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江戸三昧

  • 2019年11月27日
  • 2020年2月17日

苗字の話

苗字帯刀は武士の特権、とはいいますが、百姓町人も、苗字は持っていました 苗字か名乗れないのは、あくまで建前 公文書では、もちろん使えませんが、個人間のやりとりや寺社への寄進等には、自由に使っています 墓石にも、苗字が刻んでありますよね? 水戸藩などは […]

  • 2019年11月27日
  • 2020年2月17日

江戸の結婚事情

江戸の女性は十三才から結婚できたそうで、二十才を過ぎると、もう年増と呼ばれてしまいます 二十五才で大年増 三十すぎると姥桜! とはいえ、江戸の男性はけっこんできれば儲けもんぐらいの感覚ですので、本人も周りも、全く気にしません。二十才ぐらい年上でも普通 […]

  • 2019年11月27日
  • 2020年2月17日

江戸の銅はどうなった?

江戸時代の日本は、オランダを通じて、さまざまな品を輸出していましたが、中でもヒットしたのは、銅 それはそれは大量に輸出され、ヨーロッパ市場に影響を及ぼすほどでした というのも17世紀の日本は、世界最大の産出国 銅貨の他、武器に馬具、時計に航海用計器に […]

  • 2019年11月27日
  • 2020年2月17日

江戸の口入れ屋実情

口入れ屋のことを慶安とも呼びます 江戸の初期に実在した医師に、大和慶安という人がいて、壇上の仲を取り持っていました。よほど評判が良かったのか、人を結びつけることを、慶安と呼ぶようになりました。 この、慶安というのは、人材の斡旋業者です。 主な紹介先は […]

  • 2019年11月24日
  • 2020年2月17日

大江戸水路事情

江戸の水路はベネチアに匹敵するほどで、水の都、でもありました。 直線的な水路がたくさん掘られて「堀割」の呼ばれて親しまれています。その掘った土が、江戸湾の埋め立てに使われました。 堀割は、蔵の前まで掘られています。隅田川の両岸にも、真っ白な倉が建ち並 […]

  • 2019年11月24日
  • 2020年2月17日

江戸の女事情

江戸の女性は十三才から結婚できたそうで、二十才を過ぎると、もう年増と呼ばれてしまいます 二十五才で大年増 三十すぎると姥桜! とはいえ、江戸の男性はけっこんできれば儲けもんぐらいの感覚ですので、本人も周りも、全く気にしません。二十才ぐらい年上でも普通 […]

  • 2019年11月19日
  • 2020年2月17日

寿司のルーツ

江戸を代表する料理となった寿司ですが、そのルーツは、東南アジアの山間部 川魚を使った保存食でした 塩漬けの魚を発酵させ、穀物を炊いたものでくるみ、熟成させたそう 日本でいうフナ寿司や熟れ寿司に近い物でした この寿司が中国に伝わり、鮨、と、鮓の感じがつ […]

  • 2019年11月18日
  • 2020年2月17日

弥次喜多道中記

東海道中膝栗毛 十返舎一九の名作です 弥次さん喜多さんが、東海道を旅し、四国の金比羅さんを詣で、江戸へと、戻るまでの珍道中 江戸っ子の心を捉えたこの物語、享和2年1802年に発出となり、21年間書かれ続けました この東海道中に続編があるのです 時は、 […]

  • 2019年11月18日
  • 2020年2月17日

スフィンクスと27人のサムライ

1864年(元治元年)二月のこと 27名の侍が、スフィンクスと一葉の写真に収まりました 彼らの正体は第二次遣欧使節団 横浜開港をなかったことにする、という幕府の無茶ぶりを受けて、フランスに向かった人たちです 34名でしたが、7名が観光は不謹慎と、同行 […]

  • 2019年11月18日
  • 2020年2月17日

鎖国か海禁か。

鎖国という迷走 鎖国という言葉は、江戸期の対外政策を示すのに、全く適切な言葉ではない―― 学者間では、二十年以上前から言われ続けてきたそうですが、テレビの影響などで浸透して参りましたが、実際の所、なぜ鎖国という言葉がうまれ、ここまで広まったのでしょう […]

  • 2019年11月18日
  • 2020年2月17日

姓名の行方

主人公の名前が、仁右衛門 この衛門、や、兵衛 歌舞伎以外では、なかなか名前につけなくなりました もともとは、朝廷の、衛士につけられた官名でした 中世ごろに庶民が名乗りはじめ、室町期には定着 江戸時代には、名前の半数が、右衛門、左右衛門、兵衛でありまし […]

  • 2019年11月18日
  • 2020年2月17日

大江戸お子様事情

江戸時代の乳児死亡率は、千人につき二百人前後 大正時代から、急速に下がって、現在は、千人につき三人になりました その分が平均寿命に現れているわけですが、成人を迎えられたのは、半分ほどであったそう 七才までは神の内、といって、江戸っ子たちは、子供を大切 […]

  • 2019年11月15日
  • 2020年2月17日

昭和も使えた寛永通宝

寛永通宝は、一文銭と四文銭がありました 230年間に400億枚が作られたとも言われます 幕末に鋳造は終わりましたが、明治になっても寛永通宝は使えたのです 明治四年に、寛永一文銭は、1厘として使用できることになったからです 明治政府は、1厘銭をあまり発 […]

  • 2019年11月15日
  • 2020年2月17日

江戸の寿司

江戸の寿司は今の、三倍から四倍の大きさがありました さすがに一口では食べられず・二つに切って出すこともあったそうで 今の二貫出しのスタイルのもとになったと言われています

  • 2019年11月15日
  • 2020年2月17日

江戸炬燵事情

そろそろこたつの時期ですが 江戸では、ひばちとこたつをだすのは、、十月最初の亥の日と決まっています お城で、火鉢を出したため、町人もならいました

>丸竹書房

丸竹書房

七味春五郎の著作を中心に、無料連載や、電子本の販売、書籍の販売を行っています。 編集人「ゴンさん」の雑学も充実しております。

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