ねじまげ物語の冒険の、冒頭部分をチラ見せいたします!

     6

 洋一は、自分が気を失っていたのか、そうでないのか、後になっても思いだすことができなかった。だけど、院長が彼の手を引き、廊下を引きずっていた光景を覚えているということは、完全に気絶していたわけではなかったらしい。ともかく、院長は自宅の物置に連れて行くと、その部屋に彼を押しこめた。それから、忙しくて放尿のことを今の今まで忘れていたみたいに、壁に向かってしょんべんをした。
 足下に飛沫が飛んできた。
 その後、院長は洋一の元にもどってきて、テーブルに紙とペンを用意した。書け。と、彼は言った。
「お前がここで暮らすための誓約書だ。言っておくが、これはれっきとした法律にのっとった書類なんだ。汚すなよ」
 と院長は言った。
「お前は、ここで起きたことを誰かにしゃべってはいけないし、俺に逆らってもいけない。養護院の仲間とはうまくやれ。掃除や雑用も、すべてお前に課せられた義務だ。うちではな、子供には労働の義務があると見なしている。お前は働いて、金を稼がねばならん。お前が食う飯のための金を、お前の親父や母親が稼いだみたいに、今度はお前が稼ぐんだ。ここに名前を書け」
 院長は、洋一に紙に書かれた内容を一通り読ませたあと、誓約書の下にある署名欄に、名前を書かせた。
 そのあと、院長が懐からカッターナイフをとりだしたので、洋一は、あ、と声を上げた。
「心配するな。判を押すだけだ」
 と言いながら、院長は、彼の親指を切り裂いた。
 カッとした、痛みがあった。かと思うと、洋一の親指に、見る見るうちに、血があふれ出してきた。
 院長は、指にたっぷりと血がついたことを確かめると、名前の横に拇印を押した。
「これでいい。これでお前は正式にうちの院生となった。お前は以降十年間をここで暮らすんだ。これからは、俺と養護院の生徒がお前の家族だ」
 院長は誓約書を掲げた。
「逃げ出してはいけないと書いてある」
「誓約書に違反したら、どうなるの?」
 洋一は怖ろしかったが、どうしても訊きたくて、その質問を口にした。それに、これ以上は痛めつけようがないんじゃないかという、期待があった。
 院長は、さも心外なことを聞いたと言いたげに、
「それは法律違反じゃないか……そんなことをしたら、どうなると思う?」
 洋一は、うなだれて答えなかった。
「お前は裁判にかけられて、刑務所に入ることになる」
 院長は、保証すると言いたげにうなずいた。それから、洋一の頬をはりとばした。
「そこはここなんかより、何十倍も怖ろしいところだ。そこに入らないためなら、なんでもするという気分に、お前はなる。養護院を変わりたいなんて、そんなことは思ってもだめだ。そんなことはできない。世話になった俺にたいして、失礼じゃないか。しゃんとした俺様がお前をしゃんとさせてやっているというのに。第一どこも似たようなものだし、どこよりもうちがましだからな」
 院長は立ち上がると、扉に向かっていった。
「お前はここにいるんだ。わたしの許可がないかぎり、一歩も外に出てはいかん。出るかでないかは傷の治り具合をみて俺が決める。もし、規則をやぶったときは……わかっているな?」
 院長は部屋を出ていった。出ていくときは、洋一を見もせずに、こう言い残していった。
「養護院、みろくの里に、ようこそ」

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