない様子だった。
 文吾が高橋の手をとると、まるで、泥細工のように、防火服の中で腕が崩れた。文吾は悲鳴を上げて、へたりこんだ。
「もういいだろう。おやじさんをそっとしといてやれ」
 宮田が言った。宮田は泣いていた。高橋とのつきあいがもっとも長かったのが、彼だ。
「でもよ……」
「ばかやろう。はやく、要救助者を助けてやれ」
 文吾はまだ抗弁しそうになった。彼には、その要救助者が、高橋に火をつけたようにしか思えなかった。
(おやっさんだけじゃねえ、おれだってやられそうになったんだぞ。)
「宮さん、立てないのか?」
「俺のことはいい。残火処理に当たれ」
 部屋は燃えたというよりも、破壊されたというほうが合っていた。テレビが溶け、壁がハンマーの一撃をうけたように砕けている。焦げ目がある他は、火のあった形跡がない。
 部屋にある死体は、一つではなかった。完全に炭とかした遺体の他に、女のものと思われる腕が残っていたからだ。体があったと思われる部分には、人型の焦げ目が残っている。
 文吾たちは、無言で少年を見下ろした。駒野が少年の体に手をさしいれると、ひどく体が熱い。汗をかいているようだった。呼吸も荒い。駒野が抱えるうちに少年は震えだし、泡をふきはじめた。舌をかむかもしれない。小池が少年の口に布をつっこんだ。
 次に、文吾たちは、抵抗する宮田の防火服を脱がせた。内出血を起こしているのか、腹が真っ赤だ。頑固者で、我慢強い宮田が、脂汗をかいている。
 無線がガーガーと音をたてた。
「宮さん。遠藤です。応援の第二小隊と救急が到着しました。中の様子はどうなっとります」
 宮田は気力をふりしぼり、マイクを手に取る。
「こちら宮田。要救助者を、一名確保した。犠牲者は、三名の模様。火はない」
 ない、としかいいようがない。
「要救助者を確保したのに、犠牲が三名とはなんです? 家族以外に人がいたんですか?」
 宮田は別のことを言った。「担架がいる。第二小隊をもって、残火処理に当たらせてくれ。文吾たち三名は、帰署させる」
「おやっさんは? 高橋消防指令はどうしとります?」
 宮田は歯を食いしばった。「高橋消防指令は、犠牲になった。俺は動けない」
 遠藤は無言だ。宮田がマイクをもった腕を落とすと、部屋は急に静かになった。
 外の廊下に足音がした。長谷野辺消防の第二小隊と、たんかを抱えた救急隊員が姿をみせた。彼らは、部屋の惨状と、人肉のこげついたにおいにうめきをあげた。
 生身の体を内部から燃やされるという激痛に耐えながら、宮田は若い隊員に指示を出し、少年を連れ出させると、そのまま意識を失った。

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