【水曜朗読ショー】顎十郎捕物帳『小鰭の鮨』 久生十蘭作 【作業・睡眠用BGM】 読み手七味春五郎  発行元丸竹書房 オーディオブック

■第二十一回は、お姫様による大量毒殺事件!?
 自身も危うく毒殺されるところだった、アコ長ととど助。一味加担の疑いをはらすため、顎十郎が一肌脱ぎます

 江戸の外食文化は、世界的にみても古くから発展しており、イギリス、フランスなどよりも料理店の出現は、百年ばかりも早い。1657年ごろといわれております。
 江戸前のにぎり寿司がでてきたのは、文政元年(1818)
 小泉与兵衛という人の考案で(諸説ありますが)、両国東広小路、回向院正門前に「華屋」を開業、小鰭鮨が評判となりました。酢飯とネタの間にわさびを入れるスタイルもこの人の考案のようです。

 寿司屋の屋台は、間口六尺、奥行き三尺。移動することはありませんでした。屋台にはどんぶりがすえつけてあり、醤油が注がれております。これをみんなで共有してつかいました。
 当時の鮨は大きく、一口ではなく、一口半か、二口ぐらい。後には、食べにくいことを考慮して、二つに切って出すようになり、今の二貫だしの起源となります。また、早すし、ともよばれました。一口サイズになったのは、明治後期のこと。

 作中には、与兵衛以外の鮨屋が出てきますが、江戸三鮨と謳われた人たちで、屋台でなく店構え。高級志向だったらしく、この「高級鮨屋」のほか、「すし屋」「屋台」「岡持」の四つのスタイルがありました。高級すしの方は、一人前が二両から三両もしたらしく、当然我らが顎十郎の口には……
 あまりに高級になりすぎて、水野忠邦の天保の改革では、華屋も堺屋も、手鎖の刑に処されています。当時は、高価な鮨を握ったかどで、二百人にもおよぶ鮨職人が召し捕りにあっています。
 逆に安い屋台寿司をとりしまったのは、GHQ。時代の変遷を感じます。

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■登場人物
仙波阿古十郎……顎が異様に長い。北番所の、例繰方。
森川庄兵衛……叔父。吟味方筆頭市中取締方。北番所所属
ひょろりの松五郎……神田の御用聞き
花世……庄兵衛の一人娘。阿古十郎を顎さんと呼べるただ一人の人。
藤波友衛……南番所の並同心
千太……藤波の手下
雷土々呂進……とど助。浪人。阿古十郎と組んで、カゴヤをはじめる。
お芳……石田郷左衛門の娘
お花……桔梗屋安兵衛の娘
お文……大桝屋仁助の娘
佐吉……与兵衛鮨の売り子
新七……金高鮨の売り子
八太郎……小松鮨の売り子
三津五郎……大和屋
又三郎……大松屋又造の三男

■用語集
大序……ダイジョ・義太夫節で、時代物の第一弾の最初の部分。
懸崖……ケンガイ・盆栽の一種。茎や枝が根より低く、鉢の外に垂れ下がるように作った物。
名詮自性……ミョウセンジショウ・名がそのものの性質を表していること。
御寮人……ゴリョウニン・女性に対する敬称
三題噺……三つのお題をもらって、即興の落語をつくること
黒八丈……黒色で、織り目を横に高くした絹織物。
新内展……新内節の略
古浜縮緬……コハマチリメン・滋賀県長浜地方産の、婦人和服地に用いられた

■この動画の目次
0:00 はやり物
10:23 箸の辻占
17:58 三津五郎
33:40 出来すぎ

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