ファイヤーボーイズ

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   9

 彼らは身を低くして、最初の教室のドアを開けた。
 あいつは移動しているかもしれない。
 文吾は、扉の上にかかった札をみる。一年A組。
(あいつだって、将来は、小学校に通うかもしれないんだよな。)
 文吾は、自分でも、こんなときに妙なことを考えるなあ、と思った。ここにはいなかった。
 駒野が手を挙げて、前方に指をふる。いけ、の合図だ。
 文吾は覚悟をきめて、次の教室を目指した。
 校舎には、自分たち以外は無人のようだが、残念ながら、机のたぐいは撤去されておらず、教室の後ろに固めてある。こいつを燃やされたらことだぞ、と文吾はつばをのもうとした。ポンプ車の援護が欲しかった。それに、熱い。ここは熱くてたまらない……。
 二つめの教室もいない。
 三人が確認して、先を急ごうとしたとき、C組の教室が開き、哲朗が姿を現した。
 文吾たちは悲鳴を上げて、消化器の筒先を振り上げた。小池は、自分の胸元に異様な熱の固まりを感じた。
(チリリッときたら、逃げろっ)
 小池は夢中で後ろに飛んだ。その瞬間、胸元で、火の球がふくれあがり、小池の体を吹き飛ばした。
「あ、あぢぃ」
 小池は、廊下にもんどりうって転がる。背中のボンベが、乾いた金属音を立てた。
「小池え!」
 文吾があわてて、駆け寄ると、防火服が、溶けている。
「あ、熱い。焼けるう」
「動くな」
 二人は、小池の防火服を脱がしにかかる。体に、火がとどかなかったのは、幸いだ。火の玉は、空中に出現してすぐに消えた。
 防火マスクまで脱いだ小池は、熱風に咳き込んだ。
「ばか、面体を外すな!」
 文吾が急いで、マスクを装着させる。
「肺が、焼ける……」と小池は恐ろしいことをつぶやく。
 三人は胸元が溶けた防火服をみおろす。
「おい。防火服って、1800度の熱でも、15秒は持つって習わなかったか?」
 駒野は、そいつが溶けるって、どんな温度だよ、とつぶやいた。
「防火服だって、燃えないわけじゃない。十分な温度さえあれば、煉瓦だって、なんだって燃えるんだ」
 文吾は自分に言い聞かそうとしたが、頼りにはならなかった。そんな炎が存在すること自体、信じがたかった。
 廊下をかえりみる。哲朗の姿がない。
「あいつがいない。隠れたんだ」
 文吾はむしろほっとした。今、攻撃をうけていたら、おしまいだったはずだ。
 二人は、小池を見た。彼には、もう、防火服すらない。
「お前、外に出てろよ」
 文吾は心にもないことを言った。
「えっ?」
「防火服がないんだぞ。あいつが火をつけたら、どうする?」
「防火服の、意味なんかあんのか?」
 小池は立ち上がった。ふいに駒野は気がついた。自分たちは火消しの専門家だが、ファイアースターターについてはろくすっぽ知っちゃいないのだ。
「よし、小池、俺たちのサポートをしてくれ。あいつをとっつかまえて、正気にもどすんだ」
 駒野が文吾を止めた。「どうやってだよ」
「知らねえよ。気絶でも、なんでもいいから、あいつをとめろ」
 廊下の奥で、教室の扉が、吹き飛んだ。
「いるぞ」
 駒野は言ったが、体が動かないようだった。小池が、消化器の縁で、窓をたたき割った。風が吹き込み、三人はほっと息をついた。
「こちとらファイアーファイターだ……。ファイアースターターなんか怖くねえぞ」
 文吾は、強がる。だけど、怖い。怖くて、足が出なかった。
(ちくしょう、おやっさん。助けてくれ。)
 宮田は、高橋の仇はとるな、と言った。あいつを助けてやれ、と。哲朗を助ければ、せめて弔いのかわりになるんだろうか? 文吾にはわからない。
 文吾は、意を決して、足を踏み出した。彼らは、教室に向かって、踏み出していった。

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