花果山よ、さらば
牛魔王を打ち洩らし宝玉まで奪われた大雁たちは、夜通しこの騒動の始末に追われた。
妖怪どもを片付け、境内の掃除が終わった時、すでに夜は明けきっていた。
牛魔王との一戦の疲れも癒え、いくぶん落ち着きを取り戻した悟空は方丈に呼ばれた。
「俺は三蔵と一緒に天竺に行くぞ」
悟空の言葉を予期していたように、大雁はうなず
いた。
一同は、悟空を本堂に連れていった。
そこで、一振りの棍棒を手渡された。
両端に金の箍がはめられており、他は黒い鉄のよ
うなもので出来ている。
妙意金箍棒。一万三千五百斤(約八千百晴)とほられている。
「お、和尚」
悟空は驚いて大雁を見た。
牛魔王と戦うには並みの武器では通用すまい。それに、かなり目方のある妙意棒は、悟空ぐらいにしか操れない。
大雁は、宝玉と寺の歴史について話して聞かせた。
それは、悟空が、二十二年目にしてはじめて知る秘事であった。
大雁はぐっと悟空を見据えたまま、言葉をつづける。
「なんとしても宝玉を取り戻さねばならん。そのためには牛魔王とも今一度戦わねばなるまい。妙意棒はそのためのものだ」
悟空は手のなかの妙意棒をまじまじと見つめた。
「三蔵殿との旅の中で、己れをみがくのだ、悟空」
頭に包帯を巻いた五海が、我が子に袖を引かれたようにして言うと、大雁も、
「牛魔王は強い。妙意棒を用いても勝てるとは限らん。それでも行くか?」
「行くっ。負けたまんま引き下れるかっ」
悟空は決意もあらたに言いきった。四海は満足げな笑みをたたえながら、何度となくうなずいていた。
二日がたち、悟空と三蔵が寺を立つ時がやって来た。
三蔵の後ろには山門がある。そこをくぐれば、後はふもとの村まで何もない。
僧侶たちが境内に山と集い、三蔵の門出を祝ってくれている。
高僧の傍らには悟空がいた。
三日前、この山門を叩いた時とは、考えられないぐらい三蔵の身辺は変わっていた。
東大寺の秘密を知り、さらに宝玉を取り戻さねばならなくなった。だが、今は悟空という旅の道連れがいる。
東大寺一のいたずら者との別離に、皆なごりおしそうだった。
三蔵が白馬に跨がった。
「かならず戻ってくるのだぞ」
四海が悟空の前で、泣き笑いの笑顔をみせている。
「師兄……」
広銘が悟空の手を握ってはなさない。
「いったん、長安に戻りろうと思います」
と三蔵が大雁に別れを告げながら言った。「みんな元気でな」
悟空はあくまで明るく笑っている。
「悟空を頼みます」
大雁が深々と頭を下げたので、三蔵は少々慌ててしまった。
「頼むのはこっちだろうがっ」
悟空はまた怒っている。
「師兄!」
「元気でなー!」
山門に集まった僧たちが口々にわめいた。
二人は肩越しに手を振りながら、東大寺を去っていった。
「雄々しく生きるのだ、悟空」
山道を遠ざかる悟空の背中に、四海はつぶやくようにささやいていた。
「いい天気だなぁ、悟空」
左手に太君山を眺めながら、三蔵が語りかけた。
「ふん、俺はお前を師匠だなんて呼ばないからな」
妙意棒を大事そうになでながら、悟空がぶつくさ言っている。
「ハッハッハッ、よいよい」
「なにがよいよいだっ」
三蔵と悟空は、天竺に続く長い道のりを、ようやく歩きはじめたのであった。