ねじまげ物語の冒険 全文掲載!

◆ そして、エンドマークの鐘は鳴る

 ロビンとちびのジョンが、臨時政府のある、ノーフォークに戻り、ヘンリー王太子にすべてを報告したのは、それから少し、後の話だった。城では、宴が催されたけれど、ロビンとちびのジョンは、すぐにそこを抜け出して、堅苦しい衣服も脱ぎ捨て、昔のように乞食よろしく、自由気ままな格好をして、近くの森で待つ、仲間の元へともどっていった。そこでは、仲間たちが、昔日のシャーウッドがそうであったように、森で鹿をうち、思い思いの腕を振るっては料理をこしらえ、ビールに、ワインの飲み物に、王侯貴族の食卓にも負けない、とびきりのごちそうを持ちよって、酒宴を開いていたからだ。ロビンとジョンは、すぐにその輪に飛びこんで、苦しいことも、痛かったことも、辛かったことも、悲しかったことも、みんな忘れてしまったのだった。
 男も女も老若も、すべて等しく朗らかに、笑声を上げ、人生を称え、この一時を楽しんでいる。こうでなきゃならねえ、と、ちびのジョンは、腹の底からそう思う。そう思って、盛大な笑い声を上げる。ロビンと、俺のまわりは、こうでなくちゃ。こうでなくちゃ、なんでみんなが集まるもんか。人間は、楽しいことしかしたくねえのだから。ちびのジョンは、喜びと、嬉し涙をかみしめる、気持ちに一区切りがつくと、大きな足音を鳴らして、踊りの輪に加わる。
 その宴の最中、ずっと走り回っていたのは、二人の少年たちだった。男爵も元気になった。すべてが元通りだった。もう、ウィンディゴの心配もない。
 洋一と太助は、初めて出くわす盛大な酒宴に、驚き喜び、夢中で走り回っていた。その騒ぎにも、いつか疲れて、いつの間にか樫の根元に二人、思い思いの食料を掻いこみ座りこんでいた。洋一は、大きな葡萄をつまんでは口に運び、太助は幹にもたれて、ワインをちびちび。生まれて初めての、ほろ酔い気分でいる。騒いでいる騎士たちの姿が見える。ギルバートら堅苦しい人たちも、この騒ぎに参加していた。ああ、ロビンやジョンも見えた。みんな、本当に楽しそうだ。この世界に来て、いろいろと苦労もあったけど、最後はこんな風で良かったと、彼らは思う。ハッピーエンドにも、いろいろあるけれど、ロビン・フッドの物語の最後が、こんな具合で、彼らは満足した。悲しみも、冒険も、もう十分だし、それもみんな、帳消しになった気がした。
 そして、二人は、いつしか仲の良い本当の兄弟のようにして眠りこんでいたのだけれど、その夢から覚めたのは、奥村と男爵が緊迫した顔で、側に来ていたからだ。二人とも、慌てた様子で、少年たちの肩を揺り動かし、目を覚まさせようとしている。
「お前たち、急げ」
 と、すっかり元気になった男爵が言った。彼は宴のせいか、また十歳ばかり若返ったようだった。
「エンドマークの音じゃ。もう物語は終わってしまう!」
「エンドマーク?」
 と、洋一が訊いた。二人は、耳を澄まして聴いた。太助がこう言った。
「本当だ。鐘の音がする」
「物語が終わりに近づいておるんじゃ。我らは、もう去らねばならん」
 ミュンヒハウゼンの言葉に、二人はいっぺんで目が覚めた。よく見ると、周囲の景色は、薄れて白っぽくなっている。洋一は、自分の目が、白内障にかかったのかと思ったが、男爵と奥村の姿はよく見えた。
「もう行くの? みんなとは、これでお別れ?」
 と、彼は訊いた。男爵は、厳かにうなずいた。洋一は、エンドマークの音に耳を澄ました。その音は、鐘の音のようでもあり、太鼓のざわめき、オーケストラの潮騒のようでもある。ざわざわと、心をくすぐる素敵な音だ。それは、物語が素敵な終わりをしようとしているからだと、洋一は思った。
 男爵は、真剣な顔で、洋一の顔をのぞきこんだ。
「みなに別れを告げる暇はないぞ」
 洋一は、名残惜しさを一瞬顔に見せたけれど、次の瞬間には、さっぱりとした顔をした。
「いいんだ。みんなとは、たくさん話をしたから」
 太助も、森を振りかえった。
「本当に良くしてもらった。素晴らしい本だった」
 二人の少年は、いつのまにか手を取り合っている。そして、寝静まる仲間たちの光景、この世界で見る最後の景色を、視界に納める。洋一は言った。
「これでいいんだ。だって、全部丸く収まった。別れの挨拶なんてしたら、ハッピーエンドも台無しだよ」
「いいのか」と、男爵は訊いた。洋一は、森を見たまま答えた。
「うん。最後は、笑顔でおしまいにしたいんだ。昔読んだロビンの最後は、悲しかったから。今度の本は、これでおしまいにしたい」
「洋一がいいんなら、ぼくも文句はないよ」
 と、太助が言った。
「えらいぞ、二人とも」
 と、奥村。
 四人が同時にふりむくと、そこに物語の世界はなく、外へとつづく真っ白な道が延びていた。洋一は、その道を歩きはじめた。その道は、色のない割りに固い感触で、高い靴の音がした。
 やがて、四人の歩く道はなくなり、彼らは真っ白な世界を、ふわふわと飛び歩くようになった。
 エンドマークの楽曲は、高らかに鳴りつづけた。

 ロビンの物語は、こうして幕を閉じた。けれど、牧村洋一と仲間たちの冒険は、まだまだつづく。けれど、それはまた別のお話。別の機会に物語るとしよう。何事にも幕引きはあるし、そうでなくては、次の話は始められない。物語はまだ、たくさんあるし、それに、物語を紡ぐ口も、まだまだたくさん、残っている。
 ともあれ、この物語が、これで最後でないのは喜ばしい。洋一少年は子供だし、子供は駆け回るのが大好きだ。物語を駆け回る少年の姿は、いつだって魅惑的だから。
 語ったことは多いけれど、語り残したことも、また多い。
 それでは、物語の幕がまた開く、その日まで。
 ご覧になる方が、たくさんあると、いいのだけれど。

◆    お し ま い

 

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