ファイヤーボーイズ

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   8

 火災指令は、当初第一出場だった。じきに、第二出場指令がかかった。文吾は、防火服を装着しながら、駒野、小池をそばによんだ。自分たちが、出場のときに火災が起きたのは、むしろ幸いだ。
「でもよ、文吾。あんときは、ほとんど火が出てなかったろ。第二出場がかかるほど燃えてるってことは、前とはちがうんじゃねえかな」
「でも、火がついたのは、あいつのいる家だ」
 ポンプ車が現着すると、出火宅は、ごうごうたる炎に包まれ、燃え尽きようとしていた。応援隊がつぎつぎと到着し、ホースの数がふえていくが、火勢は強くなるばかりだった。

 三時間後に、火は消し止められた。木造の二階家屋は、なかば焼け落ちている。文吾たちは、哲朗がこの中にいたとしても、もはや生きてはいまいとあきらめていた。なにかすっきりしない気持ちがした。
 全焼した家屋から出てきたのは、大人の遺体だけだった。残火処理にあたった消防官たちは、屋内にいたはずの哲朗少年を捜索したが、遺体は見つからなかった。
 すぐさま、周辺住民の聞き込みがはじまった。外出していて、火に巻き込まれなかったのならいい。だが、文吾たちは別の可能性を考えていた。
 哲朗は、火災現場にいた。火がついたあとに、現場を離れたのだ。
 文吾は、酸素ボンベの残圧を確かめた。まだ十分にある。
 彼は、駒野と小池に言った。
「俺たちだけでいくぞ。装備をとくなよ」
 文吾たちは、仲間の目を盗んで、消防車に隠しておいた消化器を持ち出した。
「文吾、ほんとに行くのか?」
 小池が言った。持ち場放棄は重大な違反行為だ。
「みんな、哲朗のこと探してるだろ? おれたちが行ったって変じゃねえよ」
「そうじゃねえよ。おまえ、ほんとにあの子が火をつけたって思ってるのか?」
 文吾は黙った。彼らの部署は、家屋での残火処理である。第二小隊の他のものは、中で、放水を続けている。
「あの子がやったんじゃないんなら、それが一番いいよ。でも、お前、絶対ないっていえるか? あの子のいる家で、立て続けに火事があったんだぞ」
 駒野たちはうなずいた。
「前回はあの子が気絶した。でも、今回は、あの状態のまま、ふらついてる可能性があるんだ」
(もし、哲朗が、なんの装備も持っていない、一般住民と接触したら?)
 三人は、最悪の事態を想像して、息をのんだ。
 彼らは、逃げ出すように、現場を離れる。重い装備を背負ったまま、哲朗の姿を探し歩いた。
 文吾たちの想像は当たった。哲朗は、道のあちこちに痕跡を残していた。住宅の壁や、道の土手に焼けこげた痕があった。彼らは、もしや、黒こげの死体に行き当たりはしないかと、びくびくしながら、跡をたどった。
 住宅は減り、田畑が多くなった。文吾たちの目に、三年前に廃校となった長谷野辺小学校がとまった。辺りには人家も少なく、よりいっそうの廃墟に見えた。誰も手入れしていない校庭を砂埃が舞い、あらゆる音を吸い込んでいる。
 校庭の門が、開いていた。
「おい、見ろよ」
 二階の教室の一角に、火の玉があがり、小さな人影も見えた。文吾は腰にはさんだトランシーバーのマイクに呼びかける。
「長谷野辺1、こちら望月。火災現場に現着した。火点が見える。応援をたのむ」
 応答はなかった。
「遠藤さん、ガキをみつけた。校舎に火がついてるかもしれない。ポンプ車をまわしてくれ」
 トランシーバーが雑音をひろう。
「だめだ。届かない。俺たちだけで行くぞ」
「冗談だろ。応援をよばねえのかよ」駒野が振り向いた。
「見失ったらどうするんだ。あいつは、みさかないなく火をつけるんだぞ」
 まさにその通りだ。哲朗は、世話になった親戚すら殺した。
「あいつの親戚は、虐待なんかやってない。あいつは、無意識でも火をつけるんだ。トランス状態ってやつだ」
 駒野は無言で、文吾を見つめていた。やがて消化器を抱え直すと、校舎に向かって歩き始めた。
「お前も、この一ヶ月調べてたんだな。でも、忘れんなよ。おれたちはふつうの消防官なんだ。超能力者の専門家じゃない」

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