ねじまげ物語の冒険 全文掲載!

◆第三部 果てしない物語のちょっとした終幕

◆ 第一章 ノッティガムを攻めたロビン・フッド

 

□  その一  シャーウッドのロビン、ノッティンガム州長官にふたたびおまみえすること

○     1

 ロビンは三艘の船を率いて、シャーウッドを目指していた。彼は十字軍の男たちを甲板に集めた。その船にはギルバートもふくめて五十名ばかりの騎士たちがいる。
 どの顔も憔悴し、ジョン王の謀略に腹を立てていた。国王は、十字軍で勇敢に戦った貴族たちの領土を没収していたからだ。騎士団の身分は剥奪され、家族は散り散りとなっている。大陸での浮浪は、イングランドにもどっても変わることはなかったのだ。
 イングランド各地では諸侯が反抗し、田畑の荒廃は著しい。そこにモルドレッドが加わっている。ギルバートたちの絶望は深かった。

 さて、ロビンのかたわらにはシャーウッドの男たちが控えている。目前には、獅子十字軍の騎士たちが居並ぶ。みな地べたに座りこみ、立つ気力もないように見えた。
 ロビンは騎士たちを前に、箱の上に立ち、じっと目を閉じていた。やがて、怒りに満ちた空気は静まり、どの男もロビンの言葉を待つようになった。
「どうするんだ、ロクスリー」とギルバートが言った。彼はもはや立つこともできない。「俺たちは領土を没収され、もはや騎士ですらない」
 お主も今ではただの人だ、とは、ギルバートも言えなかった。しかし、伝説の男ロビン・フッドの周りにも、今や傷ついた二百名ばかりの人しかいない。
 我々だけで、国王軍と戦うのか、と誰かがつぶやいた。ざわめきが起こった――ジョン王はロンドンにいる。王都を落とせるはずがない。いや、王都はすでにモルドレッドに制圧されたという噂だ――心配が次々と皆の口に上りだし歯止めがなかった。
 ロビンが目を開くと、人々は一人また一人と口を閉ざす。彼はそのざわめきが尽きぬうちに言った。「なにを騒いでいるのかわからんな」
 ギルバートたちは殺気だった。彼らは口々に反論したが、ロビンは負けずに騎士たちを沈めた。
「シャーウッドにいたころから、我々が優勢だったことはただの一度もない。こんなことはざらにあることだし――お前はもう慣れっこだな、ちびのジョン」
 いかにも、とジョンは言った。長い付き合いのジョンはわかっていた。ロビンは外見に似合わず、短気な男である。不遇の時代を長く過ごしたせいと、その強い意志の力で押さえこむことはできるが、不平不満ばかり述べる騎士たちにすっかり腹を立てていた。ロビンは口辺に怒りをみなぎらせ、力強く次のように述べた。
「不満や愚痴を口にするものは、人のせいにしはじめる! それではなにも変わらない! 今必要なのは沈黙、後は行動あるのみ! 十字軍で勇敢に戦った君たちが、なぜ今になって臆病風に吹かれている! 足りないのは身分、兵力、大儀か! 人が行動を起こすのに必要なのは、そんなことではない!」
 ギルバートたちはロビンの言葉に傾聴しはじめた。ロビンの声に宿る熱気が人々の身を今一度振るい立てようとしていた。傷ついた騎士たちの心に、ロビンの言葉が熱した鋼を打つ槌のごとく響いた。
「兵がいないというなら外を見ろ。イングランドに心ある人々はいくらでもいる。シャーウッドに集まった義賊はじつに多くたのもしかったぞ。俺はイングランドを救うために立ち上がる人たちはかならずいると信じている。俺はそれらの人のために力を尽くしたいのだ。彼らが俺を信じるなら、俺はこの身が滅んでもかまわない!」
 ウィル・スタートリーが折れた腕を抱きながら、おごそかに告げた。「俺はあんたに従うぜ、ロビン・フッド」
「供が必要だろう、おじき」
 とガムウェル。アランたちが、それぞれ武器を取り上げこれにつづいた。最後にジョンが一同を代表して進みでた。
「俺はロビンとともに死にてえ。俺が言いてえのはそれだけだ。俺は生まれてこの方、ヨーマンでしかなかった。そのことに、誇りをもってる。だから、俺を育ててくれた人に誓いてえ。イングランドのために、働くって。俺のこの身は正しい事をするためにあるんだから。ロビンといれば、それができるんだって信じてる」
 一座はしんと静まった。人々は口を閉ざし、けれどその奥底では何万という言葉が声となってうねっているようだった。彼らは口を閉ざしているけれど、ついに目を覚ましたとみてとれた。
 ギルバートが剣をついて立ち上がる。
「ロクスリー、許してくれ。俺は身の不運を呪うばかりに自分が騎士であることを忘れていた。騎士とは剣を肩に受けなるのではない。行いで騎士たることを示すのだ。俺は騎士の家に生を受け、騎士として訓育を受けてきた。両親、先祖のために今は戦いたい」ギルバートは騎士たちをかえりみた。「俺はロクスリーとともに行く!」
「俺もだ!」
「俺もだ!」
 賛同の声は重なり合い、大空に轟くようだった。獅子十字軍で立派に戦った人々は、ついにその勇気と義侠心を取りもどし、口々に雄叫びを上げ、互いの体を叩き合ったのだった。
 マストの上では太助と洋一が、そんな大人たちの様子を見おろしていた。
 こうしてロビン・フッドは呪われたこどもたちを連れて、ようやくシャーウッドへの帰路についたのだった。

○     2

 ロビン・フッドが海上にて旗揚げをしたころ、ロンドンは落城しかかっていた。国王軍はわずか三千名ばかりのモルドレッド軍をいともたやすく弾きかえしたが、夜間になり形勢は逆転した。城壁をとり囲んだ黒衣の軍隊は、無敵の強さを発揮しはじめた。その部隊が王都に進入すると、城門は閉じられ、王都は阿鼻叫喚の地獄図絵と化した。その兵にはわずかな明かりすら必要なかった。伝説に聞く悪魔の数々が市民を襲う。彼らが血肉を食らいはじめると、国王軍の大半が戦意を喪失した。ロンドンの民間人は逃げ場すらなくし屋内に閉じこもった。
 闇と殺人の猛威の中で、人々は暗闇に息を潜め、隣人の悲鳴に耳を閉ざし、こどもたちの口をふさいだ。パレスチナでサラディンの味わった恥辱の数々が、イングランド人の身に降りかかった。
 モルドレッドの正体を知っていたのは、たった一人だった。
 国王軍を蹂躙すると、軍隊は市民の殺戮を繰りかえした。銃士隊がついに王宮へと迫ると、彼女は王宮の地下へと逃げこんだ。

○     3

「あ、あやつここまで追ってくるのか。どういうつもりじゃ」
 モーティアナは二匹の蛇をつれ、地下水をはね散らかし、もつれる足を急がせていた。立ち止まると、背後をかえりみ、男の存在を感知する。懐をまさぐり、水晶球をとりだした。体温が異様に上がり、彼女は苦痛に喘いでいる。老いさらばえた心臓が血液の流れる速度に耐えかねる。体温を上げているのは血液自体。管が焼けるようだ。その事実のすべてが、マーリンに呪われし、もう一人の帰還を告げていた。まちがいない、あやつ本物じゃ――
「ああ、尊師、やはりあやつめであります。あなた様のおっしゃるとおりでありました」
 モーティアナは水晶球をなでながら、そちらを向いていなかった。洞穴の入り口側に目を向けていたのだが、水晶が輝き、ウィンディゴが姿を現すとそちらに向き直った。
「わたくしめはどうすればよいのです。あやつは化け物、何者にも従わないとあなたが申したとおり……」
「手筈ならばすでに申したはずだ、モーティアナ」
 底響きのする声を聞くと、モーティアナは不思議に落ち着きをとりもどした。
「忌々しいのは小僧どもよ。本当にロビンを復活させおった」
「まさか、あの小僧がそうしたとでも」
「すべては本の力よ。よいか、伝説の書のことは、モルドレッドには申すな。わしが出ればあやつは従うまい。やつに取り入り、背後から操るのだ。うまくやれ」
「はっ……」
 モーティアナは深く頭を垂れた。それよりも、モルドレッドはすぐそこまで迫っている。彼女は水晶球を大切に布に包み岩棚に押し上げると(岩に置くときは、失礼いたします尊師、と労りをこめて口にした)、自身は別の物を抱え、モルドレッドを待ち受けた。

○     4

 モルドレッドは怒りにくれながらも謎の女を追っていた。モルドレッドは五百の魂を体内に巣くわせる男である。体に対する感受性も五百人分だ(だからこそ人並み外れた身体操作能力を引きだすことができるのだが)。だが、痛覚もおなじだ。なぜだ? いったいなにが起こっている? なにがあったというんだ?
 そのとき、彼の脳裏に浮かんだのはたった一人、三百年前に彼を闇に葬った男であった。
「マーリンか? やつが生きているとでもいうのか?」
 だが、そのはずはない。マーリンが死んだからこそ、彼は自由になったはずである。モルドレッドは全身に跳ね返る焔を押さえながら、女の元に急いだ。彼はそやつに会ったこともないというのに、老婆であることを知っていた。マーリンから受け継いだ呪われた血液が相手が老婆だと教えているかのようだ……。
 モルドレッドは足を止めた。視界の先に小柄な人影が現れたからである。
「何者だ?」
 怒りとともに黒剣を抜くと、彼の筋肉は反するようにして痙攣を起こし剣を取り落とす。
「モルドレッド卿……」
 と老婆は言った。両手でなにかを抱えている。布に包まれているようだった。
「ほう、俺を知っているか」
 モルドレッドは剣を拾わなかった。老婆の並々ならぬ力を感得したからである。彼は足を滑らせつつ、老婆の正面から身を外した。無駄と知りつつもより深き影へ身を潜ませる。
「そうか、お前が王家に仕えるという魔女か。ここでなにをしている。なぜこの洞穴に逃げこんだ!」
「お気づきでありましょう。アーサー・ペンドラゴンが遺子、モルドレッド・デスチェイン卿。いや、円卓の騎士、最後のお一人と申すべきでありますかな」
「なんだと?」
 こやつ、なぜ俺の正体を知っている?
 モーティアナは話を進めた。「あなたはお気づきなのではありませぬか。ここは師マーリンの残せし洞居にございます」
「師? 師だと? お前がマーリンの弟子だと申すか!」
「御意。ようやく仕留め申した。それというのもあなたを解放せんがため――」
「ふ、ふふふ、なにをいう。マーリンの弟子だというなら、貴様もただの年ではあるまい。俺を知る貴様が、俺の味方だと申すのなら、なぜこれまで行動しなかった! 何百年も放擲したのはなぜだ! なにを企む!」
「お気づきなのではありませぬか」
 モルドレッドはハッと黙りこんだ。モーティアナは彼の気をこめた怒声にもまるで動じていない。
「わたくしめはマーリンの血を受けただけの者。あなたとおなじく。師にかのうたのは師の力が弱まりしため。ゆえにあなたを救いだすことに成功いたしました」
 モーティアナの声は左からした。モルドレッドがくらむ視界をそちらに向けると、老婆はすぐ脇に立っていた。
「あなた様にはこれを……」
 モーティアナが手にした物から布をはぎ取る。そこにあったのは人の生首であった。
「ジョンか?」
「いかにも、宿敵リチャードの弟であり、現国王、ジョンにございます。くだらぬ、フランスから渡りし、似非王朝の血筋の一人……」
 モルドレッドは黒剣を拾った。モーティアナが飛び退き、その手からジョンの生首が落ちた。
「ジョンの首は差し出し物に過ぎませぬ。あなた様はお気づきでありましょう。我らの体に流れし血の巡りを。この血の響きがあなた様の力を強くする」
「マーリンの力か。俺には不要なものだ!」
 モルドレッドは黒剣を振るったが、モーティアナも幻術を使い、その剣先から逃れた。モルドレッドがその姿を追ったときには、モーティアナは遙か後方にいた。
「わかっておられませぬな。あなたの敵は現王朝などではない。あなたとおなじ古の血族どもにござりまするぞ! あなた様も魔術は使えぬ。ゆえにわたくしめの微力が必要ともなりましょう」
「やはり解せんな」
 モルドレッドが腕を振るうと、モーティアナの体内で、マーリンの血が荒れ狂った。細い血管をかけめぐり、年老いた心臓を破裂させようとする。血流が脳に集まる。ふくらむ。ふくらむ。頭蓋骨の中で二倍にふくらむ。目玉が押し出され、モーティアナは身を反り返らせ、
「お、おやめ下され! わたくしはあなたの味方……」
 モルドレッドは術を解き、モーティアナの体は地に落ちた。モルドレッドは腕を返す返す見つつ、
「力が強くなったとは嘘ではないとみえる。お前の望みはなんだ」
「宿敵の抹殺……」
 とモーティアナは長い爪を舌になすり、そこから流れでた血を指先にすくいとると指輪をさすった。闇の中に二人の少年と老人、もののふの姿が浮かび上がる。
「こいつは……?」
「憎むべき小僧共にあります」
「だが、この者は」とモルドレッドは少年の一人をさした。「この者ならば俺の呪いで死に瀕しておるわ。貴様の宿敵とはこんなやつらか」
「あなどるなかれモルドレッド卿。いや、真王。あの小僧めは只者ではありませぬ。ロビンを蘇らせたのはやつとやつの三人の守護者にあります」
 なんだと? モルドレッドの心に疑念が差した。確かに妙だ。ロビンは魂を抜かれあのまま死に至るはずだった。なぜ呪いを跳ねかえすことができたのだ。
「俺の力を跳ねかえしたのはこやつの仕業だとでもいうのか」
「御意」モーティアナは取りなすように言った。「わたくしめも古のイングランドの血筋、フランスより渡り来たプランタジネット朝など認めておりませぬ。この国の真の王たり得るのは今は滅びしアーサー・ペンドラゴンの血を引く貴方様のみでござります」
 モルドレッドは黙りこんだ。慎重な目付きでモーティアナの顔を舐めるように見た。確かにロビンは魂をなくしあのまま死に至るはずだった。俺の力を跳ね返したのはあの小僧か。
 モーティアナは五百の目玉に深々と心を覗かれるようだった。
「よかろう」と彼は黒剣をおさめた。「だが、貴様を信用したわけではないぞ。逆らえば必ず殺す。マーリンの力ならば、奪い取ればすむことだ。俺が聖杯の力を得ていることを忘れるな……」
 モーティアナは応えず、深々と頭を下げた。モルドレッドはやや薄気味悪げにその場を後にした。モーティアナの側にウィンディゴが現れほくそ笑んでいることには最後まで気づかなかった。

○     5

 シャーウッドに帰り着いたロビンにもたらされたのは、ロンドン落城の凶報だった。モルドレッドはイングランドを大混乱に陥れている。
 多数の噂がロビンの元にもたらされた。が、ロビンの周りにもシャーウッド以来の仲間と十字軍がいるばかり。ジョンら義賊一党は歯噛みをして手をこまねくしかない。
 ロビン・フッドは、兵力が整うのを待つしかなかったのである。

 シャーウッドの状況は悲惨だった。なつかしい森はアジトを中心に焼き討ちにあい、立派なブナや樫の巨木も炭となって無惨な姿をさらしている。ロビンは以前のアジトよりさらに奥深くへと拠点を移した。ロビンの新しいアジトは(古いアジトもそうだったが)森役人が近くに寄ってもおいそれとはわからないよう、樹木の合間に網を渡して蔓を這わせ、アジトの内部がのぞかれないよう何重にも封鎖してあった。ロビンがいざというときのためにあらかじめ用意して、そのまま放置されていた古いアジトだったが、作った本人たちもすっかり忘れていたのだからなんとも具合がよかった。モーティアナに告げ口する者もなかったし、蔓草がすっかり成長して分厚い壁となっていたからだ。ロビン帰還のうわさが伝わると、さっそくノッティンガム州における困窮した貧民たちが彼を頼って集まりはじめた。それとともに、タック坊主たちの現状もわかった。彼らはモーティアナの襲撃をうけたあと、バーンズデイルの森に退き、そこで、リチャード卿の息子の保護を受けていたのである。
 洋一と太助は森を歩きながら今後の方針を話し合っていた。まずは奥村とミュンヒハウゼンに会わなければならない。モーティアナやウィンディゴには殺されていない、きっと生きているはずだった。その上で、モルドレッドのことを伝えなければ。少年たちの悩みはつきない。
 太助は急に立ち止まった。「その右手は大丈夫なのか?」
 洋一は右手を持ち上げて(まるで腕自体が錘になったみたいだ)、呪いの箇所を見た。
「海に出てから痛みもましなんだ。たぶん、モルドレッドが近くにいないせいだよ」
 太助は安心したようにうなずいた。それから周囲に誰もいないのを確かめるように後ろをみた。大人たちはみんな離れた場所にいる。ともあれ森中に難民がいて二人は過ごしにくかった。異相のこどもはとにかく目立ったのだ。
 太助は首を戻し、
「その呪いを解くためにもウィンディゴを倒そう」
 太助は洋一をうながしてふたたび歩いた。
「リチャード卿の城は州長官に攻められてるって。きっとウィンディゴだよ」
 と洋一は言った。落ち延びた森の仲間に、二人の異国人が混じっていたという話を聞いていた。
「男爵と父上はきっとリチャードのお城にいるにちがいない。タック坊主たちと城に立てこもっているんだ」
「だから、ウィンディゴは州長官に攻めさせたんだよ。ロビンたちは作戦会議をしてる。みんなを助けに行くつもりだ」
「ぼくらも絶対に付いていくぞ。ロビンだって、ウィンディゴや魔女と戦えるわけじゃない。魔術に対抗するなら、男爵と伝説の書が絶対に必要なんだ」
 洋一はうなずこうとしたが、不安のあまりうつむいた。
「男爵はもう創造の力が使えないじゃないか。ウィンディゴが言ってたんだ。創造の力でわしと勝負だって。だけど、ぼくは……」
「洋一、男爵は力をまったくなくした訳じゃない。それにあの人の知識があればうんと助かるはずだ。恭一おじさんとだってつながりがあったんだ。君の名付け親だぞ。伝説の書にだって詳しい……どうしたんだ?」
 と太助は急に涙をためた洋一に驚いた。彼が涙ぐんだのは太助の言葉がありがたかったからじゃない。恭一おじさん……。よく考えると、この少年の口から父親の名前が出たのはこれが初めてだ。それに父親のそんな呼ばれ方を耳にしたのは初めてだった。彼はただ、父親と深いつながりのある友人がすぐ側にいることが分かって急に心がゆるんだのだ。
「ごめんよ、泣くつもりなんかなかったんだ。ただ、ぼく……」
「いいんだ。君にばかり任せてすまないな」と太助も肩を落とした。「ただぼくの剣術はあいつには通用しない。ロビンだってあいつには敵わない」吐息をついた。「それにイングランドにもどってから、ぼくも変な感じなんだよ」
 洋一はふいに涙が引っこんだ。
「モルドレッドはロンドンを攻めてるんだろう? ロビン・フッドは軍隊を集めてる。規模がどんどん大きくなってるだろ?」
 つまり太助はもう個人の戦いを超越して手に負えなくなってきている、ということをいっているのだ。
 洋一も気落ちしていった。「こうなったら、ぼくらじゃあ……」
「うん。だからこそロビンから離れずついて行かないといけないんだ。要するにウィンディゴは悪い方に物語を創造してるんだろ? ぼくらも創造の力で対抗するしかない。あいつはその勝負をしたがってる」
 洋一は少し驚いた。勝負をしたがっているとは変わった物の見方だ。太助が顔を上げて洋一を見た。
「ロビンをフランスに呼び寄せたように、物語を導くことはできるはずだ」
「うん……」
 と洋一は返事をしたが、その声に力はなかった。肩も沈んで目も地面ばかり見ている。太助の役に立ちたいとは思った。でも、あまりに責任が重すぎる。ウィンディゴの恐ろしい姿が頭に浮かぶとそれだけで胸が締付けられる、足が震えてしまう。
 太助が励ますように肩をつかんだ。
「大丈夫だ。今度は男爵がいる。君はぶっつけでもうまくやったんだ。先生がいればきっと大丈夫だとも」
「先生? 男爵が?」
「そうさ。男爵なら本の使い方を教えてくれる」
「う、うん」
 今度はもう少し強くうなずいた。
 太助は先を急ぎながらつぶやいた。「だけど、不気味なのはモーティアナだな」
 洋一も気がついた。「あいつ、ぼくらがシャーウッドに戻ったのに手を出してこない」
「ウィンディゴはモルドレッドとモーティアナに手を組ませるはずなんだ。あいつの魔力に銃士たちが加わったら厄介だぞ」
「それに二人ともマーリンと関わりがある」
「あいつらに手を組まれたら厄介だ。もどって食事をとろう。すんだらすぐに出発の準備だ。ウィンディゴは男爵のことを憎んでたから。きっと自分の他に創造の力を持つ人物を許せないんだよ。早く助けに行かないと」
「州長官もやつらの手先なのかも」
 二人はさきほどよりずっと急いできた道をもどっていった。だけど、洋一は気づいていなかった。その右手の黒みが増して、モルドレッドの元を離れて以来弱まっていた痛みが僅かずつぶりかえしてきたこと、死の呪いが膿があふれるようにして皮膚から浮き出てはあらたな宿所を求めてのたうっていることに。

○     6

 サー・リチャードは自らの城が包囲されていると聞いて、真上を見たまま沈黙してしまった。口にこそ出さないが、動かない体が歯痒かったのだろう。
「ロビン、シャーウッドには街の者たちも集まってる。森を空けるわけにはいかねえぞ」
「仕方ない。ギルバートら半数は残そう」
「モルドレッドの前に、州長官と戦うのか」
 リチャードはほんのり笑った。イングランドにもどって以来のロビンの忙しさがおかしかったのだろう。
 ロビンは城に立て籠もったという昔の仲間をタックたちだとみた。森に残っていたという話をジョンが聞いているし、ミドルはタックを頼ってシャーウッドに向かったからだ。
「わたしの城にいた兵隊は四十人ほどだった。タック和尚たちを加えても百名とはいまい」とリチャード卿が言った。
「今は、イングランドの貴族に檄文を回しているところだ。彼らが集まるまで待った方がいいのではないか」とギルバート。
「彼らが集まるのか俺にはわからん。貴族たちはみな十字軍の遠征で疲弊しているし、そのうえジョン王に反乱を起こした者も多いと聞く。それに彼らはモルドレッドと戦うために集まるのだ。リチャード城の奪還に手を貸すとは思えない」
「結局頼りは俺たちだけか」ウィルが吐息をついた。彼は自慢の腕をへし折られて弓も使えない。「あの男に首を刈られるのだけは勘弁だぜ。州長官を破るいい方法は?」
「状況をみないとなんともいえん」とロビンは心許ないことを言った。ともあれ、相手の数もわからないのだからいたしかたない。「この場はギルバートに任せて、我々は出発しよう。州長官側の布陣をみたい」

最新情報をチェックしよう!