ねじまげ物語の冒険 全文掲載!

□  その一 死刑囚になったロビン・フッド

○     1

 三人はふたたび馬を奪い、ひたすら南を目指して走った。シニックに向かうためである。洋一と太助は伝説の書に書きこんだ内容について話し合った。伝説の書は文章を吸いこんだ。文字は確かに書く後から消えていった。それに洋一には本が自分の願いを受け入れたという奇妙な手応えをつかんでいる――けれど、それは確信などではないし、事実がどうなったかはわからない。ただそう感じるだけなのだった。一方で、太助は洋一の言葉を全面的に信用しているようだった。洋一は伝説の書の唯一の持ち主だ。本は持ち主を選ぶ。ということは、この本は牧村洋一がつかったときに一番にその能力を発揮するはずである。問題はジョンにシニック港に行くことを納得させることだった。港に到着したはずのロビンを探さねばならないからだ。なにせジョンはパレスチナまで飛んでいく気になっているから、説得は骨のいることだった。
「ジョンにほんとのことを言おう」と太助は言った。「ロビンに会ったことなどないと話すんだ」
「でも」
「どうせ、ロビン本人に会えば、ぼくらが会っていないのはわかることだ。伝説の書のことも話すしかない。信用するかはわからないが」
「会えるかどうかはわからないじゃないか」
 太助は洋一を見もせずに言った。「会えることを祈ろう」
 洋一はほとほと泣きたくなった。非難が怖くなったのである。

 洋一と太助はある晩にちびのジョンと本格的な話をした。ジョンはモーティアナの襲撃に不思議がっていたから、この話にはすぐに乗ってきた。
 三人はジョンの起こした火を囲んでいる。あぶっている肉はジョンが得意の弓で射止めた鹿である。前回の街で塩など旅に必要な道具をそろえていたから(軍資金はノッティンガムで奪った馬を売ることで仕入れたようだ)、食事は割りに豪勢だった。
 彼らの背後では二頭の馬が木にくくられ、火から顔を背けながら、ときおり鼻音を鳴らしている。洋一は話した。自分たちがウィンディゴという、モーティアナよりもずっと恐ろしい男に狙われていること。その男が狙っているのは彼らの持つ本だということ。モーティアナがウィンディゴの手先になっていることはもはや疑いようがなかったのだ。
 彼は伝説の書をジョンに渡した。このごろ、本が誰かの手に渡るとチクリと心が痛むのだった。まるで、伝説の書をつかうたびに、本とかれとのつながりが深まるみたいだ。
 ジョンは唖然としているようだった。
「この本が……この本を狙う連中がいるってのか?」
「ただの本じゃない」と太助が口を挟んだ。「信じられない話だが、その本は書いた内容を現実にする力を持っているんだ」
 ジョンは驚き、そんな馬鹿なという顔をして本を見おろした。
「こいつをモーティアナが奪いに来たって? こんな、こんな、なにも書いてないじゃないか」
 とジョンはページを繰った。
「でも、ぼくらは宿で書いたんだ。ロビンが生きてパレスチナからもどってくるって。彼がシニック港についたことを書いた。十字軍とヨーマンの仲間に守られてると書いたんだ」
 ジョンは心なしか首を左右に振っている。少年らのことは信用している。けれど、こんな話を信用できるだろうか? ジョンは魔法とは縁遠い世界の人物なのだ。
「モーティアナにはウィンディゴが力を与えてるんだ」太助は熱心に言った。「あの宿の様を見たろう。ぼくらは――父上とミュンヒハウゼン男爵とずっと旅をしてきたが、あいつには敵わなかったんだ。あいつに対抗できるのはロビンだけだ。だから、ロビンを助けたかったんだよ」
「だけど、お前たちはあいつの使いで――」
「うそなんだ」と太助は言った。ジョンがひゅっと息を飲み、洋一は申し訳なさそうに目を伏せた。
「ぼくら、ロビン・フッドにはまだ会ったことがない。ロビンに会いに来ただけで、生きているロビンの確認はしていないんだ」
 ジョンはなにかを言おうとした。罵声を浴びせようとしたのかも知れないが、またも息を飲んで首を振った。
「うそだ。いまさらなにを言いだすんだ。俺はどれも信じねえぞ――」
「うそじゃない」と太助は声を励ました。「ぼくらがイングランドに行ったのは、ロビンを助けるためだった。けれど、ロビンはいなかった」
「だったら」とジョンは遮る。「なんでおめえたちはあんなことを言った。俺をここまで連れてきた? お前たちは」とつばをのむ。「モーティアナやジョン王の味方なのか? いったい……」
「モーティアナはぼくらの敵だ。ぼくらの敵とつながってるから」
 と洋一は言った。ジョンにそんなふうに思って欲しくなかった。洋一の心は悲しみで満たされた。ちびのジョンの敵だなんて。
 彼はこの小さな大男が前以上に好きになっていた。誠実で臆病で勇敢な人だ。なによりもやさしい人だった。今だって、自分の心配なんて少しもしていない。洋一はこんな人にあったことがない。ちびのジョンが数百年の長きに渡って人々に支持されてきたわけが、今こそ分かった気がしたのだ。
「それがウィンディゴなんだな?」
 ジョンの問いに二人はうなずいた。
「俺はどうすりゃあいい。この本がおめえの書いた言葉を現実にしたなんて、そんな突飛もねえ話信じるのは無理だ」
「信じてくれというつもりはない。ただ確かめてくれ。ロビンがシニックの港についたかどうかを」
 太助の真剣な言葉にジョンの心は動いたようだった。
 洋一もいやに低い声でぼそりと言った。
「本当はぼくらも伝説の書をつかったのは初めてなんだ。この本は危険だって男爵に言われていたから。だから、この本が本当にそんな力を持っているのか、ぼくたちどうしても確かめたい。ぼくの父さんがなにを守ってきたのか知りたいんだ」
 いぶかるジョンに、太助が言った。
「洋一は伝説の書を守ってきた一族の最後の生き残りなんだ。彼の両親は、ウィンディゴに殺されてしまった」
 ジョンはそのことをまるで悼むように目を閉じた。そして、顔を開けると、
「わかった。おめえたちの言うとおりにしよう。俺はおめえたちだから正直にうちあけてえんだ。そんな本の話は信用できねえ。だけどな。俺はおめえたちのことは、腹の底から信用してる。そのことだけはわかってくれ」
 二人はジョンの率直な言葉にいたく感動を覚えた。もともとちびのジョンはこういう人物だったのだ。ジョンは旅が進むにつれて本来の自分をとりもどしているみたいだった。ロビン・フッドに近づくことで。
「すまない、ジョン」と太助は言った。「だけど、騙すつもりだったんじゃない。ぼくらはロビンを救いたかった。君が死んだって、ぼくらでロビンを守るつもりだった。そうだな、洋一」
「ぼくらモーティアナとウィンディゴを倒すのは、ロビン以外にはいないと思うんだ」
 太助はきちんとお辞儀をしてすまないと言った。洋一も真似た。二人は大人の侍がそうするようにきちんと謝罪をしたから、ジョンも大いに照れてしまった。同時にその赤本のことが、ほんのちょっぴり怖くなった。二人の本気がよく分かったからである。
「よせ、いまさら聞きたくねえ」口調に反して、その顔は泣き出しそうに優しい。「だってお前らは俺を命がけで助けてくれたもんな。俺にロビンを信じる気持ちを呼び起こさせてくれた。俺はそのことに感謝してる。詫びがなぜ必要なんだ?」と彼は言った。「お前たちに助けが必要ならいつだって力を貸すとも。だって、俺はお前たちを信じたから。一度信じたら、二度と疑わねえのがヨーマンの流儀だ。馬鹿かもしれねえけど、俺はそう育てられたから、お前らのことは絶対に疑わねえ」
 ジョンとこどもたちは手をとりあった。もう辺りはとっぷりと闇である。モーティアナがどこからか三人を狙っているのかもしれないが、その瞬間だけは互いの存在を心強く感じた。
「ああ、ロビンはいるとも。俺にはわかるんだ。ロビン・フッドの、ヨーマンの魂は地上にある」

○     2

 シニック港についたとき、陽は暮れかかっていた。巨大なお椀で抉りとったような入り海、湾岸には町並みが広がっている。北側には山がある。格好の漁場のようで、まだ漁船が出ていた。
 ちびのジョンは深更になり、人が集まる時間を待って酒場に向かった。洋一と太助は山中でジョンの帰りを待った。ジョンが向かったのは、街でもさびれた小さな酒場である。旅の僧に変装もしてずいぶんと念入りなことだった。
 さて、ちびのジョンが街の小さな酒場に潜りこみ仕入れてきた情報は次のようなものだった。このところ、名無しのこじきが絞首刑になることに決まっており、街の人間の噂の的になっていること。街にフランス貴族が到着し、その処刑を観覧する予定であること。
 こじき風情が絞首刑でさらされるのも異例のことである。街の人間はこじきが相当な悪事を働いたと噂しているが、そのこじき、誰がどう見てもふぬけの阿呆なのだ。それをフランスからきた貴族がわざわざと見物するのも妙な話だった。無法者でなければよもやこじきを絞首刑にするはずもない。あのこじき、振りをしているだけなのではないか、という者もあった。
 時は夜更け、三人はいつものように焚き火を囲んで話し合っている。そのこじき、ロビンなのかな、と太助が訊いた。
「まさか、ロビンはおめおめつかまりゃしねぇ。それに十字軍じゃ大将だったんだぞ。名無しのはずがねえ」
 ジョンは元の姿にもどっている。変装の達人の名にたがわぬ早業振りだ。
 洋一も太助もそんな話は信じなかった。物語は変転を遂げている。フランスが物語に関わったのは、ウィンディゴが何事か仕掛けているからにちがいない。街にはその貴族の連れてきた銃士と呼ばれる連中が威張っているとジョンが言ったから、もう決定のようなものだった。
「銃士? 銃士が街にいるの? 鉄砲を持ってるやつらのこと?」
 洋一が聞くと、ジョンは鉄砲のことは知らない。この時代には存在しない代物なのだから当然だ。だが、銃士と呼ばれる連中は、新式の武器を持っていて、それをみなおっかながっているそうだ。
「それが、鉄砲なんだ」と洋一。「弓矢よりずっと強力な武器だよ」
「俺も見かけたが、そうは見えなかったぞ」とジョンは首をひねった。「あんなものが本当に使えるのか? 細っこい棒じゃねえか。玉っころが出るらしいが、そんなに威力があるとは思えねえな」
「侍もそう言っていてやられたんだ」
 と太助が洋一に囁いた。どうも戊辰戦争の聞き語りを言っているらしいが、これは洋一にすらピンと来なかった。それよりも、銃士だ。物語の狂いは加速している。そんなやつらが登場したとあっては、決定的にまずかった。

 その夜、ジョンが寝静まってから、洋一と太助は三度話し合いの場を持った。当初、この世界には銃士なんていなかった。もちろん有名な三銃士の物語はあるが、ロビンの物語とはまったくの無関係だ。時代がちがうし、書き手もちがう。銃が出てくるの自体ずっと後の話である。
「ウィンディゴだよ。あいつがまた物語をねじ曲げたんだ」
 と洋一は言った。そうやって、邪魔をしてくるからには、その縛り首になるというこじきはロビンと見てまちがいない。
「だけど、なぜふぬけの阿呆なんだ? なんで縛り首になるんだ」と太助はも首をひねる。「これも伝説の書のつじつまあわせなのかな?」
「ウィンディゴのちょっかいのせいに決まってるよ」と洋一は否定した。伝説の書を信じる心が強くなっていた。「それで物語がいっそうおかしくなったんだ」
「ともかく、処刑は数日後だというぞ。もう日がない」
「でも、ぼくらロビンの仲間も一緒に帰ってくると書いたろ?」
 太助はうなずいた。
「それなら、アラン・ア・デイルや、赤服ウィルだって、この街にいてもおかしくないよ」
「そいつらを探すのか?」
 と太助は腕を組んだ。その腕を下ろすと、
「明日、ぼくらだけで街に出てみないか。昼間の街に。変装してもジョンは有名すぎるから置いていこう。服をかっぱらって、変装すればばれやしないさ。ぼくらは元の物語を知ってるから、ジョンよりもちがいがよくわかる。洋一、聞いてるか?」
 洋一は、はっと焚き火から目を上げた。「聞いてるよ」
「そうかな。最近、ぼうっとしてるぞ」
「そんなことあるもんか」
 と洋一は腹を立てた。太助は鼻から吐息をついて、
「しかし、その銃士というのはやっかいだな。そのフランス人はモルドレッドというんだろ?」
「うん」
「デュマの物語には出てこないな。銃士と関係のある人物で、モルドレッドか……」
「ウィンディゴのでっち上げかもしれない。きっとあいつの創作した人物だ」
 ともあれ、ウィンディゴの手先、あるいは息の掛かった者と見てまちがいなさそうだった。
「とにかく、時間がない。夜だけじゃなく、昼間も動くべきだ。ジョンだって、休息は必要なんだし」
 洋一は太助の言葉がどんどん小さくなるのを感じた。そうして森の奥から、ふふふ、とこどもたちの笑う声を聞いた。洋一は森の奥をかえりみた。太助がどうしたんだ、と訊いた。なんでもないよ、と洋一は答えた。焚き火に目を戻し考えこむ振りをした。太助は不審がったが、それ以上なにも訊かなかったのでほっとした。けれど、自分の中の異変が少しずつ、それも悪い方に変わっていくのに気づいてもいたのだった。

 洋一と太助はこの国に紛れられるような格好をして街に出た。帽子を深くかぶり注意深く見てまわった。なるほど、黒服で軽装の連中がサーベルを下げて歩き回っている。銃こそ持っていないが、街の連中の恐れる様子からみて、黒服の男たちこそ銃士のようだ。洋一と太助は街にこじきが多いのにも気がついた。そして、そのこじきたちは、古傷や生傷を抱えている。きっと激しい戦闘をくぐり抜けてきたのだ。十字軍の残党らしかった。
「やっぱりこの街には十字軍が流れ着いてる。伝説の書は君の願いを叶えたんだ」
「でも、ぼくらじゃロビンの仲間の顔までわからないよ。どうやって、あいつらを味方につけるんだ?」
 と洋一が言ったから、太助は妙な顔をした。
「だって、ぼくらだけじゃ、捕まったロビンを助けられないよ。アランや十字軍の力を借りないと」
 太助は感心したようにうなずいた。
「名案だが、ロビンが捕まったぐらいだぞ。アランたちだって昼間うろつきはしないだろう」と言った。「今日は最も大きな酒場にもぐりこもう。ジョンについていくんだ。うまく行けば、銃士たちの武器が見られるかもしれない」

○     3

 二人は宣言どおり、いやがるジョンにむりやりついていった。ジョンはこどもなど連れて酒場にいれば、怪しまれるし、目立つと自由に行動できないといってしぶった。が、太助はどうしても銃士の持つ武器を確かめておきたかったのである。彼の世界にも旧式の銃は多くあった。それも先込めならまだましだ。だが、後込めの連発銃なら勝負にならない。ロビンたちの武器は弓と剣槍がせいぜいである。そうなってはおしまいだ。

 一階の酒場は二階まで吹き抜けとなっていて、天井が高い。たばこの煙でくすんでみえた。ランプの淡い光の下で、男たちがざわめきあっている。船乗りの姿が多かった。宵の口だというのに、もう酔っぱらっている。客をひく女もたくさんいるようだ。ジョンがテーブルにつくと、洋一と太助は彼を挟むように座った。
「見ろよ、銃士がいる」
 太助はコップに口をつける振りをしながら、帽子のツバの隙間から銃士たちの様子を観察した。いいぞ、と彼は思った。うまい具合に先込め式だった。たぶん、三銃士の持っていたのとおなじマスケット銃だろう。火縄式らしく、かなり初期の代物だ。それでも二十秒に一発は撃てるはずである。刀のとどく距離にちかづかないと危ない、不意をついて斬りたおしてしまうか、と太助は油断なく目をはしらせた。
 その黒ずくめの男たちは壁にもたれてしゃべらず酒も飲まずにいる。そのうち太助は銃士のことをこっそり見る必要はないことに気がついた。店のものはみな興味深げにあるいは恐ろしげにこの寡黙な連中のことを見やっていたからだ。
 太助はすぐにこの連中がある男を無遠慮に見つめていることに気がついた。その相手はちいさなテーブルで、一人でビールを飲んでいる。フードを目深にかぶり、太助は顔を確かめられなかった。どうも、飲む振りをしているだけのようだ。ひんぱんに傾けているのに、のど仏が動いていない。というよりも、銃士たちの重圧に押されているようだった。
「ジョン、あいつら、あのテーブルの男を狙ってる」
「なに?」
 ジョンは驚いて、ぐっと顔を伏せると、脇の下の隙間から太助の指さす方を見るようにした。
「フードの男か?」
「あいつら、あからさまだよ。きっと店から追いだして、撃ち殺す気なんだ」
「あの人が仲間なの?」と洋一が訊いた。
「ここからじゃなんともいえねえ」
 だが、ジョンの胸は興奮に震えていた。そのとき、男が立ち上がるのが目の端に見えた。フードの端にのぞく端正な横顔……。
「アランだ。あれはアラン・ア・デイルにちがいねえ」とジョンは目を仰天で丸くしながらけれど気づかれないよう首をすくめながらささやく。「痩せとるが、まちがいねえ。あのやろう、生きとったぞ」
「銃士たちが動いたぞ」
「あいつら、アランをつかまえるつもりだ」と洋一。
「くそ、アランは十字軍で立派に戦ったんだぞ。それがなんでお尋ね者にならなきゃならねえ」
 ジョンはすぐさま後を追おうとしたが、太助が止めた。
「まだすわってるんだ。後からついていって挟み撃ちにしよう」
 ジョンはほかにも仲間はいないかと素早く酒場をみまわした。
 そうしている間にも、アランは戸口を出て行った。三人の銃士は酒場の男たちを押しのけながら後につづく。船乗りたちが歓声を上げた。みなこの捕り物に気づいているのだ。
 太助はマントの下に隠した刀をとりだすと、柄にビールをさっとかけた。
 ジョンが立ち上がった。「行くぞ。アランを救うんだ」
 洋一がその腰に抱きついた。「ジョンは銃のことがよくわかってないよ。あれはほんとに威力があるんだ。胴体にくらったりしたらまちがいなく死んでしまう。鉄の玉がめりこむんだよ。わかる?」
 ジョンは動揺した。鉄の玉が腹を引き裂くのを想像したのだ。むろんそんなものを治す医療はこのイングランドのどこにもない。
「火薬をつかう武器だ。古い銃だから、どの程度きくかわからないが――」
 太助もだまった。ジョンが聞いていないことに気がついたからだ。ちびのジョンは目を閉じ、ややうつむいた。彼は長い付き合いとなった泣き虫ジョンと激しく罵り合っていた。彼の心は泣き虫ジョンに押し戻されそうになった。だけど、パレスチナへと旅立ちようやくもどってきた仲間だ。ここまでどんなにか苦労してきたろう。そのことを思うと、自分がノッティンガムでのうのうと生きてきたことも相まって、ジョンは涙しそうになったのだ。だめだ、こんなこっちゃいけねえ。ようやく会えたアラン見捨てるのか? そんなの駄目だと彼は思った。死んでいたと思っていた仲間が生きていたことだけでも彼にはありがたい。泣き虫ジョンは彼の中からどんどん退いていった。感謝の念が、恐怖を駆逐していったのだ。
 ジョンは青ざめているけれど、血色もさしてきた中途半端な顔を上げ、ズカズカとカウンターに近づいた。途中男たちに幾度もぶつかってその度にビールが零れたがまるで頓着しなかった。なかで調理をしている男の腕をつかみ、
「そいつをよこせ!」
 と炒め物が乗ったフライパンを奪いとった。
「ジョン!」
 と洋一は言った。ジョンはフライパンの中身を振るい落としている。待ってろよ、アラン。今俺が助けてやるぞ! 宿中の男たちの注目が集まる中、ジョンは左手にフライパン、右手に剣を手にして、体に巣くう臆病者を打ち払うべくこう吠えた。
「さあ、行くぞ! アラン・ア・デイルを救うんだ!」
 ちびのジョンは二人の少年を従えると、悪魔を吹き飛ばすような大股で店の外へと駆け出て行った。

○     4

 太助が早口にまくしたてる。「あいつらの銃は装填に時間がかかる。一発目を躱すんだ。そのすきに近づいて斬りたおしてしまおう」
 この時代の銃は、弾丸と火薬を先端から流しこみ、さらに棒でつついて押しこまなければならないはずである。ひどく面倒な代物だ。
 むろんジョンは銃の構造などてんで知らない。ともかく、初弾をかわすことだけを心にとめた。
 ジョンが剣を背中に隠す。月光を跳ね返さないようにするためだ。太助が刀の鯉口を切った。洋一が遅れているのを気にしている。
「洋一、無理をするな!」
 アランの姿はもう見えないが、銃士たちの翻すマントは見える。裏地の赤は夜目にも鮮やかだ。 
 ジョンの視界から銃士たちは姿を消した。アランが路地に逃げこんで、彼らもそれを追って左に折れたのだ。ジョンは大股を飛ばしてアランの後を追った。
「いたぞ、アランだ」
 視線の先には深い闇に包まれたか細い路地が伸びていた。L字型の角ではアランが追い詰められている。
 ジョンが立ち止まると、こどもたちもようやっと追いついた。ジョンは仁王立ちしている。こどもたちは、ジョンが昔の臆病風に吹かれたのかと思ったが、そうではなかった。ジョンはようやく出会えた古くからの仲間が殺され掛かるに及んで、とうとう激高したのだった。
「おめえたち! アランから離れろ!」
 ジョンが大音声で呼ばわるのと、銃士たちがふりむくのは同時だった。三つの火縄の明かりがぽつりと見えた。ジョンは立ち止まった。太助風にいえば居着いてしまった。あれが、銃か? どんな武器だ?
「ジョン!」
 ジョンが迷ううちに、洋一が夢中で腰に組み付いてきた。太助がしゃがみながら足がらみをくわせたから、さすがのジョンも尻からすとんと地面に落ちた。マスケット銃の轟発が路地に轟き、ジョンの鼓膜を激しく揺らした。弾丸が頭上に突き刺さり、彼の頭髪を浮き立たせる。ジョンのうなじに悪寒が走った。ブロック塀がガラガラと落ちてくる。
 ジョンと洋一は粉塗れになっていたが、太助が
「三発鳴ったぞ、走れ!」
 と我先に走りだした。ジョンはすまねえとばかり、洋一の体をおしのけると、脇に落ちていた剣をひっつかみ、太助を追って駆けだした。「アラン! 待ってろ!」
 銃士たちは新手の三人に気をとられすぎていたのだ。アランが細身の剣を抜き放ち、一人を背後から串刺しにするのが見えた。今は浮浪に身をやつしてはいるが、元はシャーウッドからロビンに従う勇姿である。隣にいた男が銃を捨て、アランにまっこう斬りつけた。危ういところでアランが受けた。
 残りの一人が紙の早合を噛み破り、火薬と玉を銃口から流しこんでいる。太助は装填の時間を与えまいと、飛ぶようにして距離をつめた。男はさく杖と呼ばれる棒を引き抜いて、薬室に弾丸を突きこんだ、銃を立て火皿に火薬を入れたが、もう銃を構えて狙いをつける時間がない。太助が手元に躍りこんできたからだ。男は銃を投げ捨て、サーベルを抜き合わせようとしたのだが、太助はそれよりも早く間合いを踏み越え、男の胴を真っ二つに薙ぎ払った。彼は体をくの字に折り、バッタリと座りこんでしまった。
「でかしたぞ!」
 ジョンは太助の脇をすり抜けると、剣戟の音高く打ち合うアランの元へ駆け寄った。死体を飛び越えて突きを繰りだす。二人の打ちだす火花が轟々と顔にかかった。ところが、銃士はこの攻撃を読んで左へ身を躱した。まるで後ろに目玉があるようだ。ジョンの視界から男が消え、アランの驚愕の顔が迫る。危うくアランを突き刺すところだ。ジョンは刃先を下げるのが精一杯。肩からアランに打ち当たると、二人はもつれ合って転んでしまった。ジョンは、背中がヒヤリと硬直するのを感じた。背中がガラ空きだったからだ。
 ところが、その銃士も仲間がやられたのをみて動揺していた。ジョンがふりむくと、太助が男に斬りかかるのが見えた。太助は敵の側面へと体を沈ませる。男には少年が視界から消えたように見えた。視界の左端でなにかが走ったと思ったときには、その首には鋭い刃筋が食いこんでいた。ズルリ―― 刃滑りと共に肉が裂け、噴血が舞い上がった。銃士はゴボゴボと喉音を立てながら、ジョンの脇を数歩後ずさる。壁にどっと背中を打ち当てると、血の筋を引きながら滑り落ちていった。ジョンも初めて目にする早業だった。
「居着いた貴様の負けだ」
 太助の声を聞きながら、ジョンは、アランが自分の下で剣を振ってもがいているのに気がついた。巨体のジョンがのしかかるものだから、起き上がりようがないのだ。
 アランは貴族と見まごう色男だが、その顔も無精髭におおわれ、さんざんに薄汚れている。
「貴様ら、何者だ。なぜ俺を助ける」
 ジョンも暴れるアランをもてあました。
「よせ、アラン。俺だ。リトル・ジョンだ」とフードを脱ぎ捨てる。「長い軍隊生活で俺を忘れたか」
 しばらくの間、アランは口をきかなかった。闇のなかで、大男の顔を見上げ、
「まさか、ジョン、君か?」
「ああ、俺だとも」とジョンは言った。「アラン、おめえはなんでこんなところにいる。ロビンはどうした?」

 太助とジョンはその答えに気をとられていた。だからそのとき、異変に気づいたのは路地の先でまだ倒れている牧村洋一だった。洋一は自分の見ている物が信じられずに目を瞬いた。
「なんだ、あれ?」
 洋一は体に乗ったブロックを押しのけながら、暗闇の先を空かし見た。倒れた銃士の上でなにかがヒラヒラと踊っている。洋一は目をしぶりまた開いたが見まちがいではなかった。なにかが死体にまとわりついている。
 おかしいおかしいぞ。
 洋一は伝説の書に文を書きこんで以来、妙に五感が冴え渡るのを感じていた。頭に浮かんだのは、ウィンディゴの憎たらしい笑顔だった。銃士があいつの創造物だというんなら、どうして普通の人間だと考えたんだろう?
「気をつけろ……」
 と洋一はささやく、粉を吸って咳きこんだ。腰にのった煉瓦をのけて立ち上がると、友人に向けて叫んでいた。
「気をつけろ! そいつらまだ生きてる! 人間じゃないぞ!」

○     5

 路上には真新しい血臭が、力強く立ちこめていた。太助はややボンヤリとした顔つきで、先ほど斬りたおした男を眺めていたのだが、友人の声にいち早く顔を上げた。
 彼は洋一を見て、それから、もっとも最初に死んだ男に視線を移した。アランが突き殺した男だった。
 なにかが男の体を覆っている。
 男にまとわりついているのは、自身が流した血液だった。血液が戻るたびに、男の筋肉がぼこりぼこりと沸騰するかのごとく、ふくれ上がった。
 そのとき、男が血塗られた指を伸ばして、彼の足首をつかんだ。彼は足首ではなく、直接心臓をつかまれたような気になった、その手はすでに冷たくなっていたからだ。
 太助は悲鳴を上げると、刀を打ち振るい、その手首を切り落とした。夢中で飛び下がると、死体につまずいた。その死体にも血が結集しはじめている。
「気をつけろ、そいつら生きてる!」また洋一の声がしたが、太助にはひどく現実感がない。「死んでるけど動いてるぞ!」
 なにを言ってるんだ?
 太助は徹頭徹尾、現実的な人間だ。そうした面でも洋一とはずいぶん違っていた。銃士たちが死ななかったのだと思ったのだ。斬りごたえは十分だったが。体重の乗せ方が甘かったのかもしれない。
 背後で風切り音と肉を断つ音がした。アランが死体の首を斬り落としたのだ。
「首を落とせ、復活するぞ小僧!」
 太助は考えるよりも早く動いた、自つまずいた死体の首を切り落とした。
 最後の一人を斬ろうとした。
 彼が動きを止めたのは、切り落とした手首が、すごい勢いで、持ち主の体にもどっていったからだ。
 流れ出た血液の大半をとりもどしている。
 太助は飛ぶようにして身を寄せると、刀を振りかぶる。地面に転がったままでは落としにくいため、襟首を掴もうとした。
 男は突然四肢を立てると、太助が捕まえるよりも早く宙に飛び上がった。斬りかかる暇もない。男は五メートルばかりも跳躍して、壁に張りついたからだ。
 太助は瞠目する。なんだ、あの跳躍力は?
「まずいぞ、死兵に変わった! 二人とも気をつけろ!」
 アランが言った。
 その銃士は闇の中を飛び回っている。驚いたことに、建物の合間を飛び交っているのだ。
 その間も、銃士の体はどんどん膨れ上がっていく。路地に黒い気体が噴出し(地面からガスのように湧き出てくる)、男に向かって集まっていくのが見えた。
「大きくなってるんじゃねえのか……」
 とジョンが震える声で言った。
 上からなにかが落ちてくる。太助は頭をかばって腰を屈めた。化け物が建物の間を飛び交う内に、煉瓦がどんどん突き崩れているのだ。
「くそ、気体がじゃまでよく見えない! ジョン……!」
 黒雲をはねのけるようにして、毛むくじゃらの妖怪が牙を剥いて降ってきた。太助はとっさに身を投げだす、化け物は地面に拳を突き立てる。路面は衝撃でクレーター型にへこみ、石畳は粉々になり周囲に散った。太助はそのクレーターの脇を二転三転して起き上がる。
 喧噪はひどくなる一方だ。アパートの住人たちが騒動に耐えかねて騒いでいるのだ。明かりこそつかないが(そんな設備がないのだろう)、逃げ出しているのがここからでも分かる。早く決着を付けないと、と太助は焦った。ぼくらまで捕まったらおしまいだ!
 ジョンとアランが二手に分かれて斬りかかる。
 太助は男の腕はきっとつぶれたにちがいない、あんな勢いで石に当たったら骨がグシャグシャになったはずだと思った。
 男が腕を引き抜いたとき、その拳はどす黒い血に覆われていたが、同時に泡が立ってもいた。男はジョンの剣を二の腕で受ける。獣の咆哮を上げたかと思うと、ジョンを殴った。腕が壊れていてはできない打撃だ。巨体のジョンが文字通りきりきり舞いをして、壁に頭をぶつけている。
 その間もアランが攻撃しているのに、男は痛がる様子も見せない。アランの斬撃はたしかに化け物を傷つけている。けれど、泡が噴き出し、どんどん回復してもいた。
 太助は、こうなっても首を刈れば死ぬのかといぶかったが、そもそも刀の届く位置に首はない。あの銃士は、元は一七〇そこそこの体格だったのに、今では二メートルを超えている。そもそもあんな太い首を切り落とすには、腰より下まで押し下げてやるしかないだろう。こうなったら、足を切り飛ばしてでも、首の位置を下げるしかなかった。
 太助は上段から真っ向唐竹割りに斬りつけた。尻の下部から腿裏をスパリと斬ったが、瞬く間に治ってしまう。「くそ、両断するしかないぞ!」
 アランが体当たりを喰って昏倒している。太助は袈裟斬りに足を狙ったが、後一歩の所で躱される。男がこちらに向かって体をひねりつつ拳を飛ばした。正拳突きともいえない出鱈目な攻撃だったが、太助は刀を引き戻すのがやっとだった。迫る拳に峰を絡ませるが、刀ごと押し戻されて彼は吹き飛んだ。太助は腰を丸めて丁寧に転がったが、それでも突きの威力で頭が揺れた。
 起き上がろうとしたが、筋肉がうまく働かない。
 アランとジョンは気絶したのか動く気配もない。
 太助は脳震盪を起こしながらもどうにか刀を握った。
 こいつはかなわない! みんな殺されるぞ!
「洋一、よせ!」
 と太助は言った。火縄のついたマスケット銃を拾い上げるのが、化け物の股越しに見えたからだった。

○     6

 鼓膜がどうにかなったらしい。平衡感覚が狂っている。真っ直ぐ歩けない。ぶれて三つに見える火縄を目指してそれでも歩いた。あの銃士は装填の途中で放りだした。あのとき弾丸と火薬はこめたはずだ。彼は太助から火縄銃の装填手順を一通り聞いていた。
「使える、あれは使えるはずだ」
 足首の力が抜けて変な方に曲がった。ジョンがやられると洋一は小走りになった。マスケット銃は近くで見ると思っていたより大きかった。洋一は膝をついて、ズッシリと重みのある銃を拾い上げた。路地の先ではアランが化け物を相手に狂ったようにサーベルを振り回している。
「くそ! 下がれ!」
 とアランがいうのが聞こえた。彼のサーベルは怪物の重い胴に跳ね返されて根本から曲がっている。
「火皿、火皿だ!」
 洋一は銃身の横にある皿のような装置に目をこらした。いじってみると、水平に動く部品がある。どうやらこれが火蓋らしい。ちゃんと開いているが、火皿に着火薬(口薬)が詰まっているのかはよく見えない。暗すぎるのだ。引き金を引けば、火縄のついたバネが下りて、火皿に火点を押しつける仕組みのはずだ。口薬がなければ火縄を押しこんでも玉は出ないはずである。
 そうする内にアランがやられて転倒するのが見えた。太助は今やたった一人で化け物と相対している。
「太助!」
 洋一はもうやるしかないと覚悟を決めた。祈るような気持ちで、マスケット銃を持ち上げる。すごく重くて気を抜くと銃口が下がってしまうほどだ。それにどの程度命中力があるのか分かったものではない。太助に当たるのが恐ろしくて、洋一は思い切り近づくことにした。ジョンはあんな弾っころでは死なないと言った。ジョンは死ぬだろうが、あの化け物につかうにはまったく心許なかった。気づくな、こっちに気づくなよ、と祈るような気持ちで歩を進めた。太助が拳を喰らって(と彼には見えた)ついに昏倒している。自分に向かってなにかいうのが聞こえたが、洋一には銃口についた目当てと火点しか見えない。洋一は銃を突きだせば男の後頭部をつつけるほどの位置まで近づいた。彼にはその銃士が狼男の現実版にしか見えない。それにしてもひどい悪臭だ。腐りきった死体の臭いがする。
 彼は短く息を吸いこむと、目をつぶって引き金を引いた。火縄が下りると火薬が爆発して、巨大な炎が銃の側面に噴き上がった。炎は火穴を通って銃内の火薬を炸裂させる。弾丸が勢いよく飛び出して、怪物のこめかみを突き刺した。
 洋一は反動で火縄銃を抱えて転がる。後頭部を打って、朦朧となる。とどめだ、とどめをささないと。洋一は銃を持ち上げようとした。が、もう玉がない。そして、怪物となったその兵隊は脳に弾を喰らっても死なないらしかった。ゆったりと首を巡らし、彼を睨み、唸り声を上げたのだった。

 太助が刀を杖に立ち上がった。銃士はすでに洋一に向かって足を踏み出している。
「こいつ待て!」
 太助は夢中で斬りつけたが、膝が揺れている。それでもむちゃくちゃに刀を振り回して怪物の体という体、ところかまわず刃筋を走らせた。脳に食いこんだ玉のせいか動きが鈍くなっている。ゆっくりとこちらを向く太助と目があう。まるでこうるさい蚊を見るようだ。太助は無我夢中で体を回し、男を斬りつづけた。息のつづくかぎりに。真っ黒な血が周囲に散って男の傷口からはどす黒い気体が立ち上りだした。
「だめだ!」と彼はとうとう動きを止めて怒鳴りつけた。「こいつ死なないぞ!」
 銃士の眉間から大剣の切っ先が突き出てきたのはそのときだった。昏倒から立ち直ったちびのジョンが背後から男の後頭部を串刺しにしたのだ。男の背丈はジョンよりも高い。だから斜め下の延髄から眉間までを貫く形となった。男の頭蓋がグボリと砕け、左の目玉が飛びだした。銃士は犬のような唸り声を発した。
「下がれ、こいつ!」
 とジョンは柄を力任せに押し下げて、男の腰を折ろうとする。さすがに脳を貫通されて銃士の動きは目に見えて鈍くなった。が、体中の黒気がもっとも重い傷口に集まり細胞の復活を始めている。
「ジョン、動かすな!」
 と太助は刀を振るったが、かれも疲労と恐れで目測を誤った。首の半ばまでは断ち割ったものの、ジョンの剣に打ち当たって両断できない。
 太助が刀を引き抜いたとき、アランが口の端からダラダラと血を流して立ち上がった。そのままフラフラと近づくと、銃士の膝裏を力任せに蹴り飛ばした。さしもの怪物も膝を折った。ジョンが大剣を捻り回すと、まるで首を差しだすような格好になる。太助は脇差しをすっぱ抜くと気合いの罵声を放った。脇差しを水平に薙ぐ。首は真っ二つに斬り裂かれた。
 化け物の首がようやく胴を離れると、ジョンはその重みでつんのめる。剣が下がって、首級は大剣から滑り落ちた。まるで水の詰まった風船が弾けるようにして中の液体をまき散らした。どす黒い血の海には砕けた骨が散らばったのだった。そして、胴体は気体が抜け出ると共にしぼんでいった。あっという間に腐敗が進んでいったのだった。
「洋一、そんなもの捨てろ」
 と太助は友人に駆け寄ってマスケット銃を取り上げた。洋一は放心したように亡骸を見ている。
 ジョンがアランを助け起こしていった。
「すぐにここを離れよう。警備隊が来ちまうぞ」

 

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