講釈西遊記

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 第四章 悟空逐電

渇れ谷の白龍

「俺にも姓をくれよ!」
 と、悟空がわめいた。
 明日は長安の都につく。この渇れ谷を越えれば、最後の宿泊地、といったところである。
 陽はまだ高く、急げばおそらく今日のうちには長安につくだろう。しかし、なにぶん、ここまでの旅で、服も旅塵にまみれている。
 今日は、長安の手前にある石窟寺院に泊めていただき、身形を整えることになった。
 悟空の声は谷に響きわたり、反響してかえってきた。
 あたりは草木一本生えない切り立った絶壁であり、悟空がいるのはその谷間である。都の人々は、この近道をとおることが多い。
 以前は隊商を狙った山賊や妖怪が徘徊したそうだが、前皇帝の差し向けた軍隊によって、それもあらかた駆逐されてしまった。
 声に応えて、ガラガラと岩が砂煙を上げながら落ちてきた。
 弟分の八戒と悟浄には、猪と沙の姓があって、自分には悟空の法名だけ。悟空はこれがいやらしかった。
「お前は私の弟子ではないのではなかったのか?」
 三蔵は、笑ってあしらっている。
 四海を大事にする悟空をおもんばかってのことだったが、しかし、その三蔵のやさしい気持ちは悟空には伝わらない。
(師匠と呼ばないもんだからイジけてやがるなっ)
 と悟空は思ったが、いじけているのは当の本人である。
 三蔵は仕方なく、しばらく熟考した後こう答えた。
「孫と名乗るがよい」
「そん?」
 と悟空がくりかえした。
「孫悟空。よい名だ、よい名だ」
 八戒と悟浄もほめそやす。
 悟空もすっかり気に入って、これからは頭に孫の字をいただくことにした。
 さて、四人の師弟が谷を歩いていくと、目の前に一匹の龍が躍り出てきた。
 真っ白なフカフカした毛におおわれた美しい龍が、両隣の崖ほどもある背でこちらを見下ろしている。
 悟空たちは突然のことにあっとなった。白龍がまっしぐらに体を伸ばし三蔵を狙った時には、悟浄と八戒は肝までつぶれてしまった。
 しかし、悟空はさすが兄弟子である。荷物をうっちゃると、馬上から三蔵をひょいとさらった。
 白龍は今一歩のところで、白馬のみをガブリとくわえこみ、鞍やあぶみもろとも腹に飲み込んだ。
 白龍は一行の頭上を通過して、また元の位置に戻っている。
「さぁすが、兄貴ぃ」
 三蔵が無事と知って、落ち着きを取り戻した二人が、喜び勇んで走りよってくる。
 悟空も妙意棒を耳から取り出し、ちょうどの長さに伸ばすと、白龍めがけてよばわった。
「やいやい、このうなぎの出来損ないめっ。この孫さまに何のようだ!」
 悟空はさっそく孫の姓を名乗りながら、妙意棒を地面につきたて白龍をにらむ。
 悟空の天を衝くような意気に毒され、八戒と沙悟浄もてんでデタラメに喚き出した。
 うなぎと言われて白龍はムッとしたようだ。鼻からブフォーと息を吐きながら、「孫の字なんて知るもんか。俺が用があるのはその坊さまだ」
「なんだとっ?」
「唐の坊主をくらえば、命が万と伸びるのだ。さぁ、その坊主をこちらによこせっ」
 と、短い腕を突き出してくる。
「言いやがったな、やつれどじょう。この妙意棒をくらってみろ!」
 悟空がかの棒をびゅうんと振るいだすと、白龍はその勢いに恐れをなしたか、身を翻して逃走をはかった。
 悟空は、「あっ、逃げるなっ」と気勢をそがれながらも振り返り、
「八戒、悟浄。三蔵をまかせたぞっ」
 二人がいさましく返事をしたのに安心し、悟空は白龍の後を追った。

 悟空が『韋駄天の法』を用いて追えば、白龍は全速力で引き離そうとする。
 悟空は今度は『きん雲の法』を用いて、白龍をあっさり追い抜くと、前にまわって通せんぼをした。
「ややっ、なんと素早い奴っ」
 まさか、自分を追い抜いて先回りをしようとは思わないから、白龍は目玉も飛び出さんばかりに驚いた。
「この『きん斗雲の法』はな、一飛で十万八千里といわれるほどの早さなのよ」
 悟空はすっかりいい気になって、きん斗雲をとばしまわる。
「おのれ、この猿もどきっ」
 白龍、ゴウゴウと炎をはけば、悟空は妙意棒をふりまわしてこれをふせぎ、龍めの鼻面めがけて突きをくりだす。白龍は鉤爪をならして引き裂こうとするが、悟空はさせじと棒をふるって応戦する。
 チャンチャンバラバラ、五十合は打ち合ったろうか。そのうち白龍の方が力つき、にっくき悟空からパッと離れた。
「また逃げるのかっ?」
「なにをいうか、まだまだ」
 と、白龍は意気込んでみせたが、すっかり息が上がっている。
 白龍は悟空のまわりをぐるんぐるんとまわって、その長い体を巻きつけた。
「い、いてて!」
 悟空が悲鳴を上げれば、白龍はますますきつく締め上げる。悟空は怒って口中ひそかに『金剛力の法』をとなえると、白龍の体をえいとばかりに跳ね退けた。
 そのうえ妙意棒を太くでっかくして、白龍の頭をドカンドカンとやりはじめたからたまらない。
「ひぇー、かんべんしてくれよぉ」
 白龍は、とうとうまいって降参した。

 悟空は白龍が完全にへたばったのを見て満足した。
 それより、壁画の外にいる龍を見たのは初めてなので、すっかり感心してしまった。
 自分の足元をうろうろ歩きまわっている悟空に、白龍はすっかりしょげてこう言った。
「まいった、あんたみたいに強い人間は生まれてはじめてだ。俺の郷里の龍たちは人の乗り物に使われていたが、俺はそんな生活に我慢がならず、主人を食って逃げてしまったんだ。しかし、あんたは人間でもずいぶんマシなようだ。そこでどうだろう。俺の背中に乗れるのはあんたしかいない。これからは俺の主人となってくれないか?」
 これは願ってもないような申し出であった。なんせ悟空の大好きな龍が、子分になってくれるというのである。
 主人とかいう耳慣れぬ言葉に、悟空はすっかりドギマギしてしまった。兄貴といい、この主人といい、俗世の言葉はどうしてこうも聞こえがいいのだろう。
 さて、悟空は白龍のバカデカイ体を見上げ、しょうしょう鼻白んだ。
「しかしなぁ、お前みたいなバカデカイのに乗ったんじゃ、俺が目立ってしょうがないよ」
 悟空が眉間にしわを寄せて難儀をいうと、白龍はニコリと笑って小さくなった。するとどうだろう。彼は一匹の白馬に姿を変えているではないか。
 悟空があっと叫んで走り寄ると、鞍もくつわもついている。悟空はたいしたもんだと感じいったが、よく見ると、なんのことはない。すべて元の白馬から奪ったものだった。
「どうだい。これならなんともないだろう」
 と、馬のまましゃべるので、悟空はすっかり度胆をぬかれた。
「空だって飛べるぞ。文句ないな?」
 白龍が得意気に聞くと、悟空は、
「けどな、三蔵を食うのはやめにしろ。唐の坊主を食えば命が万年のびるなんて、聞いたことがない」
 すると、白龍は、ある日自分のところにやってきた変な奴が、そう教えてくれたのだと答えた。
「変な奴……もしや牛魔王じゃあるめぇな」
 悟空はまた腹が立ってきたが、とりあえずこの場は白馬を連れて、三蔵のところに戻ることにした。

 三蔵たちは、悟空にいわれたところで、今かいつだと、その帰りを待ちわびていた。
 八戒たちは悟空のいいつけを守って、一生懸命あたりを警戒している。誰でも仕事のやりはじめというのは張り切るものである。これは妖怪でも同じらしかった。
 そのうち悟空が竜にくわれたはずの白馬を連れもどしてきたからびっくりし、ついでこの馬があの白龍だと聞かされまたまたびっくりした。
「これからはこの悟空さまが、白龍の主人なんだぞ」
 と悟空は鼻も高々に威張り散らした。
「主人はいいけど、こいつは俺たちのお師匠さまを食おうとしたんだぞっ」
 八戒はなんだか気にいらないらしい。
「なぁ、悟浄」
 と、相づちまで求めた。
 すると、悟浄はしきりに顎をなでながら、「まぁ、その点に関しては、我々もえらそうなことはいえませんな」
 と、哲学者らしいことを言う。どうも三蔵の弟子になってから、ますます哲学ぐせが深まったらしかった。
「しかし、お師匠をくわれるのはたまりませんな」
 おまけに妖怪のくせに、根から枝葉まで真正直ときているから、融通がきかない。
「そうだそうだ、食われたらかなわんっ」
 八戒が大声で続ける。
「だから、そいつは変な奴にそそのかされただけなんだって。なっ、いいよな、三蔵?」
 悟空が慌てて同意をせがむと、
「悟空の弟子というなら、私の又弟子になる。弟子にくわれるならそれも仕方なしのこと。付いてくるがよかろう」
 三蔵は穏やかに答えをよこした。これには白龍も舌を巻く思いだった。
(女のくせに、なんとしっかりした奴だ)
 大した奴、とうなずいた。感服したと言っていい。
 悟空以外は乗せないでおこうと決めた白龍だったが、この時から三蔵だけは特別になった。
(今日は人間相手に感心させられる日だなぁ)
 白龍はほとほと首をかしげている。
 同時に、一族のはみだし者だった自分も、これで一人前になれたという安堵があった。
(これで胸を張って生きていけるな。後ろ暗いところはなにもないぞ。俺にもやっとこ主人ができたんだ)
 じつはこの白龍。もとの主人を食い殺してしまったことを、ずっと悔やんでいたのである。
 あの一件で自由の身にはなれたものの、以来、一族からは異端児あつかい。野山で食物を探し、時に人里に下りるような暮らし。
 だが、そんな生活とも今日のこれからはおさらばさらば。白龍はすっかり有頂天になってしまった。
 おまけに今度の主人は、
「おい、よかったなぁ」
 と、なんともさっぱりした人物ではないか。
「主人の主人は、俺の主人だ。さ、乗ってくださいよ、お師匠さん」
 と、この白龍も相当に調子のいい奴である。
 三蔵が乗馬すると、なんとも乗り心地がよい。さすが元は龍の化身である。これなら、どんなに座っていても疲れそうになかった。これから長い旅がはじまるのだから、三蔵の喜びもひとしおである。
 三蔵一行は、白龍をくわえ、谷を抜けた。

悟空逐電

 谷をぬけて少し行くと、山肌に壮麗な寺院が建ち並んでいた。
 崖にはいくつも穴があいている。石窟であった。中には天井や壁一面に壁画を描き、本尊をそなえてある。下の寺院は後からできたものだ。
 悟空が門を叩くと、二人の童が出てきた。
「何用……」
 童は言いかけたまま、口をポカンと開いた。「おい、どうした?」
 悟空が言うと、二人はうわぁと悲鳴を上げながら、奥に引っ込んでいった。
「なんなんだ、ありゃあ」
 悟空は憮然としながら門をくぐった。
 一行が本堂の前でかたまっていると、寺の坊主たちがわらわらと出てきた。
「貴様ら、何用だっ」
 三蔵たちを囲み、老僧が怒鳴った。悟空たちはなんのことだかわからない。
 そのうち僧たちの方が、三蔵に気づいた。
「あなたは洪福寺のっ?」
「玄奘三蔵です。今夜の宿をお借りしたいのですが……」
 三蔵はあくまでやんわりと答えたが、僧侶たちは恐慌を来した。
「じょ、冗談ではないっ。なんで妖怪を連れておるのです!」
 と怒鳴った。
 寺院に妖怪を連込まれたのだから、この反応は正常といえる。むしろ、悟空や三蔵の方が信じられなかった。
「この二人は私の弟子です」
 平然と答える三蔵に、僧たちは凝然となった。
「な、何をバカなことをっ。玄奘三蔵ともあろうものが、そんなみすぼらしい妖怪を弟子にとっておるのですか?」
 若くして五百羅漢の一人となった三蔵に対するやっかみもある。
「残念ですが、お泊めするわけにはいきませんな。妖怪なんぞを寺に泊めては、何がおきるかわかったもんではない」
 妖怪妖怪と、まさに言いたい放題である。
 自分たちのせいでお師匠までバカにされ、八戒と悟浄はすっかり意気消沈してしまった。
 これに怒ったのが悟空である。
 嫌がったとはいえ、今や二人は弟分。切り代わりの早いのが悟空の頭だ。
 牛魔王のせいで妖怪には悪感情をもってしまったが、もともとわけへだてのない性格である。面倒見のいい悟空が、義兄弟をバカにされて、我慢できるはずがなかった。
「俺のかわいい子分を妖怪とはなんだ!」
 猛然と怒り狂って、妙意棒をふりまわし、まわりの柱をボカンドカンとへし折りはじめたからたまらない。
「ご、悟空っ」
「あ、兄貴ぃ」
 三蔵は驚き怒り、八戒悟浄は喜んだ。
 僧たちは悟空の怪力に、残らず腰を抜かしてしまった。
 僧のくせに、話し合いも警告もぬきにいきなり行動にうつるのである。こんな無茶苦茶な男ははじめてだった。
「さすがは主人。男だねぇ」
「馬がしゃべったぁ!」
 ほれぼれしている白龍に、僧たちは完全に凍りついてしまった。
「も、申し訳ありませぬ」
 暴れる悟空をやっと本堂から引きずり下ろした三蔵は、急いで地べたに土下座した。
 五百羅漢の玄奘三蔵にそんなことをされては困るし、後ろの悟空はもっと怖い。
 僧たちは、慌てて寝所を貸し与えることを約束し、無礼を詫びた。
「わかればいいんだ」
 悟空はえらそうに胸をはっている。
 この一件で、悟空は三蔵の一番弟子としての株を猛烈に上げてしまった。以来、八戒と悟浄は、悟空の忠実な子分になった。
 三蔵は実のところうれしかった。さすがに悟空は仏弟子である。三蔵は、悟空が小坊主たちにやさしかったという話を思い出した。悟空は四海に受けた恩を、わすれていなかったのだ。
 石窟寺院の僧の方がいい迷惑である。あちこち破壊された上に、妖怪まで泊めねばならない。
 僧たちは、泣く泣く一行に離れの禅堂を明け渡した。

 寺の住持に、天然の温泉を岩で囲った露天風呂があるから入ってみてはどうかと勧められ、悟空は山の中腹まで出かけていった。
 夜ともなると、この辺りは急速に冷える。悟空はしきりに両腕をさすりながら、山道を駆けのぼっていった。
 さて、悟空が露天風呂の近くまでくると、チャプン、チャプンと水音がする。
(さては先客がいるな)
 ついいたずら心をおこし、足音をしのばせると岩屋まで上がっていった。
 物陰からのぞきみると、湯気の向こうに人影があった。
 風がふき、湯気がはれると、そこにいるのはなんと三蔵である。
 なんだ三蔵かと、悟空は無念がったが、入るのをしぶるうち、そこに異様な物を見た。
 三蔵の胸に、なにやら二つのふくらみがある。
(なんだ、あれは)
 悟空は、女の胸には、チチという、つきたての餅のようなものがついていると聞いたことがある。ひょっとして、あれがそうではないのか?
 はっきりしたことはてんでわからないが、そういえば、碧南にいた女の胸もふくらんでいたような気がする。悟空は妖怪騒ぎでよくよく見るのを忘れていた。
 身を乗り出して目を皿にするが、湯気がジャマでよく見えない。
 ひそかに神通力をもちいて風をおこすと、わずかだが湯気を払えた。
 透き通るような白いうなじにドキリとしながら、さらに目を凝らすと、やっぱり胸はふくらんでいる。悟空は自分の胸をさわってみたが、いやにかたかった。三蔵のものとは見栄えも出来も違いそうだ。第一、あんなに一部分だけが突き出るわけがなかった。
 妖怪かな、と悟空は本気で疑った。病気かとも思
って心配もする。ひょっとしたら仏さまが怒ってあんなにしたのかもしれなかった。
 そうだとしたら、三蔵が普段あんなにも仏法を尊ぶのもわかる気がする。
 悟空があれこれ思案していると、三蔵が立ち上がって、全裸がその目に飛び込んできた。
(ないっ)
 悟空は魂も消し飛ぶほど仰天した。兄弟子たちの言っていたことは本当だったのだ。
(あいつ、女だったのか……)
 悟空はだまされていたのだと知って、目の前が真っ暗になった。
 三蔵は女で、そのことを隠していた。心を許しそうになった自分がバカに見えた。
「ちくしょお!」
 悟空は大音声でわめきちらすと、妙意棒をぶんぶん振り回して、岩山を駆け降りていった。
「今の声は……」
 とっさに布で体をおおい隠しながら、三蔵は、はてなんだろうと思っていた。

 さて、三蔵がフロから上がると、悟空がなにやら荷物をまとめている。
「なにをしておるのだ、悟空?」
 風呂上がりで顔を上気させた三蔵が聞くと、悟空はギロリとこちらを睨んできた。
「ふんっ。お前なんぞ信用するんじゃなかった」と、なにやらぶつくさ言っている。
 三蔵は八戒と悟浄を見たが、二人もよくわかって
いないようだった。
「なにをしておるのだ、悟空」
 今度は肩をゆさぶりながら、三蔵は同じ問いを口にした。
「見りゃわかんだろっ。東大寺に帰るんだよっ」
「な、なんだとっ。急になにを言いだすのだっ」
「急にだとっ? てめぇは急に女になったりするのか!」
 三蔵はあっとなった。やはりさきほどの声は悟空だったのだ。
「お前……風呂場で」
 三蔵は耳たぶまで真っ赤になって、言葉をなくした。
 悟空は黙々と荷物を分けている。
「なんのことだ?」
 八戒はまだわかっていないようだ。悟浄はこれこれこうだと説明してやった。しかし、八戒にはやはりわからなかった。
「やめろ、悟空っ」
 三蔵がこらえかねて手をつかみとると、悟空はその体をフッ飛ばした。
「な、なにすんだよ、兄貴っ」
 三蔵を受けとめた八戒が、とがめるような眼で悟空を見る。
「お前らは知ってたのか!」
 悟空の剣幕に、八戒は逆にモゴモゴとなって答えた。
「そりゃまぁ……」
「匂いでわかるよ」
 二人が知っていたと聞くや、悟空の怒りはますますはげしく、西洋大海より深まった。
「よくも俺をだましやがったな、お前との縁もこれまでだ!」
 悟空は耳から妙意棒を取りいだすと、勢いもすさまじく表に飛び出していった。
「白龍!」
 そう叫んだ瞬間には、手綱を解いて、白龍の背に飛び乗っていた。
「とべ、俺は東大寺に帰る」
「いいのかい、主人」
 白龍はとまどった。禅堂から三蔵が駆け出てきたからだ。
「いいから行けっ」
「悟空!」
 叫ぶ三蔵の目の前で、悟空と白龍は夜空に飛び去り、やがて見えなくなってしまった。
「悟空……」
 後に残された三蔵は、裸足のまま境内に立ち、がっくりと肩を落としていた。
 自業自得とはいえ、辛かった。もっと悟明殿のいうことをよく聞いておればよかったと、三蔵は今更ながら後悔した。
 八戒と悟浄が心配して近づいてきた。
「お師匠、長安までは後少しです。あっしらがちょいと東大寺までとって返して、連れ戻してきやしょう」
 八戒と沙悟浄が頼もしげに言った。
「『白雲里の法』ですと、東大寺まで二日とかかりますまい。お師匠はそれまで長安で待っていてください。先に天竺にいっては駄目ですよ」
 と、二人は足元に雲を呼び寄せ、北に向けて飛び立ってしまった。
 二匹にとっても、悟空は今や大事な兄弟子である。あの人間がいなくては、これからの旅もつとまるまい。なにより悲しむ三蔵を見るのが、つらかった。
 八戒と悟浄の姿が、次第次第に遠ざかる。
 三蔵は一人になったさみしさに、胸を押しつぶされそうだった。
 こうして、三蔵は三人の弟子を一度に失い、一人さみしく入城となった。

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