岡本綺堂の名作 半七捕物帖を朗読連載中!

傑作!半七捕物帳をYouTubeにて朗読連載中!

 1917年大正6年)に博文館文芸倶楽部」に掲載され、以降人気を博しました。中断をはさんで、1934年からは「講談雑誌」に場を移して、短編を合計68編掲載しました。捕物帖という分野を開拓し、日本の探偵小説の創世記をいろどった名品であります。幾度もTVドラマ化され、現在も一般はおろか数多くの作家に支持されています。

半七捕物帳の世界

時代は明治――新聞記者の私は、赤坂に住む楽隠居の元に足繁く通っている。この老人、実はただものではなく、幕末の世において、数多くの難事件を解決に導いた岡っ引きの明親分であった――

半七捕物帳の登場人物

半七……文政六年生まれ。13才で父を亡くした後、一家を支えることになるが、放蕩を覚えて、無頼の青春をおくっていた。18歳で神田三河町の御用聞き吉五郎の手下となった。石灯籠事件で名を上げていこう、その実力をみとめられるようになり、以降江戸八百八町にその名を轟ろかせていくことになる。通称「三河町の半七」「三河町の親分」維新の変転により廃業するが、新しい物好きであり、新時代にもうまく順応している。40才の養子があり、孫が二人いる。

お仙……半七の妻。明治の現在はなくなっている。全部で十七事件に顔を出している。姉さん女房で、内助の功で半七を救う。お粂とも仲良し。

お粂……半七の妹。八つちがい。常盤津の女師匠・常盤津文字房。明神下で母親と暮らしている。半七が御用聞きをすすめるほど、頭の切れは兄ゆずり? 半七には甥があるとのことなので、維新後には結婚したものと思われる。

熊蔵……半七の手先。湯屋を経営。

朗読半七捕物帳!

第一話のお文の魂から、石灯籠、勘平の死、湯屋の二階までを一挙配信中!

宮部みゆきも絶賛!

 捕物帖の傑作にして、江戸情緒に満ちた岡本綺堂の代表作であります。化成から幕末にかけて、岡っ引き半七の活躍を、明治期の新聞記者が取材をする形式で、現代【明治】と過去【江戸】を行き来しつつ、旧幕時代を克明に描いています。
 連載の開始は、1917年と大正年間。江戸も遠くになっております。短編68作、番外の中編が一編。
 綺堂自身は、明治五年【1872年】の生まれで、父親は幕府御家人。漢文漢詩に親しみながら、英語も学んでおります。新聞記者として、日露戦争にも従軍。1891年より、執筆活動を開始しました。新歌舞伎を代表する劇作家でもありました。
 半七の第一作をかいたとき、岡本綺堂は、45才でありました。綺堂の半七は、日本の探偵諸説、時代推理のさきがけとなりました。

 シャーロックホームズに影響を受けて、文芸誌にて連載のはじまった半七捕物帳。
 主人公は、文政六年1823年に生まれた、御用聞き吉五郎配下の半七。石灯籠事件で初の手柄をあげて、のちに親分の跡目を相続します。酒を飲む描写もあるんですが、じつは下戸。
 通称は「三河町の半七」
 半七は、与力・同心ではないので、なんの権限も持っていないのですが、天賦の推理力で江戸の犯罪を解き明かしていきます。半七のライバル? ホームズも探偵なので、逮捕権はもってないですね。
 ちなみに没年も公開されており1904年、明治37年没。享年は81才でありました。

岡本綺堂と「半七捕物帳」

 岡本綺堂は新歌舞伎の作者でもあり、1913年以降、作家活動に専念、1916年より、半七捕物帳の執筆にとりかかりました。父は、幕府御家人の岡本敬之助。日露戦争では、従軍記者として満州に赴いています。

計69作をかき、最後の作品「二人女房」は。綺堂最後の作品となりました。

江戸の岡っ引きとして、数々の難・珍事件を解決した、半七の活躍をお楽しみください。

 

 

■「春の雪解け」あらすじ

 慶応元年の正月の末、半七は下谷の竜泉寺前で、辰伊勢の女中ともめる按摩にあった。廓で働く徳寿は、お得意先の依頼から逃げ回っているようなのだが、奇妙な仔細があるらしく……  岡本綺堂の傑作、「半七捕物帳」を全文朗読、撮り下ろしです!

 

 今回の半七が相手をする捕物は、動物。しかも、二編にわかれております。  ある日大身の旗本の屋敷の屋根に、小さな子どもの死体がうち捨てられていた。みなりをみるなり町人のようだが、なぜそんなところに、誰が小さな子どもをころしたのか? 半七はさっそく捜査を開始するが

■半七捕物帳「朝顔屋敷」

 素読吟味の試験早朝、旗本の若殿が姿を消す。内密に若君の行方をおう杉野家の用人は、困り果てて八丁堀同心槇原のもとを訪ねた。人さらいか神隠しか? 槇原より矢の立った半七親分は、事件の解決に乗り出すが――? 安政三年 半七三十四歳。アメリカ総領事ハリスが着任した年。

今回の半七捕物帳は、怪談……

 猫好きのおまきは猫を愛する余り、多頭飼いをしてしまう。長屋の住人たちは困り果てて、猫を捨てるよう説得するが……

 

第十三話 【弁天娘】

 

 講談倶楽部にはじめてのった作品で、大正十二年六月号。同誌には27編が掲載されました。昭和四年に再開されてから書かれたものは、すべて講談倶楽部への寄稿です。

 弁天娘は、嘉永七年。半七32才のときの事件。江戸では、写真術が伝来。伝馬町の牢での脱獄。日本橋住吉での仇討ち事件などがありました。

 さて、三社祭りにでかけようとした半七のもとに、山城屋の白鼠、利兵衛がやってきます。店で、徳次郎という若者が奇病でなくなり、死ぬ前に山城屋の一人娘「お此」に殺されたのだと言い残したのだという。徳次郎の兄、徳蔵のゆすりにあって、利兵衛は半七に救いをもとめますが……

登場人物

利兵衛……質屋山城屋番頭

お此……山城屋の一人娘。通称「弁天娘」。徳次郎の殺害を疑われる。

徳次郎……山城屋の奉公人。16才。病死。

徳蔵……徳次郎の兄。25。

お留……徳蔵の妻

伝介……無頼者。煙草売り。

善八……半七の手下

お熊……山城屋小女。十五の山出し娘。

 

半七捕物帳の世界

岡本綺堂、捕物帖を世に出すこと

 半七捕物帳の第一作、「お文の魂」が文芸倶楽部にのったのが、大正六年一月のこと。タイトルはそのままなんですが、副題には「江戸時代の探偵名話 半七捕物帳 巻の一」とありました。

 捕物帖――今では、一つのジャンルとしてなりたっておりますが、岡本綺堂は、この言葉を使うかどうか悩んだといいます。当時は、大衆にも耳慣れない言葉であり、そこで二作目の石灯籠にて、捕物帖の説明を付しています。江戸時代の探偵名話、というのも、捕物帖では、どういう話かわからないであろうから、編集でつけたしたのが真相のようです。

 それから約二十年。69編の連作が編まれましたが、捕物帖の端をなし、世に広めたのは、間違いなく、この「半七捕物帳」なのです。

半七捕物帳、本になること

 雑誌への掲載を得て、七作目の奥女中までをまとめた「半七捕物帳」が、単行本として世に出たのが大正六年七月のことでした。初版は千部。増刷はなかったといわれています。あまり評判には、ならなかったんですね。

 この一冊目は、今では稀覯本になっていてあまり世に出回ることがないそうですが、そのように初っぱなから成功したとはいえない半七捕物帳。続編の半七聞書帖(大正十年)も多くの人の手にとられることはなく、半七捕物帳が世間一般に知られるのは、関東大震災の前後。

 今では、知らぬ者はあるけれども、多くの人が知っている半七捕物帳は、初版から六、七年の時をえてようやく、ということになります。そのときには、岡本綺堂は半七の世界に厭きてしまっていたのだとか……世の中うまくいかないもんです。

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