ファイヤーボーイズ

ファイヤーボーイズ

 文吾が扉を開くと、哲朗は待ちかまえるように、こちらを見ている。あわてて身をかわすと、文吾の頭があった場所に、炎が炸裂した。
 文吾の頭が振動で震えた。幸い、その教室には、教壇のたぐいがない。机も撤去され、広々している。
「やめろ、坊主。おまえ、おれらとやりあう気か?」
 と文吾は呼ばわった。次の攻撃が来た。哲朗の目が迫った瞬間に、文吾は、首をすくめてそれを交わした。教室に転げいった。
 駒野が後を追おうとした瞬間、彼の体に火がついた。駒野が絶叫をあげて転げ回る。小池はあわてて消化液を拭きかけた。
「駒野お!」
 文吾は助けに走ろうとしたが、背後の視線に振り向いた。胸元に焼け付くような痛みが走る。文吾は脇に身をかわした。逃げ遅れた肘が燃え上がった。まるで、肘が火点になったみたいだ。
「うああ」
 文吾は、尻餅をついた。肘がもげたと思った。右手でさわると、まだ肘はある。炎が出現した瞬間に、腕を抜いたおかげで助かった。だが、左腕は、もう動かない。消化器が扱えない。
 文吾は、転がったまま、哲朗を見上げた。視線があった。尿道が、ゆるむのを感じる。
「も、もう」つばを飲む。「もうやめろ。もう十分だろ」
 駒野たちが見守っている。哲朗は無言で、文吾を見返す。そこに、意志は感じない。強烈な怒りだけがある。
「お前が、虐待されて、つらかったのは、わかるけどよ。もう、殺さなくても、いいだろ」
 消化器が、音をたてて破裂した。鉄の筒が、天井まで跳ね上がり、蛍光灯を砕いて、落下する。木製の床を砕いて、転がった。蛍光灯の破片が、遅れて降ってきた。
 温度が上がった。
 文吾は、むかっ腹が立った。哲朗を虐待した親にも腹が立った。高橋が死んだことにも、腹が立った。駒野や小池が傷ついたことにも。
「火ぃつけられりゃあ、いてえんだよ。お前の親戚も、おやっさんだって、お前を助けようとしたんだぞ」
 文吾は、マスクを外し、哲朗に歩み寄った。熱波がおそってきたが、彼を外れて、天井に突き刺さる。コンクリートがガラガラとふってきた。
「ちくしょう、俺だって、お前を助けようとしてんだぞ」
 また、背後で黒板に火がついた。駒野たちが、やめろ、文吾、と叫んでいる。
 のどが、顔が、焼けそうだ。
 文吾は、哲朗の足下にひざまずいた。小さな体を力任せにだきすくめた。
「そんなにしんじらんねえなら、俺の心を読んでみろ。ファイアースターターなら、できんだろうが」
 文吾は、もう死ぬと思った。高橋とおなじになるんだ。せっかく消防官になったのに、いっしょうけんめい、やってきたのに、もう死ぬんだ。
「ちくしょう、おっかねえ」文吾は哲朗の体を抱きながら、ガタガタとふるえる。「おやっさん、助けてくれ。助けてくれよお……」
 文吾は自分が震えていたので、しばらくその変化に気づかなかった。ふるえていたのは、哲朗の体だった。しゃくり声を上げながら、泣いている。
「ごめんなさい」と彼は言った。
 文吾が体を離すと、辺りの熱気が薄くなっている。呆然と哲朗を見た。目の前で哲朗が泣きじゃくっていた。
 駒野たちがそばにきた。三人は、放心して、哲朗をみつめた。
 真っ赤になって泣きながら、ごめんなさいを繰り返した。

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