講釈西遊記

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 一九九五年頃の作品 それは、世界がはじまって間もないころであった。
 大海の直中には、須弥山という山があり、そのまわりには東勝神州・西牛賀州・南膽部州・北倶蘆州と呼ばれる、四つの大陸が存在した。 東方四大陸と呼ばれる、仏法世界である。
 物語は南膽部州、大唐国よりはじまる。
 花は美しく、河はゆるりと流れている。土地は肥え人心もなごやかな、天下第一等の地であった。
 世は太宗皇帝の御世。年号を浄観といい、即位して十二年になる。 皇帝は仏法の信仰厚く、国中の寺院が栄えた時期でもあった。
 妖怪どもがはびこり、隣国とも油断できない関係ではあるが…… 天下は、おおむね、太平であった。

第一章 高僧と悟空

弱る三蔵、東大寺へ行く

 花果山はさほど高くない山だったが、その山頂には東大寺があった。
 大唐国の都、長安の北方にあり、五行山という五つの山を背後にひかえた、天地水冷の地として知られている。
 東大寺は仏教をとうとぶ修行僧の寺であるが、同時に武術の総本山としてもおそれられ、老若の男子が修業にあけくれている。
 その山門を叩いた、一人の高僧がいた。

 高僧、名を、玄奘三蔵といった。
 都にある洪福寺にいたが、このたびこうしてはるばる東大寺にあらわれたのにはわけがある。
 山門を叩いた三蔵は、あらわれた僧たちに手厚いもてなしを受けた。
 東大寺ではすべての僧が、武術を修業すると聞いたが、どうしてなかなか丁重である。それもそのはず、この三蔵は、長安にも数人しかいないとされる、五百羅漢の一人であった。ここの住職とも懇意の仲だ。
 大雁和尚は三蔵の来訪を心からよろこび、さっそく方丈(住職のいるところ)に招いた。
「おお、三蔵殿、おひさしゅう」
 大雁はさっそく両手をあわせると、目を閉じ頭をたれた。年若の三蔵にも礼儀をそこなわないところは、さすが練れた人物である。
 長くひげをのばした老和尚のまわりでは、寺の高僧たちが、同じように深々頭を下げている。
「住持殿もおかわりなく」三蔵がぺこりと返礼をすると、
「ところで今日はどんなご用件です?」
 大雁和尚はニコニコとして尋ねた。
 三蔵が顔をあげると、和尚はようやくこの人のみなりに気がついた。
「はて、三蔵殿は女御のはず。その格好はどうなされた?」
 大雁がわずかに眉をしかめれば、まわりの僧たちもざわつく。
 この三蔵、実は見目美しき女性であった。なのに今は男の身形をしている。
 今日の三蔵は、頭に頭巾、身には絢爛な袈裟を左肩にはおっている。しかし、これは男は左肩でよろしいが、女は右肩にはおるものである。
 頭部に九つの輪のついた、九環の錫杖を持っているが、これも女は八つでなくてはならない。
 人々はこれにより、性別を見分けるのだが、まぁそんなものを見なくとも、顔を見ればたいてい区別はつく。
 問題は、なぜ玄奘三蔵が、そんな格好をしているか、である。
 東大寺は女人の立ち入りをかたく禁じているが、僧ならば別である。三蔵は、あらゆる学問に精通した名僧だ。わざわざ男のなりをする理由がない。
「実は……」
 三蔵は哀しげに視線をかたむけると、話をはじめた。

 長安には托羽という太子がいたが、ある日狩りに出ていたこの太子に、三蔵は運わるく見初められてしまった。
 三蔵が五百羅漢の一人と知った上である。並みの美貌ではなかったのだろう。
 細面でやわらかげな印象を受ける容貌と、隠しきれない才色が優雅な挙動となってあらわれている。太子の妻としても申し分ない。
 以来、托羽太子は足しげく洪福寺に通ってくる。
 大唐国の世継にほれられたのだから、ふつうなら、卒倒しかねるほどの栄誉である。
 しかし、残念ながら三蔵は出家をした身。しかも、五百羅漢(徳のきわめて高い僧におくられる称号)の一人に数えられるほどの徳の高い僧である。
 三蔵は太子の申し出を丁重におことわりしたが、それでは托羽の体面は丸潰れだ。
 もともとこの太子は素直に引きさがるような男ではない。あの手この手と、四十八手の裏表をつくし、三蔵をてごめにしようとしたが、この女僧はちっともなびかない。業を煮やした托羽太子は、怒って三蔵にいやがらせをするようになった。
 太宗皇帝は申し分ない名君であったが、この托羽太子は世継でありながら評判がよろしくない。
 太宗皇帝の唯一の欠点は、息子をかわいがりすぎたことである。
 ある日、太子は西方にあるという天竺国の話を聞き、あろうことか、三蔵に西天までおもむき、不老長生の薬をとってこいと命じた……。

「なんと天竺までっ」
 話を聴き終えた大雁は、仰天して叫んでしまった。
 天竺など存在すらもあやうい西方浄土である。釈迦如来の住まうその土地に行けば、一切の諸悪が許されるという極楽浄土だ。
「托羽殿は父である皇帝のためであると……」
 と当の三蔵も弱り果てている。
 三蔵は、月が変わらぬうちに、都をたたねばならぬのだという。
「托羽殿め、ご無理を言いなさる。きっと三蔵殿があきらめて、自分のところに来るのを待っていらっしゃるのでしょう」
 と、大雁はわけ知り顔でうなずいた。
 月の終りまではまだかなり日がある。時間をおいて、三蔵の心変わりを待っているにちがいない。
 住持の説明を聴くと、義侠心にあつい東大寺の僧たちはいきり立った。
「なんと、それではむちゃくちゃではないかっ」
「そんな命令を聞く必要はない。ずっとここにおりなさい」
 なにしろいずれも必殺の武術を身につけた男たちである。
 居並ぶ坊主たちが口々にいうので、今度は三蔵の方が慌ててしまった。
「いえ、それでは寺にご迷惑がかかります。それに天竺へ行った例がないわけではありませぬ……」
 と三蔵は自信なさげに答えた。
 一昨年、天竺に旅立っていた孝達という徳の高い僧が、経典をもって大唐国にもどってきたのである。
 経典、しめて五十一巻は全て本物だったが、孝達は身元の大千寺に引きこもってしまい、人々の間には、天竺にたいする不信感がつのっている。
「あんなものは本当かウソかもわからぬ」
 五海はまだ怒っている。しかし、
「太子のわがままを聞くいわれはありませぬが、はなから出来ぬことと決めつけたくはありませぬ」
 三蔵は右手の錫杖を握りしめた。
「な、なにを申される。西域には人跡もおよばぬ未到の地が多くあるのですぞ。妖怪どもの数も比ではない。女の足でたどりつけるとは到底おもえぬっ」
 五海の熱弁に、僧たちは大きくうなずいたが、
「これも御仏の与えられた試練かと」
 三蔵はいやにしっかりとした声で答えたことだった。
 男もおよばぬ思い切りのよさに、五海たちの口から、嘆息がもれる。
 大雁は三蔵のきらきらと輝く双眸をのぞきこんだ。真っすぐな、めったにないいい眼である。
 大雁はひとりごちてうなずき、すべてを飲み込んだような顔になった。
「わが寺になにをもとめなさる」
 と聞いた。
 三蔵は、
「天竺までの供をお借しいただけないでしょうか?」
 と答えた。
 三蔵は東西無二の名僧だったが、妖怪退治の術を身につけているわけではない。その点東大寺ならば、拳法仙術なんでもござれだ。
 都でも指折りの名僧玄奘三蔵が、長く大唐国にきらわれてきた東大寺を頼ってきたのである。義をおもんずる僧たちが、意気に感じぬはずがない。
「なるほど、わが寺の僧なら護衛は適任といえる」
「しかし、天竺までの供となると……」
 五海たちは返答に窮した。
 この大唐国でさえ、長安の都をはなれれば妖怪にでくわする。
 西方三十六国といえば、未開の地もいいとこである。魑魅魍魎がはびこり、妖怪どもは野放しだ。
 いくら東大寺の僧といえど、天竺までの苦難の道を考えると、供は並大抵の者ではつとまるまい。
「悟空しかおるまい……」
 やがて大雁がぽつりと言った。
 すると、それを聞いた僧たちの顔が、一瞬ぱっと輝いた。
「おお、悟空の腕ならば」
「し、しかし、あの者は……」
 五海が言いつのると、まわりの顔が思い出したように曇りはじめた。
「どうなされました?」
 三蔵も不審げに表情をゆがめる。
 彼らはチラリと三蔵を見たが、後はためらってなにも言わない。
「悟空は金剛力士とまで呼ばれた功夫の持ち主で、腕はまちがいなく寺一番なのですが、これが手のつけられないいたずら者でしてな」
 と五海が話をはじめた。
 寺では悟空の功夫(修業のていど)が人並み外れていたため、時期武術師範にしようとまで考えていた。
 ところが、ケンカはする、小坊主をさそっていたずらはする。どうしようもない暴れ者で、寺へきて二十二年になるくせに、信仰心がまるでない。
 仏像はこわすし、他人の修行のジャマをしては喜んでいる。戒尺でこっぴどく打たれても、悟空はけろりとして懲りない。
 これでは大雁たちも、武術師範に任命するわけにはいかなくなった。もう立派な大人のくせに、行動がまるで子供なのである。悟空は、人間ができていないというよりは、子供のまま大きくなったのであろう。
 悟空の強さが化物じみているだけに、大雁たちの落胆も大きかった。
「苦心して手に入れた力をいたずらなどにつかいおってっ」
「いくら強くとも、悟空に天竺までの供などつとまらんでしょう」
 五海たちが、大雁のまわりで口々にこぼしている。僧たちの怒りぶりに、これは相当のことだと三蔵は思った。
 五海はさらに弁を立てる。
「この間など水簾洞の滝をせきとめおった」
「水簾洞?」
 三蔵が聞きとがめた。
 水簾洞というのは、五行山の一つにある洞のことである。入り口に簾のような滝がかかっているのでこの名がついた。かなりの広さを持つ洞で、悟空のような修行僧が、ここで寝起きをしている。
 二ヵ月ほども前に、悟空がよせばいいのに、むらむらといたずら心をおこして、この滝の水をせきとめてしまった。
 せきとめられた水は当然上でたまる。悟空が見守るうち、水嵩はどんどんと増していき、最初はおもしろがっていた悟空も、ついには色をなくしてしまった。
 悟空はしくじったと慌てたが、もう後の祭りである。
 急いで堰をはずしたが、せきとめられていた水が消えるわけではない。滝口めざして怒涛のごとく流れてしまった。
 押し寄せた水は水簾洞にまで入りこみ、中にいた修行僧たちが、あやうくおぼれ死ぬところであった。
 怒った住持が悟空を破門にしようとしたが、悟空の師、四海のとりなしによって、ようやく許しを得ることができた……。
 話を聴いた三蔵は、あまりのいたずらぶりにしばらくは声も出なかったが、こらえきれずにやがてツバをふくと、腹を抱えて笑いはじめた。
「三蔵殿、笑いごとではありませぬっ」
 五海の叱責に、三蔵はようやく笑いをおさめた。
 五海はこんこんと、これまでの悟空の悪事の数々を語り出した。
 話を聞いていると悟空というのは、相当のいたずら好きのようである。小さないたずらから大きないたずらまで、実によく働く。
 三蔵がおもしろかったのは、悟空がいたずらは天才的なくせに、隠れるのはおどろくほど下手なところだ。寺をまきこんでの騒動を起こしては、もっとうまくやればいいのに、必ず見つかるのである。他の小坊主たちと一緒にいたずらをやっても、怒られるのは彼が一手にひきうける。
 この僧見習いのおかしなところは、こっぴどく叱られてはしょんぼりしているところだ。叱られるたびに、しっかり懲りているのである。そのくせ一晩たてばけろりと忘れて、またいたずらを繰り返す。
「悟空がきて以来、ろくに枕を高くして寝むれん」
 五海は不満げに口をとがらせたが、三蔵はムラムラとその悟空という青年僧に会ってみたくなった。
 大唐国の皇帝すらおそれをなした東大寺の首脳陣が、そろってこの子供のような見習い僧に、頭をいためさせてているというのが、なんともおかしいではないか。
「その悟空という僧に、一度会わせてはいただけないでしょうか?」
「さ、三蔵殿、なにを言われるっ」
「まさか、悟空を連れて行く気では……」
「ええ」
「おやめなさいっ、あんないたずら者が一緒では、余計な厄介ごとがふえるだけですぞ」
「ですが、腕は立つのでしょう?」
 これには彼らもなんとも答えられない。
「天竺までの道のりは、妖怪変化との戦いの旅でもあります。そういう時、悟空のような性格の者が必要だと私は思うのです」
「なるほど……」
 五海は納得してしまって、なにやらアゴをなでている。
「五海殿っ」
 脇で僧が彼の服の袖を引っぱった。
「これも仏の縁。その者に釈迦無二の教えを説くことも、修業の一環でしょう」
 三蔵は手をあわせると、むにゃむにゃと祈った。
 五海たちは窮した。三蔵の言い分を聞くと、悟空もあながち適任なのではないかと思えてくる。
 天竺までの長く苦しい道のりも、悟空ならば笑い飛ばしてしまいそうな明るさがある。それにあやつは妖怪相手に逃げだす玉ではない。
「住持殿……」
 五海たちは、なんとも弱って大雁をみた。
「うむ」
 大雁はまつげの裏に隠れたまなこをチロリと開け
た。
 三蔵の目は子供のように輝いている。どうやら本気らしい。
「五行山を知っておられるかな?」
 大雁はちらりと聞いた。
「五行山?」
 三蔵は東大寺にきたのは初めである。知るはずがない。
 東大寺は同じ仏門ではあるが、なにぶん都からはなれているのでその内部に関しては、長安でもくわしく知る者がなかった。それに、この寺は仏僧でありながら、武術をまなぶという特異性をもっている。
 東大千僧、長武にまさると言われ、これは東大寺の僧がその気になれば、都の軍隊もかなわないという意味だ。
 歴代の皇帝は東大寺をおそれ、一時期弾圧までくわえたというから、尋常の話ではない。
 三蔵がまっすぐ東大寺を訪れたのも、この話を何度も聞かされていたせいであった。
 爾来、東大寺と大唐国は絶縁状態にあったが、太宗皇帝の世になって、ようやく都への出所を許された。
 太宗皇帝は、仏教にたいする信仰あつく、当代は全国の仏縁の寺がもっとも栄えた時期でもある。この東大寺とて例外ではない。
 長らくつづいた苦しい時代が終り、花果山にもようやく光がさしたわけである。
 五海が後ろの障子窓を開けた。三蔵からは正面にあたる。
 障子が引かれたとたん、三蔵の目に、えも知れぬ風景がとびこんできた。
 五つの山が、圧倒的な質感をもって迫ってくる。三蔵は天地の見せる奇跡に、しばし息をのんだ。
 夏の向暑で、蝉の音がさわがしかったが、それがなんともこの絶景にあう。山紫水明の名に恥じぬ景観である。
 天をつくドシリとした山に、谷川の水が流れ、幾本もの滝が、断崖を落ちてくる。
「悟空がおるのは」
 大雁の声に、三蔵はようやく我にかえり、視線を転じた。
「あの山です」
 と左端の山を差した。
 大雁はそれぞれの山を指差しながら説明をはじめた。
「左から、武、仙、智、礼、心。武の山では身を守るための武術を学び、仙の山では仙術を学びます。智の山では仏にかんする知識を得、礼では万人に対する礼儀をまなぶ。心とは仏の心をさとる場です。悟空は武の山の水簾洞におります」
 大雁は端の山を指で示した。
 五行山、武の山である。
 三蔵の口から感嘆の吐息がもれた。ここまで規模が大きいとは思ってもみなかった。昔から東大寺には、千人をこす男僧がいると言われてきたが、あれは本当だったのだ。
「悟空は得度もすませておりませぬ」
 別の僧が溜息をまじえて言った。
「得度をすませていない?」
 三蔵が問うと、大雁がうなずいた。
「わが寺では、まず武と仙をまなび、智の山にのぼる前に、正式な仏弟子となるわけです。それぞれの山には何年いてもよいことになっておるのですが、普通はながくいても二、三年といったところでしょう。各山には後で戻ることもできるのに、悟空はいっかな武の山をおりようとせんのです」
 大雁が言い終わるのを待って、五海が続けた。
「二十年以上も寺におって、覚えたのが武術だけですよ。御仏の教えをなんと心得ておるのか」
「はぁ」
 こちらにふられても、三蔵にはなんとも言えない。
 三蔵は悟空に仏の知恵をさとすことこそ、自分の使命のような気がしてきた。托羽にみそめられたのも縁なら、こうして悟空の話を聞いたのもなにかの縁ではないのか?
「その水簾洞まで案内していだけないでしょうか?」
「やはり悟空にお会いなさるか」
「はい」
 三蔵の答えに、大雁がうなずいてみせた。「そういうことなら、四海殿を呼びましょう」
 五海が方丈を出ていった。四海は悟空の師だ。武の山の総責任者で、現武術師範を担っている。
 五海と名が酷似しているが、これは二人が同時期に入門したためだ。
 東大寺では、広・大・智・慧・真・如・性・海・頴・悟・円・覚……この他三十七文字をもって法名となす。この文字は年毎にかわり、四十九ヵ年で一周する。名前の組合せを見れば、同期の者がわかる。
「悟空に会わせるにしても、女ということは黙っておきましょう」
 大雁のとなりで、老僧がささやいた。
「それがよかろう。よいですな、三蔵殿」
「それは、かまいませんが……」
 三蔵が小首をかしげていると、五海が戻ってきた。
 戸口に年配の僧が立っている。武の山武術師範、四海であった。
 四海は折り目正しい所作で一礼すると、武術の達人らしく、微塵の無駄もない動作で入ってきた。
「およびですかな、住持殿」
 四海は、ちらりと三蔵に視線を走らせながら、大雁に聞いた。
「うむ、用は他でもない、この三蔵殿のことじゃ」
 大雁はこれまでの経緯を語って聞かせた。
「本当に悟空を連れていくつもりですかっ」
 四海が信じがたいといった表情で問いかけるので、三蔵は少々とまどった。
 はい、と答えると、四海はあきらかに動揺した様子で大雁をみた。
「天竺までの旅程を考えると、この苦難を乗り越えられるのは、悟空をおいて他にない」
 大雁はきびしい口調で言い切った。
「たしかに悟空ならば勤まるやもしれませぬが……それに悟空は水簾洞を出たがりませんよ」
 四海は気がすすまないようだ。
「三蔵殿の御意見は?」
 四海に向き直られ、三蔵は背筋をしゃきりとのばした。
 口調から察するに、四海は悟空を手放したくないらしい。しかし、三蔵はもう、天竺までの供は悟空をおいて他にないと決めこんでいる。
 一つは、悟空の腕が、武術にひいでた東大寺の高僧を凌ぐほどに立つこと。もう一つ、これがもっとも気を引くのだが、三蔵には仏のみちびきのように思えてならないのである。
「大雁殿とおなじです。悟空を供に天竺まで連れていきたい」
「なぜに?」
「よくよく話を聴いた上での答えです。仏の思いのなすままに……四海殿、悟空をわたしにお貸しくだされ」
 三蔵は手を組み、こうべを垂れた。
 はじめはしぶってみせたが、そこは一芸を脱しただけはある。武の山をまかされた四海のこと、こうまでされては断るわけにはいかぬ。
 あきらめた。
「わかりもうした。今回の件は、托羽殿のあまりの義理なきこと。この上は天竺までの道を踏破することこそ、精一杯の面当てでしょう。そのためには悟空の力がいると申される……」
 四海は、また、わかりもうしたと繰り返した。

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