ねじまげ物語の冒険 全文掲載!

◆ 第三章 ロビン一味、最後の戦い

 

□  その一 イングランドのロビン、呪われた都に討ち入ること

○     1

 太助とジョンは毎日河原に出て洋一たちの迎えに出ていた。二人が旅立ってもう一週間が過ぎていた。異変が起きたのは正午過ぎだった。あのときとおなじ濃い霧が川面を中心に張りだしたからだ。
 ロビンの仲間たちがすぐさま外に飛び出してきた。太助とジョンは川上を目指して走った。
「太助、ジョン!」
 洋一は声を聞きつけてボートから身を乗りだした。霧は洋一の周りではどんどん薄まっている。霧の向こうに透けて見えるのは懐かしいイングランドの景色だった。川に沿って走る土手、道の先には彼らが短い休息をとった小屋がある。そこで待つのは懐かしい仲間たちだ。川に沿って懸命に走る太助の元気な姿だった。

○     2

 ロビンはすぐさま行動を起こさねばならなかった。まずモルドレッドはロビンの首に懸賞金をかけ、彼の持つエクスカリバーを差しだすように命じている。この間にロンドンの周辺都市はモルドレッドの勢力下に置かれている。対して、タック坊主らが集めることのできた諸侯は、ウィリアム・ダンスター、トマス・ボーフォート・ウォリック、ロバート・ウォレスの三名だけである。残った諸侯は、モルドレッドに恐れをなしたか、日和見を決めこんだようだった。
 ロビン・フッドは夜を徹してロンドンに向かい、二日後の明け方には、市街を見下ろす丘に到達した。街道につづくすべての大門は固く扉を閉じている。城壁にはモルドレッドの銃士たちの姿がわずかに見えた。火事が起こっているのか、市街からは煙が幾本も立ち上っている。風とともに、死臭がおよび諸侯たちは顔をしかめた。
「ロビン、一万名でロンドンを奪うのは無理だ」とアランが言った。「こっちは死兵じゃないんだぞ」
「そこが付け目だ」ロビンはロンドンを指し示し、「あの城壁の広さをみろ。今は陛下の軍もいない。誰が守るというのだ」
 みなはあっと気がついた。城門の堅固さに気をとられて敵の少なさを失念していたのだ。
 アーサー・ア・ブランドはうなずいた。「銃士は化け物になると、知能がなくなるようだった。城門にいるのは生きている銃士だけだ。確かにあの数では門を固めることさえ容易じゃない」
「となると、問題は中に入った後だぞ」とウィル・ガムウェル。「化け物どもは光をいやがるから、屋内に隠れていると思う。しらみつぶしに狙うのか」
「ロンドンで生き残った人はいかほどいると思う?」
 ジョンが訊くと、ロビンは無言でロンドンを見下ろした。王都は深閑として、声も立てない。

○     3

 ロビンは天幕に四人の貴族を招き入れると、円卓を囲み協議をはじめた。ウィリアム・ダンスターは白髪の老人だが、息子を十字軍に出している(パレスチナで戦死している)。ロビンともわずかに面識があった。トマス・ボーフォート・ウォリックと、ロバート・ウォレスはもっとも若く、ともに三十代の壮年だ。二人は領地の守護は息子たちに任せて駆けつけている。ギルバートは家格こそ低いがロビンの隣にいた。みなロビンが膝に立てかけるエクスカリバーにチラチラと目をやっている。モルドレッドが懸賞金を賭けているだけに気になるのだ。
 口火を切ったのは年長のウィリアムであった。
「我々が布陣しているのに、モルドレッド側にはなんの動きもない。どういうことだ」
「私の聞いた話では、敵側の軍隊は一万に満たないそうだ」と、トマス・ボーフォート・ウォリックが言った。「あの数でロンドンを落としたのだ。野戦を行う兵力がないのではないか」
「それは妙だ。やつの軍隊は各地に散らばって戦っているではないか」ロバート・ウォレスが言った。「やつらは新兵器をつかうというがその威力はいかほどなのだ。ギルバート卿。あなたはフランスで戦ったはずだが」
 ギルバートはわずかに顔を背けた。そんなことは問題ではないと思った。が、沈黙を守り、ロビンに目を向けた。自分にはモルドレッドの銃士隊を打ち破るどんな策もないが、ロビン・フッドには作戦があるらしい。
 ロビンは一同の視線を受けると、やや厳しい顔つきで切りだした。
 ロビンはパレスチナとフランスで戦った銃士隊について説明した。昼間は並の人間とおなじように死ぬが、夜は無敵の兵として蘇ることも含めて話した。
 ウィリアムらイングランドの貴族はその話をにわかに信じることができないようだった。
「馬鹿なことを。死体が動きだすなど本気で言っているのか」
「だが、そのような兵隊をあの男が持っているならロンドンを落としたことも納得がいく」ロバート卿が言い、ロビンに向かってうなずいた。「私はその死兵とやらをじかに見たことがある。ロクスリーの言うとおり、あれは人ではない」
「問題は彼らが人間離れした身体能力を発揮することです」とギルバートがはじめて口を開いた。「しかも、斬っても傷がふさがってしまう。サラディンもついに打ち破ることはできなかった」
 なんと。あのサラディンが。
 天幕の外でもざわめきが広がった。サラディンの強さは音に聞こえている。ロビンが言った。
「私の部下が実際に死兵と戦っています。やつらは首を落とせば死ぬ」
「あなたの部下は死兵を倒したのか?」とロバートが食いついた。
 ロビンはうなずき、「サラディンがパレスチナで実証したことです。首を落とせば彼らも死ぬ」
「ロンドンから逃げだした兵らから、化け物と戦ったという話は聞いていたが、死人が動きだすなどと……」
「パレスチナでは我々もサラディン軍の虚報とみて信じていませんでした」
 ギルバートが言った。ロビンは少し声を大きくした。
「モルドレッドの死兵は今現在王都にいる。兵に化け物と出くわしたときは、首を落とすよう徹底してもらいたいのです。なんの知識もなく戦っては我々の兵は潰走することになる」
 トマス・ボーフォートが立ち上がった。「私は銃士と戦うことに賛同したが、化け物と戦うために貴重な兵を連れてきたわけではないぞ」
「彼らは光をいやがって隠れている。戦うとしたら昼間の今しかない」
「私の兵は化け物と戦うためにあるのではない!」
 ウィリアムが言った。「彼らはあなたをロンドンに呼んでいるのだろう。罠を張り巡らせていると思うが……」
「行かない限り、彼らはイングランド中の街々を襲うだろう」とロビンは言いかえした。「それともあなたはモルドレッドに屈するおつもりか。彼の言うとおり、正統な王権を認め、国王に戴くというのか。数万の市民を虐殺した男のなにが国王だ!」
「ノッティンガムも銃士たちに襲われたのです。市民の大半が難民となってしまった」ギルバートが言った。「市民はみな怯えている。私は後手をとるべきではないと思う」
 長い沈黙の後、ウィリアム・ダンスターは身を乗りだした。
「それで」と老人は言った。「そんなやつらとどう戦う」
 ロビンの作戦はこうだった。東門に戦力を集中させ、城門を奪取する。王都に進入した後は、部隊を三つに分割して進む。生存者を救い出し、ロンドンに火を放つ。
 すでに大量の油を乗せた大八車が大量に用意されている。城門にそい王都を囲うように火を放たせる手はずである。が、中央道には市民の脱出路とするために火を放たないことになった。
 問題はモルドレッドの居場所である。
「銃士隊もすべて死んだはずがない。城門にも姿は見えるが、こちらと決戦するつもりなら、手元に置いておくはずだ。後は夜になるのを待てばいい。が、やつは広い王都を守るだけの兵力がない」
「籠城戦か?」ウィリアムが訊いた。「王都の防壁は捨てて、内部の城にこもるつもりだというのだな。だが、どこだ」
 トマス卿が言った。「防備の固いのはチェスター城だ。大きくはないが堀もある」
「夜までに落とせるか」とウィリアム。「おとなしくやられる男ではないはずだ。罠を張り巡らしているだろうし、そこまで行き着けるかどうかもわからんのだぞ」
「決着がつかなければ、いったんは王都を出るべきでしょう」とロビンは言った。「夜間に彼らと戦うのは得策ではない。焼き討ちを行えば、モルドレッド側にも損害はでる。死兵は可能な限り殺しておくに限るのです」
 貴族たちは王都に火を放つことになかなか賛成しなかった。ロビンは粘り強く説得した。
「死兵とまともにやりあうのはかしこいやり方とはいえない。それに昼間は屋内に潜んでいる。すべての家屋を虱潰しに戦うことはできない」
 街を焼き払うのはパレスチナでサラディンが実際にとった戦法でもある。ロンドンは灰燼に帰すが、死兵を殺すことはできる。
「だからと言って、我々の手で王都に火を放つなど」ウィリアムは耳を疑った。「ばかな。そんな真似ができるか」
 貴族たちは王都への放火に抵抗を示した。第一これを命じているのは国王ではない。草莽の義賊であったロビン・フッドただ一人である。
「ヘンリー王子にお伺いをたてるべきではないか」とウィリアム。「戴冠をしてないだけで、今やイングランドの王はヘンリー王子ではないか」
「ジョン王が死んだと決まったわけではあるまい」とトマス。
「そこがやっかいだ」とロバート。「そもそもヘンリー王子のもとにはろくな兵がいないし、ジョン王を救うための招集に応ずる貴族などいるはずがない」
「ロンドンを焼き尽くして、その後の市民生活を誰が保証するのだ」ウィリアムが言った。
 ロビンは背後のロンドンをかえりみた。
「ロンドンからの難民が少なすぎる。あの男は門を閉ざし出さないつもりだ。王都に生きている者はほとんどいないかもしれない」
「なぜだ?」とウィリアム。
「モルドレッドは王になりたいのです。だが、彼の誤算は王都を奪うために銃士隊をつかったことだ。ロンドンの人々は彼の兵士が一度死んで化け物に変わり虐殺するところを目撃しているはずだ。そんな話が出回って、誰が彼を信奉するというのか」
「すべて隠蔽するつもりなのか……」
「ばかな、いつまでも隠しおおせるものか。ロンドンの市民は何万人もいるのだぞ」
「だからこそです。生きている者がいるうちに救うんだ」とロビンは言った。「王都をその目で見られるがよい。我々はパレスチナの戦場でこの目にしてきたのです。ロンドンでは八つ裂きにされた肉塊が放置されたままだと聞く。もはや屍殺場でしかないのです」
 貴族たちは黙りこんだ。ロビンのまわりでは草がはためく音しかしなかった。長い沈黙の後、ウィリアムが痩せた首を振った。
「やはり賛成できん。王都を今度は火葬場にするつもりか」
「死人になった銃士隊を一掃する手は他にない。夜になればやつらには敵わない」
 ロバートが訊いた。「ロクスリー、その作戦でモルドレッドに勝てるか」
「私はやつに一度負けた。二度負けるつもりはない。それに――」とロビンはエクスカリバーをとった。「聖剣はやつを討ち果たすことを望んでいる」
 この言葉にロバートは椅子を蹴立てて立ち上がる。
「よかろう。私はロビンに手を貸す。市内にもぐりこむことは可能。敵兵は少ない。死兵らが屋外に出てこられない昼間なら、勝てる見こみはある」
 ロビンは首をめぐらした。天幕の外にちびのジョンらの姿が見える。ロビンには貴族たちがひっそりと静まりかえり、互いの出方を窺っているのが見て取れた。このような不気味な話をするには、今日はよく晴れている。現実感がないのだろう。
「ロクスリー」とウィリアム・ダンスターは痩せこけた鼻柱をもみ上げた。「リチャード王はやつの策略にかかり死んだと申すか」
 ロビンは無言。ただうなずいた。
「私の息子は国王に従っていた。仇はモルドレッドということになる」ウィリアムは、痩せた体を力なく立てた。「私もロクスリー卿に助太刀いたす。心ある者は戦の用意をなされるがよい」
 ウィリアムは配下を引き連れ立ち去った。残る卿らも無言で天幕を去り、兵の元に向かった。

○     4

 ロビンは騎上、将士たちを鼓舞してまわった。彼の目前には歩兵射手が居並び、その後ろに長大な槍をもった軽騎兵がいた。ロビンの呼びかけに応じて集まったヨーマンらも三千名ばかり。総数は一万を超すが、史上この数でロンドンほどの大都市を攻めた例はないだろう。ここで敗北すれば日和見の諸侯はモルドレッドにつき、王太子の勢力は大陸まで駆逐されるはずである。
 ロビンが馬上で身を揺らしていると、春先の風がふわふわと漂ってきた。その風は春心地がしたが、硝煙と死の臭いがふんだんに混じっている。彼は戦場にいるのだった。
 ロビンは長らく戦いの人生に身を置いてきた。そんな彼を支えたのは、ちびのジョンやアラン・ア・デイルたちである。彼は自分がなんども敗北したのを知っている。だというのに長い盟友となったヨーマンらや目前に居並ぶ将士たちの期待に満ちた目線はどうしたことだろう? ロビンは遠くを見やる目付きをして、この苦闘をすらありがたいと思った。ジョンやスタートリーたちの助力がただひとえにありがたかった。その期待に応えるために身を捨てようと彼は思った。
 ロビンの背後には、ジョンやアランといった長年彼に付き従ったヨーマンたちがいて、彼の言葉を拝聴している。雑多な武器を持ち寄りロビンの元に馳せ参じた歩兵や弓隊の人々もおなじだった。人々のざわめきや角笛の音がロビンの身体を打った。
 ロビンは馬を左右に走らせ、大声を張り上げた。
「今日我が元に集った勇敢な男たちよ! 例え敵が化け物だろうと、我々は負けない!」
 ロビンが聖剣を引き抜くと、真昼だというのにその輝きは遠目にも明らかだった。エクスカリバーの放つ光芒は、伝説に聞くアーサーのみわざとおなじく、騎士たちの心を奮い立たせた。
「エクスカリバーは真の王を示しはしない! ただイングランドの国土と人民を守るためにある! 今日聖剣を手にする私が諸君に誓おう! イングランドのために死力を尽くすと! 身が朽ちても祖国を守り抜くのだ! 先祖のために、ともに生きる同胞のために! 我らの未来の子らのために! 君たちは中で異様な光景を目にするかも知れない! そのことに臆するな! 我らが敵を打ち払うのだ! ロンドン市民が無益に殺害されたのなら、その魂を天へと返すのは我らの役目だ! 敵は死者の肉体に辱めを与えている!」と言った。「私にはあそこに横たわる者たちが我らの父母兄弟、娘に見える! なぜならば、彼らが我らと血を共にする同胞だからだ! 私は彼らを道に迷わせぬために火を放とう! そのことに責めを負うなら、このロビンが引き受けよう! 我々は死兵を倒すためにロンドンを焼き討つ!」
 この言葉に、兵たちは動揺した。話に聞かされてはいたが、いよいよその時が来たのだ。兵たちはざわめかず、ロビンの言葉に耳を傾けている。馬上のロビンには彼らの覚悟が固まっていくのが分かった。
「あそこには異様な化け物がいる! 諸君も噂に聞いたことだろう! よいか、屋内に飛びこむことはまかり成らん! なれど、万一異形の者に出くわしたとき、その時は必ずやつらの首を落とせ! イングランドに化け物はいらぬ! 今ここに駆けつけた勇敢なる諸君、私は君たちに問いたい! イングランドは誰のものか! イングランドは王侯貴族のものでも、ただ生き物を殺害し、その肉を無用に喰らう化け物のためにあるのでもない! イングランドは我々一人一人のもの! ここに暮らす動植物のものだ! なれど、動植物は物を言わぬ、我らが敵と戦わぬ! ならば我々がイングランドを守るのだ! 今日イングランドを救うのは、他の何者でもなく、ここにいる我々だ! イングランドに平和を! 民に自由を!」
 歓声は瞬々大きくなり、大地を轟かす雷鳴となった。馬はその声に打たれたように歩足をゆるめる。ロビンはその声に応えるように腕を広げ、拳を握り、兵たちに負けじと声を張った。
「なかんずく今日はリチャード陛下の弔い合戦である! なぜならば、獅子心王を奸計に貶め、死に至らしめたのは、王都に居座るモルドレッドなる兇漢の輩! 私は彼が我が同胞とは認めぬ! 我らの上に立つのはあの男では断じてない! 彼が我が領域を侵し、我が先祖を愚弄し、我が同胞を辱めるのならば、私は彼を討ち果たそう!」
 賛同の声が立ち、兵らはそれぞれの武具を掲げた。
「私に必要なのは、諸君らの手助けである! 心に臆病者が兆したときは、祖父母のためにその者を打ち倒せ!」
 ロビンはジョンらのもとで馬を降りると、王都ロンドンに向き直る。ロビンがエクスカリバーを掲げると、兵士たちの熱狂は最高潮にたっした。イングランドに生き残るただ一人の英雄ロビン・フッドは、王都への攻撃を命じたのだった。

○     5

 王都の城壁に長大な梯子が幾本も立てかかり、それに倍する数の縄が投じられた。決死の兵士たちが矢弾にさらされながらも、それらに取り付く。銃士たちの抵抗は激しいものだったが、数百名ではとても防ぎきれない。破城槌で大門を攻められるとそちらに兵のを割かれた。ロビン軍は城壁上の通路に次々と躍りこみ銃士たちを討ち取っていく。
 軍勢は内側から門を開こうと、城壁内部に進入した。階段を下り通路に至った騎士たちは、遠雷のようなうなり声を聞いた。まるで彼らの到来を喜ぶように喉を鳴らしている。それに明かりがない。真っ暗だった。銃士たちの反撃もない。攻撃隊の隊長は背後の仲間に手を振って、
「死兵がいるぞ。松明を用意しろ」

城壁の窓を突き破り、兵士たちが落ちてくる。咆哮がロビンの元まで届いてきた。騎士たちは大量の槍を持ちこんで悪霊を串刺しにしようとしたが、化け物はなかなか死なない。
「ロビン、城壁内を抜くのは無理だ」とアランが言った。
「縄を逆側にかけて降りるようにいえ。内部の兵は撤退させろ」
 ロビンの目線は自然ギルバートの攻める城門に集中した。
 ロンドンの城門はモルドレッド自身の攻撃で疲弊していたが、それでも破城槌の部隊は手こずっていた。ロビンの隣にきたウィリアムが、
「夕まぐれでも死兵は動けるか?」
「やつ等が恐れるのは真昼の光です。夕刻もしくは暗がりなら力を発揮してきます。こちらの動ける時間は限られている」
「もし昼の内に決着が付かなければ撤退すべきと思うか?」
 ロビンは不敵にうなずいた。「この数で化け物共を相手にするのは自殺行為ですよ」
「しかし、君の部下が死兵を倒したと聞いたが?」
「やつ等は集団になったときが厄介だ。群れで襲われたら、とても首を刈ることはできんでしょう。だから、サラディンは自国の都市に火を放ったのです。兵を殺さぬためには焼き殺す以外に手はない」
「では火を放つだけで兵をいれなければいいのでは?」
 とトマス・ボーフォート・ウォリックが言った。
「それをするには王都はあまりにも広すぎる。それに外に出たところで奴等は自由に動ける。兵に恐怖心が生まれる前に初戦でやつらを叩くべきだ」
「決戦は避けられないと見るべきか」
 とウィリアムはため息をついた。
 そうしている間にも、兵士たちは城門の内側にたどり着いていた。彼らは銃士隊の銃撃を受けながらも、巨大な巻き上げ機を懸命に降ろしていく。モルドレッド軍の銃撃も激しかった。鎖に銃弾がはじけ激しい火花を散らしている。ロビン側はこのため、巻き上げ機に近づくのもままならない。後続の弓兵が隊伍を組み、街側にいる銃士に向けて応戦を始めると、ようやく作業にも人心地がついた。

○     6

 大門が地に降ろされると、ロビンの軍勢は一つの大きな矢のようになって雪崩れこんだ。トマスとロバートの軍勢が左右に分かれ、ロビンはウィリアム・ダンスターと共に中央道に乗りこんだ。ロビン・フッドは異様な光景に息を飲んだ。「なんてことだ……」ノッティンガムなど比較にならない、あまりにも悲惨な情景だ。王都の壁面や街路を、どす黒いペイントが覆っている。それは元は人の体内にあった血液が、なにかの拍子に散らかったものだった。辺りには千切れた肉塊が転がり、臓腑をまき散らしている。小路は足の踏み場もなく、腐った肉だらけとなっている。犬や家畜すら死に絶えていない。手足生首が無造作に転がり、そのうちのいくつかにはハッキリと食われた痕跡があった。戦闘で死んだ兵士も多くいたが、そのほとんどは、王都から脱出しようとし、果たせず死んだ市民たちだった。
 最初のうち、ロビンが感じたのは激しい憎しみだった。けれど、歩くたびにその怒りは足下から抜け落ちていき、抜け落ちた後から悲しみが支配するようになっていった。むき出しの骨、むき出しの脳に蠅が真っ黒にたかり、道路は腐った血痕で真っ黒だ。余りの臭気に人々はむせこみ、おおかたの者が糧食を吐いてしまった。隣に立つジョンがはっと息を飲んで目を伏せる。ロビンがその方角を見ると、へし折られた街路樹に人の腸が垂れ下がっていた。強烈な力に引き裂かれたとしか思えない遺体の数々に、ロビンはパレスチナの地獄が、いよいよイングランドに及んだのだと自覚した。自分たちはその地獄にもどってきた。
 ロビンはロンドンを進みながら遺体に手を合わせ、十字を切った。燃え草となるものには油をかけてまわらせた。街路には家財道具や壊れた家の残骸も散らばっている。火を放てばあっという間に広がるだろう。死んだ人たちを手向けるのには、炎をつかうしかなかったのだ。
 ロビンが感じたのは、これはひどくなっている、ということだった。モルドレッドの死兵に壊滅させられた都市は数多あるが、ロンドンの規模はそれらの比ではない。これほどの規模の攻撃を仕掛けたのはやつ自身もかつてないことのはずだった。いくらモルドレッドでも、これだけの数の死兵を統率できるのか? ミュンヒハウゼン男爵は、死兵とはモルドレッドが銃士らにまったく異なる悪しき魂を埋めこんだから起こるのではないかと推測していたが、もしそのとおりならその魂はまったく悪辣きわまっている。ロビンの心を埋め尽くした悲しみは、彼をこれまで突き動かしてきた闘争心とはほど遠かった。女こどもも老人も、みんな余さずに死んでいる。結局自分は王都を解放しに来たのでも誰かを救いに来たのでもなかったのだ。新たな死を生み出しに来たのである。
 ロビンに古くから付き従う人々は、彼を守るように、あるいは彼を頼るようにしてロビンの周りに集まった。粉屋のマッチは目玉を踏んで悲鳴を上げ、赤子の死体に十字をきり、背後の死体が生き返るのではないかとふりむいた。大方の者がおなじような気持ちでいた。ロビンの軍隊は戦う前からすっかり怖じ気づいていた。
 アーサー王が未来の我々になにを託したのかロビンは分からなくなった。だが、道路の中央に転がるこどもの完全な遺体を見たとき、それが牧村洋一の姿と重なったとき、ロビンの決意は急速に固まったのだった。
「アーサー王はこんなことのために、エクスカリバーを託したのではない!」
 ロビンは立ち止まると、部下たちを叱りつけた。
「目を背けるな、ここでなにがあったかようく見ろ!」
 みんなは今こそロビンのいった言葉を理解した。ロンドン市民が辱めを受けた。そのとおりだ! 王都に火を放ち、亡くなった人たちを火葬する。そうすべきではないか! このような惨い殺し方をするべきではないし、また受ける謂われもないとみな思った。ロンドンを焼き撃つことに異を唱える者はもはやいなかった。死者を悼む気持ちがあるならばそうすべきだと考えたのだ。
「これが我らの敵のなしたことだ! これを許してはならぬ! 目の前の光景に臆するな! 二度とこのような事が起こらぬように戦うんだ! イングランドを救うのは、今ここにいる俺たちだ!」
 ロビンは予定通り、生存者の捜索と焼き討ちのための部隊を市内に散開させた。ジョンがロビンの耳にささやいた。
「これでは生きている者がいるはずがない。探すだけ無駄だ」
「よく見るんだ!」とロビンは叱った。「壊れていない家、戸締まりが確保された家を中心に声をかけて回れ。市民が立てこもっている可能性が高い」

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