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歴史

  • 2019年11月5日

おかしな商売

江戸の一般的な裏長屋は6畳のワンルームでした 1畳半の台所、土間 4畳半の部屋が一つ 家財道具はみんな少なく トイレ、井戸は共同です 井戸といっても水道水で 17世紀に水道があったのは、江戸の他はロンドンだけでした 一般的な大工の日当が5000円とす […]

  • 2019年11月3日
  • 2020年2月17日

江戸蕎麦

江戸のそばは、最初は、そば実の雑炊 そばを殻つきでゆでると、殻だけはじけて浮いてくるそうで。あくと一緒にすくって、味付けです。 次にきたのが「そばがき」です それをつみれにして、やがて短冊状に切って食べ。 中期ごろには、つなぎに小麦粉をいれる技術がで […]

  • 2019年11月3日
  • 2020年2月17日

江戸の酒

江戸の酒、は、酒屋が希釈して売ってもいたそうで、江戸の酒は水くさい、なんていわれてたそう。ただし、江戸は水がわるくて、水道がないところでは、飲料水を買ってました。その値段が酒とかわらない だから、江戸の女房は、真っ昼間から茶碗酒 です 平和ですね 江 […]

  • 2019年11月3日
  • 2020年2月17日

江戸と台風

江戸時代も台風は、ありましたよね 江戸時代に大被害をもたらした超大型台風『安政の台風』とは? https://edo-g.com/blog/2019/10/typhoon.html

  • 2019年11月3日
  • 2020年2月17日

上野の内緒話

新選組八犬伝は、上野戦争まっただ中ですが、主人公の仁右衛門はおろか、新撰組も錦旗にはむかう朝敵のまっただ中、です 東征軍は錦旗の御旗を押し立てまくってますが、これは間に合わせでつくったインチキ商品だらけで、ふんどしに色をつけただけのものもあったとか […]

  • 2019年11月2日
  • 2020年2月17日

江戸の炎

上野戦争のとき、寛永寺の炎をみた江戸庶民の中には、上野の火は青かったと語り残した人たちがいたそうです。 銅葺きの屋根が青白い炎を放っていたんですね。 赤や黄色に混じり、青白くゆらめく 徳川最後の揺らめきでした

  • 2019年11月2日
  • 2020年2月17日

徳川将軍あれこれ

1958年徳川秀忠の遺骨が調査されました そこで骨にまで届く銃創痕がいくつも発見されたそうで 秀忠の初陣は関ヶ原の戦いです 戦自体をさほどこなしておらず、大将として後方にいたはずですが、前線で戦うタイプだったのでしょうか やはりこの人も戦国武将だった […]

  • 2019年11月2日
  • 2020年2月17日

最初の藩校

中国道に乗って岡山に行くのに、閑谷学校の看板 何なのかなと思ってたんですが日本最初の藩校だったんですね 最大255校あったと言われる藩校ですが、閑谷は庶民も通える学校でした 他藩の子弟も通えたというんですから門戸は広い 学校が存続するよう、知行地を与 […]

  • 2019年11月2日
  • 2020年2月17日

江戸の寄席

ナウシカ歌舞伎が盛り上がっておりますが、江戸時代の庶民の楽しみといえばやはり寄席 歌舞伎相撲もいいですがやはり木戸銭が高い やはり庶民が気軽に楽しめるものではありませんでした その、寄席の木戸銭なら歌舞伎の4分の1程度です 時間も3時間程度で気軽に見 […]

  • 2019年10月31日
  • 2020年2月17日

曲亭馬琴の鳥

南総里見八犬伝の曲亭馬琴は、多作なことで知られていますが、鳥類図鑑を出版した事はご存知でしょうか? 絵を書いたのが、渥美かくしゅう、これに自ら注記を加え、禽鏡と言う鳥図鑑を作成いたしました 馬琴の最も古い俳句は、七歳頃につくったもの 「鶯のつねに眠る […]

  • 2019年10月30日
  • 2020年2月17日

大江戸 ふんどし事情

江戸の褌は高級品でした。銭湯でも、まず盗まれるのはふんどしから。価格は、六千円ほどだったそうで、着流しの下は、何もつけない。農家の人が多かったそうです。そんな人たちでも遊郭に行く時だけは、レンタルしてでもふんどしを締めます。つけてないと遊女に笑われ […]

  • 2019年10月30日

お鍋の季節

大根のうまい季節になりました。 古来からなじみのある食品ですが、外来食品 来日したときは、細かった大根も、室町中期から、改良が進み、今の太さになったのは、元禄期だそうです。 欧米では、Japaneseradish というそうです。すっかり日本の野菜で […]

  • 2019年10月30日
  • 2020年2月17日

吉原細見

江戸最大のベストセラーは、南総里見八犬伝? いやさ吉原細見であります 遊女の特技容貌に趣味まで書かれており、今でいうとプロ野球の選手名鑑に近い 一家に一冊必ずあったと言われています 吉原は銀座のようでもあり、芸能界のようでもあり、ファッション業界とし […]

  • 2019年10月27日
  • 2019年10月27日

天野八郎の逸話 その一

彰義隊頭取として上野戦争を戦った天野八郎には、こんな逸話があります。 彰義隊発足後、集会に向かおうとした天野は、二人の武士に突然切りつけられます。 天野、からくも初太刀を躱しますが、相手は一目でわかるほどの手練れです。天野、得意の居合いの構えをとりな […]

  • 2019年10月23日
  • 2020年2月17日

静岡藩の学校

幕末の幕府が広く門戸を開いていたのは静岡藩の起こした静岡学問所と、沼津兵学校をみてもわかります。 農民や町民にも開放しており、誰でも受講できたからです。 沼津も、他藩の留学生も受け入れていたため、全国から希望者が殺到しました。 数学、地理、歴史、物理 […]