ねじまげ物語の冒険 全文掲載!

□  その二 レイノルド・グリーンリーフ、ノッティンガム州長官と対決すること

○     1

 ジョンと洋一たちは、慌ててアランを助け起こした。アランは口角から血を噴いて意識をなくしている。この暗闇で正確に当てたことからも、長官の兵に似合わず剛の者が射抜いたらしく、アランの背に突き立った矢は深々と刺さっていた。
 ジョンがアランの首筋に指を当てまだ脈があるのを確かめた。それから矢を抜くこともなく、アランの体を裏返すと、彼を抱きその胸を揺すぶった。「アラン、アラン、しっかりしろ」
「くそ」洋一は石だたみを蹴って立ち上がる。「これをやったのが、森の仲間だったら、絶対に許さないぞ!」
 この言葉は功を奏したのか、さきほどのような弓矢は飛んでこなくなった。なによりもジョンとアランは今や彼らの仲間であり、詳しい情況は誰もわかっていなかった。
 だが、情況はずっと最悪だった。地下道への鉄の扉は足下にあったが、兵隊たちに囲まれ引くことも退くこともかなわなくなった。そして、兵隊たちとともに、ノッティンガムの州長官が、何事だ、何事だと、階上に駆けこんできたのである。

○     2

「レイノルド・グリーンリーフ!」州長官は驚きを隠せずに声を上げた。「騒ぎを起こしたのはお前か?」
 ジョンはうろたえた。「州長官だ……州長官だぞ……」
「ジョン、しっかりしてくれ」太助は鉄の扉と取っ組み合っていたが、その鉄格子を持ち上げるのは誰が見ても無理があった。「あんなやつはほっとけ、早く逃げないとみんな殺されてしまうぞ」
 洋一はその言葉を呆然と聞いた。さきほど転んだときに突いた肘の擦り傷を、腕を持ち上げてとくと眺めた。膝にも傷を負っていることに気がついた。本の世界なのに……本の世界なのに、転んだらちゃんと怪我をしている。洋一は本の世界に来るということを深く考えてこなかった(そんなひまはなかったからだ)。
 洋一は訊いた。「本の世界で死んだら、どうなるの?」
 太助はその目の光りに気がつき、慌てて立ち上がった。「洋一」と彼は州長官たちの方に目を向ける。「君のいる世界は現実でもあるが、でも、ぼくらのいた中間世界だって、男爵のいた本の世界だって、みんなともに現実なんだ。理解していなかったのか?」
「じゃあ、ここで怪我をしたら、ほんとに怪我をするってこと」
「当たり前だ」
「ちょっと待ってよ」
 洋一は膝が震え、立っていられなくなった。彼はその場で尻餅をついた。
「こんな、こんな、相手は大人で、剣を持っているんだぞ。彼を見ろよ」
 洋一はアランの体の下から血の池が広がってくるのを指さし言った。
「しっかりしろ、洋一。危険は承知のはずだろう」
 太助は怒って脇差しを鞘ぐるみ腰から抜くと、洋一に押しつけた。
「やめろ! ぼくは刀なんて持ったこともないんだ」
「ならば、今日から持て!」
「おい、二人とも静かにしないか」ジョンはこどもたちを叱りつけると、アランを床に寝かして立ち上がり弁解をはじめた。「州長官さま、これは……」
「ああ、この不手際を説明しろ」と長官は階段を下りながら居丈高に言った。長官は就寝中だったのか、寝間着の上に豪奢なローブを羽織っている。「その小僧どもはなんだ。上で、ガイ・ギズボーンが何者かに刺されていたが、お前たちの仕業か」
 ノッティンガム州長官は階段の半ばから大声を張り上げた。
「答えろ、レイノルド! さもなければ、また鞭で叩いてくれるぞ!」
 太助が怒鳴った。「ジョンは、ジョンはもうお前の家来じゃない。ぼくらはロビン・フッドを助けに行くんだ!」
 辺りは一瞬シーンとなった。それから、地下室には州長官を中心に、兵隊たちの笑い声が轟き渡った。声は石の部屋を反響して回り、洋一は耳に栓をして跪く。
「ロビンだと? ロビン・フッドだと? まだそんなことをいっておるのか!? やつは死んだ! 遠いパレスチナの地で、いまごろ野良犬のエサになっておるわ!」
 と州長官は言った。州長官のこの言葉と、兵隊たちの笑い声は、ジョンを深く傷つけた。
「お前はまだあのごろつきの盗人を主人扱いしているのか。国王にとりいり、家来になったはいいが、結局自分も死におったわ! なにが自由な森の盗賊だ。貧しい農民に金を配ったというが、やつが死んだときアジトからはおびただしい金銀財宝がみつかったというぞ!」
「でたらめだ」
 とジョンが小声でつぶやくのが、しゃがみこんだ洋一の耳に聞こえた。しかし、州長官はますます興に乗ったようだった。
 長官の言葉とともに、家来たちが雄叫びを上げるものだから、地下室の騒ぎは天を揺るがさんばかりになった。
「ロビンは森に隠れていただけの臆病者だ! 力の弱い商人や僧侶を襲っては、たんまりと財宝をためこんでいた! あいつは善人面をしたくずだ! 自分は能なしのくせに、国王にしたがって、結局はリチャード一世も死なせてしまった! そのあげくを見ろ! イングランドの混迷はなぜだ! ロビンのような残酷な無法者を放って置いたからだ! だが、あの悪党が死んだ今、全ブリテンには善政がしかれ、すべてはよい方に向かうだろう!」
 男たちの歓声が轟いた。洋一が恐る恐る伏せた顔を上げると、ジョンがその肩に手を置いた。彼は血膨れしたような、真っ赤な顔をしている。やがて地の底からにじみあがるような、怒りに震えた声でささやいた。
「だまれ……」

○     3

 ジョンは一歩進みでた。兵隊たちの幾人かがジョンの行動に気がついた。ジョンが離れたので、洋一と太助は慌ててアランにとびつき、兵隊たちから守った。
「黙るんだ、州長官! お前の、お前の言うことは、全部でたらめだ!」
 ジョンが怒鳴ると、州長官は驚いてだまりこんだ。兵隊たちのざわつきが地下を満たした。幾人かが剣を抜き、弓が構えられた。
「ロビンは、ロビンはおたずね者だが、正しい心を持った強い男だった。人を殺めたが、それは弱い者を守るため、お前のように私利私欲を肥やすために人を殺めたことは一度もない!」
「レイノルド・グリーンリーフ!」
「そんな名で呼ぶな!」
 ジョンは雄叫び、木箱の上に駆け上がった。大男なのに飛んでもない身軽さで、代官の家来たちがたじろぐほどに素早かった。洋一と太助が歓声を上げる。
 ちびのジョンは槍の林に囲まれながらも、まだ叫ぶのをやめない。
「たとえ、お前がロビンの名を辱めようとも、彼の魂は少しも傷つきやしない! そうとも、俺は自由を愛するヨーマンだ! お前なんぞの家来であったりするもんか! たとえこの身がイングランドに仕えようとも、俺はロビンと森の盗賊たちの副隊長であり、お前なんぞの家来であったりするもんか!」
 ちびのジョンは周囲の男たちに呼ばわりはじめた。
「我々はバラードとして語られ、物語として語り継がれ、やがて人々の心にすむ姿なき者! この身がつきることはあっても、心が屈することはない! 俺は誇り高きヨーマンにして、その名も高きお尋ね者。棒をとれ、弓をもて!」
 洋一と太助は周囲を見回す。棒も弓もそばになかった。ジョンは諸手をあげて雄叫ぶ。
「圧政を正すために、俺とロビンは戦った! そのためにおたずね者になろうとも、俺は少しも気にしやあしない! ロバート・ザ・フッドは俺の主人にして最高の友! そうとも、あいつがおめおめと十字軍の遠征なんかで死ぬもんか! ロビンは生きてる、ロバート・ザ・フッドは必ずや生きているぞ!!」
「黙れ!」
「誰がなんと言おうと、それがたとえリチャード一世だろうと、俺は叫ぶのをやめない! ロバート・ザ・フッドは生きているぞ!」
「そのとおりだ、ジョン……」
 剣を手にした兵隊が、代官の側から進み出た。
「なんだ貴様は」
「お忘れか。我はロビンと行動をともにせんもの」と男はカブトを脱ぎ捨て、周囲に向かい声高らかに言い放つ。「ロバート・ザ・フッドは生きている! ロビン・フッドは生きているぞ!」
 それを聞いてあちこちで、ジョンとおなじように代官の家来になった、かつての森の仲間たちが兜を脱いだ。彼らは口々に叫びはじめたのである。
 ロビン・フッドは生きている! ロビン・フッドは生きているぞ!
 地下室に大音響がオーケストラのように響き渡り、石組みからは塵がこぼれるほどだった。少年たちは天井が崩れるのではないかとうたろえた。この合唱に参加した森の盗賊たちは一人や二人ではなく、もはや代官の命令を聞こうともしない。ウィンディゴが物語をねじ曲げようとも、ロビン一味の結束は岩のように硬かった。そして、騒ぎをやめさせようとする兵隊と森の仲間たちの間で、続々と戦闘が始まった。合唱につづいて剣戟の音が響き渡ると、太助はついに刀を抜きはなち、脇差しを洋一に手渡した。
 ジョンに向かって雄叫びを上げたのは、肉屋のパイルだった。代官の家来たちを押し返しながら、
「戦え、ノッティンガム州長官と戦え! ロビンのために、聖母マリアのために、行けジョン! アラン・ア・バートルを連れて行け! これ以上仲間を死なせるな! お前が俺たちの副長で、仲間を死なせる気がないならば、頼むから行ってくれ!」
 ちびのジョンは木箱の山から飛び降りながら、そばにいた兵隊を蹴倒し、その手から六尺棒を奪いとった。太助と洋一は刀をかまえてアランから兵隊を遠ざけようとした。洋一は周囲できらめく剣光に目眩がした。自分を貫く剣の切っ先が、今にも目に見えるようだった。
 ジョンはとほうもない力を示し、アラン・ア・バートルをゆうゆうと担ぎ上げた。おまけに残りの腕で六尺棒を振り回し、ノッティンガム州長官の部下を、次々と木っ端のようにこづいてまわった。代官の家来たちは、たちまちジョンという大波から退いていった。ジョンを中心にして、家来たちの円ができあがる。階上からはジョンを仕留めようと石弓を持った兵士たちが駆け下りてくる。州長官が今は昔のレイノルド・グリーンリーフを指さし怒鳴り声を上げた。「あいつを射殺せっ!」
 それを見ると、ジョンはたちまち大昔の武勇を発揮し、円陣につけいって兵隊たちをつぎつぎと吹き飛ばしてまわった。射手たちはジョンの素早さに狙いをつけることも出来ない。泣き虫ジョンのために、屈強の男たちが、鎧の音高く石の床に転がっていく。
「二人とも、下におりるんだ」
 ジョンは手近にいた男たちに突きをくりだし、退けている。洋一たちは刀をしまうと、下水口に下りる縦ばしごに足をかけた。森の仲間たちがジョンの元に駆けつけ、兵隊たちをさらに追いやっている。下水口のまわりではすさまじいもみ合いとなった。
 石弓の矢が飛来して、家来も盗賊も問わずに、男たちの体に突き立ちだすが、ジョンと仲間は一歩も引かない。
「よし、梯子はしっかりしているぞ」と先に縦穴に入った太助が言った。
「お前たち早くするんだ」とジョンが急かした。「もうちょっとだってもたないぞ」
 洋一が梯子に足をかけていると、指の合間に矢がつきたった。破片が飛んで彼の顔を激しく打った。昔おもちゃで作ったゴムの弓とは比べものにならない威力だった。洋一は顔を上げた。石弓のすさまじさに、森の仲間たちは倒れるものが続出し、人垣が崩れはじめたのだ。梯子にしがみつく洋一のそばに、血まみれの顔が落ちてきた。男の白目と目が合い、彼は悲鳴を上げる。男はおそらくジョンの仲間だろうが、すでに事切れていた。森の盗賊たちは弓の名人が多かったのに、兵隊になった今は誰も弓を手にしていない。
「ジョン、早く!」
 ちびのジョンは自分も梯子に足をかけながら、兵隊たちの向こうで見え隠れしている州長官に向かってこう叫んだ。
「待っていろ州長官! 俺はロビン・フッドとともに、かならずやこのブリテンの地を踏みしめることだろう! そのときはお前のその首はその体になく、その魂は地獄の業火で焼かれるにちがいない! 聖母マリアンは我らと共に! ロビン・フッドは大ブリテンと共にあり!」
 ジョンとアラン・ア・バートルの姿が暗闇に消えると、森の盗賊たちは人垣を解いて、代官の家来たちに最後の突貫をはじめた。下水の先を急ぐ、洋一とジョンの耳には、ロビン・フッドは生きている、の呼び声がいつまでも聞こえつづけた。

○     4

 太助が手にしているカンテラは、魚の脂をつかっているらしかった。煙がひどく、しかもその明かりは懐中電灯に比べると、はなはだ心許なかった。それでも洋一たちの周囲一メートルばかりは明かりがあった。頭上からは、ノッティンガムの兵士と森の仲間たちが激しく戦う剣戟の音。下では澄んだ水がヘドロの膜の上をさらさらと流れ、突然の明かりに驚いたネズミたちがちゅーちゅーと逃げまどっている。洋一はネズミなんて平気だったが(洋館にはうんと大きなドブネズミだっていた)、石組みの巨大な建造物には圧倒された。崩れるんじゃないかと、壁を叩いてみたが、うんとしっかりできているようだ。
 向かう先には、深い闇が黒々と横たわっている。
 それにしても臭い。鼻が曲がりそうだ。しかし、数分とたたないうちに鼻の方が馬鹿になった。
 下水の水が跳ね上がるために、太助は袴の股立ちを高くとった。洋一がジョンの六尺棒を受け取ると、ジョンはアラン・ア・バートルを背負いなおした。下水は巨大とはいえ、長身のジョンは身をかがめなければならなかった。へどろでぬるぬるして足下が危なっかしい。屈強の男を一人背負って、ジョンも苦しい逃避行だった。
「この下水」と洋一が尋ねた。「どこまでつづいてるの?」
 後ろでどぼんという音がした。誰かが下水まで降りてきたのだろう。代官の兵でなければいいのに、と洋一は願った。
「たぶん、町の外までつづいてるはずだ」
 当時のイギリスの町は城壁の中にある。だから、どこかで縦穴をみつけても簡単にはのぼれなかった。地上に出てもそこは城壁の中。門を閉じられてしまえば、外に出ることはかなわないからである。大男のジョンは目立つし、洋一と太助の服装も人目を引く。おまけに二人は日本人だ。この時代の人は、日本人はおろか中国人のことだってろくろく見たことがないにちがいない。しかし、アラン・ア・バートルは一人で歩けないし、それどころか命の瀬戸際で、一刻の猶予もありそうになかった。
 ジョンはこどもたちの体力を気遣って時折歩いたりしたが、あまりぐずぐずもしていられなかった。州長官の急使はもう城壁まで届いているはずだし、そうなったら、下水の出口は兵隊が固めるに決まっている。ジョンは逃げるだけではなく、戦うための体力も残しておかなければならなかった。太助の抜き打ちにはジョンもびっくりしたが、それでも二人はこどもだ(それにジョンの見たところ、洋一は武術の心得がありそうになかった)。後ろからは城の軍勢が四人のあとを追いかけてきていた。森の仲間がいたとはいえ、屹度多勢に無勢だったのだろう。水を跳ね上げる足音と互いを罵る声がする。ジョンは幾度も脇道にとびこみ、行方をくらまさねばならなかった。もう自分たちが、どの方角に向かっているのかもわからなくなった。
 二人がジョンにヨーマンの意味を訊くと、独立農民という意味のようだった。ロビンもヨーマンで、二人は自由を制する圧政を退けるために戦ったのである。
 洋一は自分たちは臭い下水の中で迷ったまま外に出ることはできないんじゃないかと思った。ときおり縦穴があったが、そこから上にのぼったところで、そこはノッティンガムの城壁の中だ。カンテラの油は刻一刻となくなっていく。しかも、外に出ても、シャーウッドの森までは、ここからずいぶんあるという話だった。
 彼らはさらに歩を進めた。兵隊たちの声は聞こえなくなったが、そのかわり外に出られるという見こみもなくなった。ジョンは玉のような汗をかき、吐く息も苦しそうだ。肝腎のアランが、どう声をかけても目を覚まさない。容態は刻々と悪くなっている……。
 彼らが下水を跳ね上げながら、逃げること数刻、通路の奥から風が吹いた。あきらかに下水のよどんだ空気とはちがうものが、肺を満たしはじめた。
「外だ……外だぞ……」
 ジョンは興奮した声で叫び、先を急ぎはじめた。

○     5

 もはや、前方に暗闇はなく、月明かりのもとで、草の生えた土手と泥の堀が輝いている。
「アラン、しっかり」
「もうちょっとで外だ」
 こどもたちは後ろからアランの尻を押していたが、ジョンは急に立ち止まった。
「どうしたんだ?」
 と洋一が抗議する。ジョンは緊張した声で言った。
「し、外に誰かいるぞ」
 洋一は慌ててジョンの影に隠れた。太助は刀を抜いて一行の前に躍り出た。
「どくんだ、お前たち、俺がかたをつけてやる」
 ジョンは太助の肩を押さえてどかそうとするが、
「だめだ、ジョン。やつら弓矢で君に狙いをつけているぞ」
 洋一はびっくりした。太助は勇敢だ。ジョンに比べれば実にちっぽけなのに、体を張って傷ついたアランを守ろうとしている。洋一は隠れているのがすっかり恥ずかしくなり、意地になって太助の隣に並んだ。だけど、膝はがくがく震えた。脇差しを手渡されたところで、彼にはそれを抜く勇気もなかった。
 外から野太い声が、下水の中に朗々と響いてきた。「俺たちは自由人、森の民にしてよきヨーマン、お前の同胞だ、リトル・ジョン。森の仲間はお主にそんなまねをしやしないぜ」
「ミドルか?」
 ジョンは六尺棒を片手に水音を跳ね上げながら、出口に駆け寄った。三人が下水からでてみると、明るい月光がさっと世界に色をくれた。正門からは離れたしなびた場所のようで、排水が悪いのか、下水のまわりには泥水がたまり、高い葦が生えていた。
 ずんぐりした人影は土手の上にいた。赤ら顔の屈強げな男だった。兵隊の格好をしてはいるものの、そばには仲間の兵隊が五人ばかり転がってもいた。
「おい、それはアランか?」と鋳掛け屋のミドルは言った。
「ああ、弓でやられて怪我をしてる」
 ミドルは手をさしだし、土手の上からアランを受けとった。アランを下におろすと、ミドルは傷をたしかめはじめた。アランは蒼白な顔で大粒の汗をかいている。思った以上に容態は悪いようだった。
「ジョン、今度はなにをやったんだ? そのこどもたちは? 長官が君が兵隊を倒して逃げたと騒いでるんで驚いたぞ。俺はこの連中と(とミドルは倒れている兵隊を親指で指した)下水の出口の一つに配置されたんだが、とにかく君が手薄な場所に出てきたのはよかった。下水の出口が多いんで、兵隊たちは分散されるかっこうになったな」
「ミドル」ジョンがマッチの肩をつかんだ。「この子たちはな、ロビンからの使いなんだ。ロビンはパレスチナで生きてる」
 ミドルはぽかんと口を開けた。洋一の見たところ、彼は今にもくずおれようとしていた。「ほんとか?」
 ジョンはうなずいた。「ロビンは生きてる。ウィルもアランもだ。俺はきっとリチャード卿(イングランドの騎士)も生きてると思ってる。だが、ロビンは怪我をしてもどって来られないらしいんだ」
 洋一がうつむくと、太助が彼の胸をどんと叩いた。洋一は慌てて上を向いた。
 太助は自分がうそをついたみたいな真っ赤な顔だ。しかし、平静を装うみたいにしれっとしていた。
 ミドルが、「もどってこられないなら、大けがじゃないか」とささやき声を荒げた。
「俺はこれからロビンを探しにパレスチナに向かおうと思う。だが、アランがこの怪我だ」
「アランのことは任しておけ、俺がシャーウッドの森まで連れて行く」とミドルが請け負った。それを聞いてジョンは、「まだ仲間が残っていたのか?」
「そうとも。まだ、タックたちがいるはずだ。さあ、三人ともあそこの木まで走れ。馬をつないである。いつまでもぐずぐずしていられないぞ。兵隊たちが城の外までうろうろしてるんだ」

○     6

 その木陰にはミドルの手によって三頭の馬が用意してあった。手綱を若木にくくりつけてある。その場で草を飯でいたが、一行の姿を見るとうれしそうに足踏みをした。
 城の方で人声がたちはじめ、三人は耳を澄ました。だが、その人声は次第に遠のいていった。森の仲間たちが城の軍勢を攪乱してくれているのだろう。ミドルは、ジョンと協力してアランの体を馬の鞍に横たえると、自分も馬上の人となった。
「ジョン、俺はシャーウッドの森にもどって、ロビンの生存を伝えようと思う。俺も仲間をつれて、お前のあとを追うぞ」
「ああ、わかってる。だが、むりはしないでくれ」ジョンは馬上のミドルに怒鳴る。そしてやや芝居がかってこう告げた。「俺は命のつづく限りパレスチナに向かう。そしてロビンをつれて戻るだろう」
 ミドルは馬に輪乗りをさせつつ、「三人とも武運を祈っているぞ。お主たちも、こどもながらによくイングランドまで来た。機会があればまた会おうではないか。そのときはロビンと共に」
 鋳掛け屋のミドルは馬を竿立ちさせると拍車をかけシャーウッドの方角へ駆け去っていった。木立からミドルの姿が遠ざかり、やがて見えなくなる。洋一は頼もしい仲間が二人もいなくなって急速に心細くなってきた。確かにジョンは昔の勇敢さをとりもどしたけど、ことはそう簡単ではないような気がした。懐に隠した伝説の書が、そんなことを彼に告げているのである。
「さあ、俺たちも行こう。お主たちと一緒に来た大人とやらは、どこに行ったかわからんのか?」
 二人はジョンの変わり様にとまどいながら首を振った。
「そうか、だが、この情勢ではその仲間を捜すことは叶うまい。俺はふたたびおたずね者となった。すまないが、このままハンバーの港まで出て、パレスチナまでの船をさがす」
「ぼくらも一緒に行くよ」
 太助はさっそく鐙に足をかけている。ジョンが手を貸した。太助が危なげなく、鞍に収まると洋一は渋面になった。
「ぼくは馬に乗るの初めてなんだ」
 洋一がいうと、ジョンはその頭をやさしく叩いた。「ああ、お前は俺と一緒に乗るといい。さあ向かうぞ」ジョンは馬の背に上ると、こう鞭打った。「なつかしいロビンの元へ」
 こうして森の盗賊たちはふたたびなつかしいシャーウッドの森に集い、ちびのジョンはロビンの魂を求め、遠きパレスチナまでの旅路につくことになったのである。

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