大江戸水路事情

江戸の水路はベネチアに匹敵するほどで、水の都、でもありました。

直線的な水路がたくさん掘られて「堀割」の呼ばれて親しまれています。その掘った土が、江戸湾の埋め立てに使われました。

堀割は、蔵の前まで掘られています。隅田川の両岸にも、真っ白な倉が建ち並んでいました。

縦横に無数の水路が走り、そこを猪牙舟と呼ばれる一人〜二人乗りの小さな舟が行き来していました。

物も人も舟が運びます。使いこなせてはじめて一人前の江戸っ子です

猪牙舟の船頭は美声の持ち主で、こんなところもベネチア風。江戸では一番の高速艇で、粋で鯔背なことを売りにしていました

一方、「渡し船」は、十数人が乗れるバスのような物。馬も乗れました。一日に何往復もしてくれるので、そんなところも乗り合いバスに似ています。

団子一本程度の値段で乗れたそうです。

ターミナルとなるのが「渡し場」で、茶店が出ています。

船頭は、かごかきや馬子などより格が上であり、舟を操るのにも、川を熟知するのにも経験が必要です。一人前になるまで時間がかかる分、高収入でした。

荷物を運ぶのが「茶舟」で平たい船でした。茶はもちろん、樽、味噌、醤油などを運搬します。

江戸の水路には、七千艘ばかりの小型船が行き交っていましたが、すべて幕府の認可制でした。

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