ねじまげ物語の冒険の、冒頭部分をチラ見せいたします!

     5

 団野はミュンヒハウゼンがそう宣言したあとも、まだ年若の奥村の方が脅威のようで、表の二人に油断なく視線をはしらせていた。男爵は両腕を上げて、ボクシングのポーズをとっている。団野を挑発するかのように、軽く拳をくりだした。
 洋一の体から、そっと圧力が遠のいた。
 団野は立ち上がり、うめき声をあげながら、ミュンヒハウゼンとにらみ合った。

 最初のうち、男爵は優勢だった。格闘技をかじっていたようで、軽快なジャブをくりだし、右左のフックを浴びせかけたが、団野も狂える闘争本能で盛んに応戦をした。
 男爵は、おそらくは七十になんなんとする老人である。男爵のはなった十発のパンチのうち、八割は相手方をとらえはしたが、団野のはなった二発の渾身のフックと右ストレートが男爵の顔面をとらえると、このはてなき闘争は完全な逆転劇を展開しはじめた。男爵は巧みなボクシング技術で、団野のくりだす闇雲な攻撃をかわしはしたが、あふれ出る鼻血で息を切らし、目にみえてスピードは鈍り、足下も不確かなものとなった。
 団野の拳が、男爵のこめかみをとらえると、奥村が刀に手をかけとびだしかけた。男爵は大手をふってこれを制し、
「来るな、奥村、これはわしとこいつの問題」
 と苦しい息の下で言った。
 洋一は、なんど男爵にサーベルをとってと言いかけたかわからない。だが、彼の目にやどる不屈の闘志が消えさるまでは、その言葉を口にすることはできなかった。なによりも、洋一は見たかった。かのミュンヒハウゼン男爵が、数々の困難劣等をのりこえて、恐怖の院長を討ち果たすところを。
 一方、男爵はその洋一の視線に気がついていた。明るい屋内灯の下で見ればどうだろう、我が名付け子の、惨憺たるようすは。かならず牧村親子を守るといいのこしてきた国の者たちに、もう顔向けもできない。
 だが、男爵の体は、その不屈の闘志にもかかわらず、自らの期待を裏切ろうとしていた。数刻もえない闘争で、体力は尽き果て、膝はその身を支えることすらおぼつかない。
 男爵は団野の狂い獅子のような猛攻をひたすら受けつづけるばかりで、反撃の余力ものこしていない。男爵の必死のブロックは、団野の若い力任せの攻撃を防ぎきれなくなった。男爵の腕は骨も砕けんばかりにはじかれ、団野の拳はついにその身に届きはじめた。アゴをはじかれボディブローをくらい、ミュンヒハウゼンはその身を屈しかけている。
 男爵はボクシング技術を捨てて、団野の腰にくみついた。彼は足腰を奮いたて、団野の体を押しこみ、壁際に体勢をもちこんだ。勢いあまって、ミュンヒハウゼンは頭蓋を壁につきあてたが、もうかまっていられない。団野は拳を振り上げ、ミュンヒハウゼンの痩せこけた老体をうちすえるが、男爵も腰にかぶりついてはなれない。彼は洋一の敵をとろうと必死だった。あまつさえは、この団野が洋一の両親を殺した憎い敵のような気になってきた。
 ミュンヒハウゼンは、足をつっぱって団野の胴体を圧迫した。団野が苦しんで攻撃の手をゆるめる。男爵は一瞬のすきをついて身を起こすと、団野の顎をめがけて、猛烈に身を突き上げた。
 骨の砕ける、いやな音があたりに響いた。男爵の頭突きは、団野のとがったあごを見事にとらえた。団野の体から急速に力が抜け、壁に向かって崩れかかった。
 男爵は身を離すことすら億劫になり、しばらくその体勢のまま団野に身をあずけていた。
 そのうち、団野は壁にもたれかかった姿勢のまま、ずるずると身をすべらせ、そのまま床まで崩れ落ちていった。

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