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幕末贋金事情

新選組八犬伝では、すでに会津に退去している松平容保。新選組とも、関わりが深いこともあって割と好きな殿様なのですが、この容保公の会津藩

藩を上げて、偽金作りを行っていたことは、ご存じでしょうか?

松平容保が、京都守護職に任命されたとき、会津藩の年間収入は、23万石しかありませんでした

相次ぐ天災と幕命による臨時支出が続き、すでに財政も破綻していた折も折でした。

守護職にかかる費用の見積もりは、およそ21万両

幕府の補助は十万両しかありません

幕府からの支給は、月一万両と、米二千俵。ところが、これも守られてなかったらしいのです。

幕府は、会津藩に藩金の鋳造を許可しました。

会津藩は、劣悪な通貨を製造することで、不足する財政を立て直そうと目論みました。よほど窮していたんですねえ〜

おまけに上納させる代わりに、富裕な商人にまで製造権を与えたため、町には製造工場が建ち並ぶしたいとなりました。

藩とこの製造工場とで、偽金の発行額は、二百万両を超えてしまいました。

こう書くと極悪藩のように聞こえますが

明治の世にあっては、偽金作りはもちろん取り締まりの対象になりました。

ところが、負けた側の会津藩におとがめはありませんでした。

偽金作りは、官軍側諸藩もおこなっていたからです。

悪貨製造は、幕府、新政府もおこなって、これに損害を受けた諸外国に怒られた、という真相があります。

各国政府からの圧力もあって、偽金の一掃を公約させられます。

偽金の回収と、貨国際水準の貨幣の製造が急務となりました。

偽金百両につき、金札三十両の引き換え(一人一回のみです)を行いました。

最も多かったのが若松県です

偽金総額18万両

取り締まりの厳しくなった明治三年には、死罪六十五名、流罪六十名に及びます。

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