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浮幽士 司馬

   5

 司馬一族が暮らす山里は、里名すら伝わっていない。一族の霊力で隠されているために、場所は皇帝ですら知らないとされている。
 そもそも本界でも目にすることの少ない司馬の術者が、四人も別界にそろうのは、珍妙なことだった
 司馬の里の者は老若をたがわず霊術者である。子供の頃から霊力を練り続けるため、特異な体質者が多かった。
 その霊術の内容も謎に包まれている。学術的にまとめた者がいないため、まとまった名称も存在しない。各家で術名も微妙に食い違い、里の者でもその全体像を把握する者は少なかった。

 練り上げた霊力は様々なものに応用されるが、内容は、『外界術』と『内界術』に大別されている。
 外界術は『五大元素と霊力を結びつける法』とも呼ばれている。内界の霊力を外界と結びつける、とも表現する。
 内界術は『五体を霊力で高める法(五感を霊力で高める法をふくむ)』のことである。内界の霊力で五体を練り上げろ、と教わることが多い。
 術の応用はほとんど無限だが、李玄はどちらも苦手で使えない。
 司馬一族は独特の衣装をもちいるが、その色は白を基調に各家で装飾色が決まっている。李玄と朱仙は赤だし、宗家の鳳仙は紫、羌櫂は青。
 装束には霊力がこもるとされるが、確かに丈夫で汚れにも強かった。
 鉄斎はまだ目覚めていない。
 李玄は、これまでの経緯を、羌櫂らに語らねばならなかった。
 羌櫂は目つきの鋭い男である。李玄は、この男が、幼少のころから苦手だった。天才であることは疑いないが、自分の術を研くことにしか興味がなく、その分他人に冷たい男だ。今も、汪豹が皇兄殺害の下手人であると決めてかかっていた。
「だから、浮幽士などを宮廷にだすべきではなかったのだ。禁術となって以来、里の者でも術の実体を知らぬ。得体のしれぬ術をあつかう者が、不安定におちいるのは当然ではないか!」
「ちがう、父上ははめられたのだ」
「ならば、なぜお主を攻撃する。師である鉄斎殿を殺そうとしたのはなぜだ? 申し開きができぬのであれば、汪豹は我々の手で殺さねばならん。奴を殺したとて、皇家の怒りはおさまらぬのだぞ」
 二人が言い争う間も、朱仙は腕を組んで考えこんでいる。細身だった兄に比べるとずっと大柄で筋骨格もずっしりしている。広い顎を引き結ぶようにして唸り声を上げた。
「殺すなどと、それでは皇兄殺しが、汪豹殿の仕業と認めたようなものではありませぬか」鳳仙が珍しく声を荒げる。「今なら、汪豹殿は、下手人の一人にすぎませぬ」
「父は裁判にかけられるのか」
 李玄の声は重く沈んだ。深海のような悲しみが、押しつぶしていた。肩が下がり、背が丸まる。そんなふうにしていると彼は十五才の若者から一挙に老人になってしまったようだった。
 デュナンがそっと手を添えて、注意をひいた。李玄は小さくうなずいた。
 羌櫂はそんな李玄を横目に見ながら、
「もはや事実がどうのという話ではない。刻限は三月、もう二ヶ月が過ぎた。大臣どもは司馬の里を襲う覚悟を固めていると聞く。無実ならば宮廷に出向き、申し開きをしなければならん」と言ってから、李玄を睨み、「里の者はお前を連れて行ったこと自体を、疑問視している」
 李玄は悔しさに顔を赤らめ、頬の肉を噛んだ。霊力者として半人前なのは、自分でもよくわかっていた。なにせ霊術がほとんど使えないのだ。霊力をいまだに制御しきれない。
 霊媒の体質者は外界の影響を受けやすく、霊力のコントロールも不安定になってしまう。この体質を忌み嫌うものが多いのは、精神的に不安定な者が多いからだった。羌櫂が李玄親子を嫌うのは、なにも宮廷術師の地位を逃したからばかりではない。
「今はそんなことを申している場合ではあるまい」と朱仙がとりなす。「しかし、兄上が大人しく捕につかぬとなれば厄介だ。我々だけでは抑えられんぞ」
 と眠る鉄斎を見つめる。
「汪豹殿は本当に反瀏組織とつながっているのでしょうか」
 と鳳仙が訊いた。
「それはあるまい」と朱仙が答えた。「ならばなぜ反瀏組織に合流せず別界になど逃げたのだ」
 だけど、皇兄を殺したのでないならば、別界に来る必要もなかったはずだ――その思いがまた李玄の胸を締め付ける。
 司馬の里では、親が我が子を教えることを禁じている。だから、李玄の稽古は鉄斎が行ってきた。
 父の記憶はわずかだった。逆にそのことが汪豹の存在を大きくしていた。宮廷術師となった父親のことが誇りであり支えだった。忌み子と呼ばれても耐えられたのは、この体質すら父とのつながりのように思えたからだ。
 朱仙は李玄の思いをくみ取るように、「反瀏組織が暗殺するならば瀏帝のはず。なぜ皇兄の玄武を?」
 一同は答えあぐねて沈黙する。
「鉄斎殿はいかほどで回復する」
 羌櫂が言った。
 朱仙が、「ここは下位世界だから霊力が薄い。早くとも三日はかかろう」
「それでは遅い。そうしている間にも、都では里への軍隊を差し向けているかもしれん」羌櫂は鼻から大きく息をつくと、鉄斎のことを顧みる。「司馬一族の手で汪豹を捕らえろというのは、瀏帝の温情に他ならん。が、鉄斎殿が亡くなれば、その温情も失せよう」
「そんな言い方は……」
「李玄、今は一族存亡の危機であることを忘れるな」
 と羌櫂。里に残っていただけに現状がわかるのだろう。鳳仙と朱仙は同意するようにうなずいた。
「汪豹が戦いを望むのなら仕方あるまい。奴を封じて都に護送する他ない」
 羌櫂が内心の焦りを隠すように手を組んだ。汪豹ほどの術者を生かしたまま捕らえるなど不可能に近い。
 ――司馬殿
 とデュナンが言った。
 李玄も顔を上げてお堂の外に目線を向けた。何者かが結界をやぶるのを感じたのだ。三人の術者も異変を感じたらしかった。
 鳳仙がすぐさま鉄斎に飛びついた。
 羌櫂が膝をたてつつ、霊剣を手元に引きつける。
「汪豹か」

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